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閑話 悪人たちの厄日

閑話という本編にあまり関係ない話の癖に1万字弱あります。お暇なときに読んでいただけると嬉しいです。

 エリーと別れたセバスターとアーノックは、未だにピュラの町に帰ることなく王都に居た。

 

 セバスターはアーノックが治療院に入院している間に出会った、赤ローブを探しだして殺すため。

 

 アーノックはさらなる稼ぎを求めて。

 

 そんな2人は話し合いと殴り合いを経て、まず2人でトレヴァー伯爵(現侯爵)のところで依頼を受けて金を稼ぎ、まとまった金を手に入れてから赤ローブ探しをするという結論を出していた。

 

 これはそんな2人の身に降りかかった災難な出来事だ。

 

 ちなみに、共に行動する予定だったユーアは王都にある大きな教会と宿を行き来するようになり、自然と別行動をとるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 セバスターとアーノックは、いつものようにトレヴァー侯爵が冒険者の店の真似事をしている、南東区の倉庫にやってきた。

 

 「あ、お兄さんたち、今日も来たのかい」

 

 「……ええ、何か仕事ないかと思いまして」

 

 アーノックはこの倉庫が嫌いだった。アーノックは冒険者という肩書に、自分なりのプライドを持っている。そんな彼にとって、冒険者の店のように見せかけたこの倉庫は、受け入れがたいものを感じさせた。

 

 冒険者は店の店主から依頼を斡旋される。つまり、店主からある程度の信頼を得ている者だけが仕事を紹介してもらえる。

 

 だがこの倉庫はそうではない。信頼関係など一切ない、金だけのつながり。なんなら冒険者でもない一般人すら、安全な仕事を受けに来る。冒険者と一般人を同じ扱いにされては、溜まったものではない。

 

 さらに言えば、王都復興などというお題目を掲げつつ、トレヴァーという貴族が冒険者を私物化しているようにも見える。というかアーノックには、そう言う風にしか見えなかった。

 

 ただ、報酬が高く前払いで金貨数枚を支払うという条件の良さが、アーノックの金銭欲を強く刺激するのだ。

 

 ちなみにセバスターはここでは静かにしていることが多い。過去にこの倉庫で大見えを切って依頼を受け、その依頼を途中でやめることになったことがあり、そのせいでここはなんとなく居心地が悪いのだ。

 

 セバスターとアーノックは手分けしてちょうどいい依頼を探し始める。

 

 が、なかなかよさそうな依頼が見当たらない。

 

 王都は現在復興を終えつつあった。壊れた北門と東門は瓦礫の撤去と仮の門の設置を終え、あとはまとまった資材の調達を待って再建築するだけの状態になっている。

 

 そのほか細々とした依頼も今は少なく、王都復興とはあまり関係なさそうな依頼がいくつかあるだけだった。そしてその多くはトレヴァー侯爵以外の貴族からの依頼であり、報酬がかなりしょぼいのだ。

 

 そんな中、セバスターがうれしそうな声を上げてアーノックを呼んだ。

 

 「おいアーノック! これ! これにしようぜ!」

 

 「一体なんなんですかそんな大声出して」

 

 ため息を吐きながらアーノックはセバスターの所に向かう。するとセバスターは1枚の依頼書を突き付けてきた。

 

 依頼:ヴァンパイアの捕獲

 王都北西区においてヴァンパイアに吸血されたと思われる死体が発見された。おそらく北西区にヴァンパイアが潜んでいる者と思われる。そのヴァンパイアの捕獲を依頼する。

 

 依頼主はトレヴァー侯爵であり、報酬は今まで受けてきた依頼と比べ、1桁違う。

 

 「この報酬額なら文句ねぇだろ!」

 

 アーノックとしては報酬額に文句はない。そしてセバスターにとっても、ある意味都合がいい依頼だ。セバスターが赤ローブと遭遇したのは北西区である。ヴァンパイアを捕獲するついでに赤ローブに遭遇できたなら、2人そろってハッピーという算段なのだろう。

 

 「北西区に行って、例の赤ローブ? とやらを探したいだけでしょう?」

 

 「悪いか?」

 

 図星を突かれても堂々と開き直るセバスターを見て、アーノックは糸目をうっすらと開け、にやりと笑った。

 

 「悪くありませんね」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァンパイア捕獲の依頼を受けたセバスターとアーノックは、北西区にある集団墓地の方にやってきた。

 

 「ここにちょうどいい隠れ家があるからよ、そこを拠点にしようぜ」

 

 そう言ってセバスターが案内するのは、窓の割れた埃だらけの家屋だった。アーノックがここのどこがいい隠れ家なのかと言おうとするが、その前にセバスターはスタスタと家屋に進み、地下室へと降りて行った。

 

 「隠れ家、ね」

 

 地下室への入口をうまく偽装すれば、隠れ家と呼べないこともないか。と考え、アーノックはひとまず納得した。

 

 アーノックの想像していたより地下室の埃が酷く、セバスターを殴り合いで説得し、その日を地下室の掃除に費やすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室で仮眠をとった2人は、持ち込んだ軽食を素早く食べ、隠れ家を出て北西区の散策を始めた。

 

 探すのはヴァンパイアと赤ローブのどちらかだ。その両方を同時に見つけた場合は身を隠し、赤ローブを諦めてヴァンパイアを追う。セバスターは赤ローブを追いたがったが、アーノックが説得した。

 

 アーノックは公平に殴り合いで説得したのだ。

 

 セバスターとアーノックはお互いの意見が割れた時、まず口論、次に殴り合いの順で意見を通そうとする。そして口論でも殴り合いでも必ずアーノックが勝利してきた。

 

 なぜなら、セバスターが本気で自分の意見を通そうとするときは、アーノックの意見など無視して勝手に行動するためだ。セバスターがアーノックと言い争いをした時点で、アーノックの意見が通るのである。

 

 そう言うわけでヴァンパイア捕獲を優先することになった2人は、はれ上がった頬を冷たい夜風で冷やしながら北西区を散策するのだった。

 

 1日目、成果無し。

 

 2日目、2人そろって性欲に負け、北西区の娼婦を1晩買ってしまい、成果無し。

 

 3日目、散策中に出くわした酔っ払い6人と喧嘩になる。成果はぼこぼこにした酔っ払いから巻き上げたはした金。

 

 4日目、巻き上げたはした金でまた娼婦を買い、成果無し。

 

 2人そろってなんとなくやる気をなくし始めた5日目、やはり成果無し。

 

 そして、6日目の夜。

 

 

 

 

 

 

 セバスターとアーノックはそろって北西区を歩いていた。

 

 いつも通りセバスターは大股で、アーノックはさりげなく周りに視線を配りながら進む。一見するとただ歩いているだけに見えるが、2人とも足音どころか衣擦れの音すら立てない歩法をさりげなく実践していた。

 

 そんな中、2人そろってピタリと歩みを止めて姿勢を低くする。

 

 それは、こんな真夜中に1人で外出している者を発見したからだ。どちらからともなく物陰に身をひそめ、じっと人影を観察する。

 

 わずかな音を立てることも許されない。なぜなら、今見つけた人影がもしヴァンパイアであるなら、五感の鋭さは人間とは比べ物にならないほどだからだ。

 

 もしこちらの存在が気づかれていないなら、奇襲のチャンスだ。可能ならこのまま一切の気配を隠したまま接近し、捕獲したい。これは2人の総意であり、無言の連携だった。

 

 セバスターとアーノックに尾行されながら、人影は迷うことなく道を進む。

 

 向かう先は南東方向。つまり、王都の中心にある城の方角。

 

 それに気づいたセバスターは、アーノックにハンドサインを用いて先回りを提案する。そしてアーノックはそれに頷いた。

 

 無音の疾走。土の上ではセバスターやアーノックには不可能なことだが、石畳で舗装された王都なら可能だった。さらに幸運なことに、狭い路地を吹く風は追い風だった。2人は風と同じ速度で走ることで、風切り音すらほとんど立てることなく進むことができた。

 

 最後に見たあの人影は、迷いなく進んでいたが歩いていた。セバスターとアーノックは走って先回りしているため、そろそろ追い抜いた頃合いだ。だが待ち伏せするにはもう少し時間が必要と見た2人は、さらにそのまま進む。

 

 このまま進んだ先には、王城とその周りの広場がある。遮蔽物のない広場は2人にとって戦いやすいため、セバスターとアーノックは王城前広場で待ち伏せることにした。

 

 

 

 

 

 


 時間にしてほんの30秒ほど後、北西区を抜けて王城前広場に出た2人は、なぜかこんな夜中に城の周りを警備する騎士団に遭遇することになった。

 

 「出たぞ! ヴァンパイアだ!」

 

 「2体同時か。だがやるしかない!」

 

 騎士たちは2人を発見すると同時に、いきなりヴァンパイアだと決めつけ、かなり険しい表情で行動を開始した。

 

 「はぁ! 俺らがヴァンパイアなわけねぇだろふざけんな!」

 

 とキレるセバスター。

 

 アーノックもかなり焦っていたが、隣でキレて怒鳴るセバスターを見て、若干の落ち着きを取り戻した。 

 

 「僕たちは冒険者です。ヴァンパイアの捕獲の依頼を受けて北西区を張っていたんです」

 

 アーノックは両手を上げて交戦の意思がないことを示し、さらに身分と事情を話す。その間に騎士たちは12名ほど集まり、体を完全に覆えるほど大きな盾を持った4人が二人を囲むように並んでいた。

 

 「おい! 違うっつってんだろ! こんなことしてる場合じゃねぇんだよコラァ!」

 

 完全にブチキレたセバスターが怒鳴り散らす。それは逆効果だろうと思うアーノックだったが、意外にも騎士たちは態度を軟化させた。

 

 それは、騎士たちの分隊長である、カイル、イングリッド、シドが盾の陰でこっそり話し合いをした結果だった。

 

 「……わかった。お前はこちらに来い」

 

 その言葉と共に盾と盾の間に隙間が空いた。セバスターは”やっとわかったのかよクソが”と小声で毒づきながらその隙間に向かって歩いていく。

 

 アーノックもそれに(なら)って隙間に向かおうとするが、

 

 「お前は動くな!」

 

 と怒鳴られてしまう。盾の覗き窓からアーノックを見る目は、かなりの緊張と覚悟を秘めた強いまなざしだった。

 

 なぜか自分だけ包囲されっぱなしで焦りまくるアーノックには、騎士たちが何を考えているのか知る由もなかった。

 

 分隊長たちの話し合いの内容は、こうだった。

 

 「おい、金髪の方は目が赤くないぞ。ヴァンパイアじゃない」

 

 「ですが、チェルシーの件もあります。黒髪の方は糸目で瞳の色がわかりません。おそらく、黒髪の方がヴァンパイアで、金髪の方は何らかのスキルで従属させられているのでは?」

 

 「なら金髪の方だけを連れ出して、団長に任せよう」

 

 「珍しくシドがしゃべった」

 

 「久しぶりに声を聞きましたよ」

 

 つまり、アーノックは生まれつきの糸目のせいでヴァンパイアではないかと疑われてしまったのだ。

 

 「あ、あの、なんで僕」

 

 「覚悟しろヴァンパイア!」

 

 「僕はヴァンパイアじゃないっつってんだろうが! 聞けよコラァッ!」

 

 アーノックの焦りが振り切れて本性を現したころ、盾の隙間から外に出たセバスターを、こっそり近づいていたエリーが発見した。

 

 「あ? 女?」

 

 「セ……」

 

 エリーは思わずセバスターの名前を呼びそうになったが、間一髪踏みとどまった。そして盾の包囲の中にいる人物がアーノックであることに気付いた。

 

 エリーはどうやって自分が冒険者のエリーであることを2人に気付かれずにこの場を収めるかを考え、すぐに答えを出した。

 

 「イングリッドさん、目を見開かせて瞳の色を確認しようよ」

 

 「っ……わかりました」

 

 要はアーノックがヴァンパイアではないことを証明できればいいのだ。深く考える必要はなかった。

 

 「おい、目を大きく開け」

 

 「ああ!? なんでそんなことしなきゃいけねぇんだ?! つうか死ね!」

 

 「良いから開け! 殺されたいのか?」

 

 キレていうことを聞かないアーノックに脅しをかける。するとセバスターから鋭い殺気が発せられ、場の緊張が一気に高まった。

 

 「おい……そいつに手を出してみろ。潰すぞ」

 

 そしてキレたセバスターを見たアーノックは、再びわずかに落ち着きを取り戻し、片手で瞼を限界以上に引き上げて見せた。

 

 人間であるアーノックの瞳は、当然赤くはない。

 

 「……はぁ」

 

 エリーはひとまず知り合いの血が流れるところ見ずに済みそうで、安心してため息を吐いた。カイル達も突如現れた2人がヴァンパイアではないことに、安堵のため息を吐いた。

 

 そんな時だった。

 

 「ふむ。やはり人間などに何か期待していてはダメだな」

 

 そんな呟きと共に何者かがセバスターやアーノックとは別の道から現れ、すさまじい速度で王城に向けて疾走を始めた。

 

 セバスターとアーノックが追いかけていた人影。それはまさにヴァンパイアだったのだ。彼は騎士団と冒険者2名が言い争いをしているのを聞きつけ、彼らが戦い始めるのを待っていた。戦って弱ったところを狙って襲い掛かり、漁夫の利を得ることを目論んでいた。

 

 そして思惑どおりに事が運ばなかったことを悟り、つぶやきをこぼしながら目的である真祖のもとに走ったのだ。

 

 「クソが! 手めぇらのせいで待ち伏せできなかっただろうが!」

 

 「死ねクソ騎士共が!」

 

 セバスターとアーノックは騎士団を口汚く罵ると同時にヴァンパイアを追う。騎士団も追おうとするが、人間で追いつける速度ではない。特に重い盾を持ったイングリッド隊と鎧を着たカイル隊では、圧倒的に速度に差があった。

 

 「させるか!」

 

 唯一ヴァンパイアの行動を妨害できたのは、少し離れたところに居たゼルマだけだ。ゼルマはヴァンパイアを目視した瞬間から抜剣し、ヴァンパイアの進路に立ちふさがっていた。

 

 「邪魔だ!」

 

 ヴァンパイアはゼルマに向かって猛進する。一瞬の溜めを経て両足で地面を蹴り、一直線にゼルマに向かった。

  

 ゼルマは半歩右に避け。両手で持った剣を左から薙ぐようにしてヴァンパイアを迎え撃つ。ヴァンパイアはそれを見ても何もしないまま直進した。

 

 ゼルマの剣はヴァンパイアを確かにとらえた。

 

 ように見えた。

 

 だが剣はヴァンパイアの体をすり抜け、ゼルマに何の手ごたえも伝えないまま振り抜かれた。

 

 「何っ!?」

 

 霧化。

 

 それがそのヴァンパイアのスキルだった。体を身にまとう服ごと黒い霧に変化させるスキルだ。ヴァンパイアは剣の軌道上にある部分を一瞬霧化させ、剣をすり抜けたのだ。

 

 ゼルマが驚きの表情を浮かべて振り返ると、そこには何の傷も追っていないヴァンパイアの後姿があった。

 

 「他愛ない」

 

 エリーを除くその場にいる誰もが、今になって初めてヴァンパイアの姿をはっきりと捉えた。水色の短い髪に広い肩幅。そして真っ黒なタキシード。後姿だけで、その強さがうかがえるような偉丈夫(いじょうふ)だ。 

 

 だが王城に向かう足を止め、後ろを振り返らなかったのは、致命的な慢心だった。

 

 この場には1人だけ、ヴァンパイアの疾走に追いつける人物がいる。そしてその人物は、ヴァンパイアがつぶやきと共に走り出した瞬間から行動を開始していた。

 

 再び真祖のもとに向かうべく、腰を低くして走り出す体勢をとったヴァンパイア。彼の視界に一瞬、淡い緑のスカートから覗く白い足と、皮のブーツが移った。

 

 「ふばっ!」

 

 鼻先を硬いブーツのつま先で蹴られ、ヴァンパイアはよろめきながら3歩後退する。誰かが自分に追い付いて来るなど予想していなかった彼は、霧化を発動することができず、エリーの蹴りをまともに喰らったのだ。

 

 そしてよろめいている間にエリーはヴァンパイアの正面に立ちふさがり、鼻を押さえて涙目でこちらを睨むヴァンパイアを、前髪越しに見据える。

 

 「貴様、よくも……ッ。いや、今のはこの私の油断が招いたことだ。やるではないか人間。名前を聞かせるがいい」

 

 ヴァンパイアは怒りを自分で静め、エリーを敵とみなし、名を問う。

 

 エリーは”私人間じゃないんだけど。あなたと同じヴァンパイアなんだけど”と思いつつ、こう答えた。

 

 「エリ……ワタクシはエリザベスと申しますわ」

 

 素で本名を答えかけ、慌てて偽名を言う。それも声音やしゃべり方を変えてだ。エリーにとってヴァンパイアといえばヘレーネの印象が強かっため、とっさにヘレーネの真似をしたのだ。

 

 「ほう、エリザベス。良い名だ。高貴さを感じる。この私が相手をするにふさわしい。私の名は、ボフォードという。冥途の土産に覚えておけ」

 

 エリーとボフォードがそんな会話をしているとき、セバスターは盾の分隊から大楯を奪い取りながら走っていた。

 

 「よこせ! おおおおおおおおおおおおっらぁ!」

 

 そしてセバスターは走りながら右足を軸に大きく右回転し、そして遠心力とフルに使った投擲を放った。

 

 厚さ5センチの、持ち主を完全に隠すほど大きな鉄の盾。それが高速回転しながら重力に負けず、水平に飛ぶ。それがもたらす破壊力は、民家を支える太い柱をあっさりと砕くほどの力だった。

 

 だがその盾を、ボフォードは振り返ることなく霧化を使って対応する。盾の軌道上にあった上半身を霧化させ、盾をすり抜けたのだ。

 

 「くだらん。邪魔をするな雑兵ども」

 

 ボフォードをすり抜けた盾はエリーに向かって直進し、エリーは身をかがめてそれを躱した。

 

 エリーは躱しながら”いろんな意味で危ないから、逃げててくれないかな”と思った。

 

 「死にやがれヴァンパイアァ!」

 

 だがエリーの心情など知らないセバスターは、拳で足元の石畳を叩き割り、その破片をまたも投擲する。

 

 それもボフォードは霧化を使って回避し、投擲された破片はボフォードの代わりにエリーに殺到する。そしてエリーは自分に当たる破片だけを剣で叩き落して対応する。

 

 セバスターの攻撃はエリーの邪魔にしかなっていないように見える。だがアーノックはボフォードの一連の動きを見て、ボフォードの攻略方法を見抜いた。

 

 音を殺してヴァンパイアに走り寄り、ゼルマを抜かし、セバスターをさらに追い越す。追い越す瞬間に地面に触れて氷の柱を一本作り上げる。さらに追い抜いた後、背中に回した手でセバスターにハンドサインを送る。

 

 ハンドサインの内容は”もう一度”そして”下半身”。

 

 「おっしゃぁ!」

 

 セバスターは自分の胸程まである氷の柱、その付け根を割り砕き、柱を持って大きく振りかぶる。

 

 「おらぁ!」

 

 そして、一歩踏み出し、重心の移動と腰、肩の動きをフルに使って、全力で柱を投擲した。

 

 投擲された氷柱は前を走るアーノックの顔のすぐ横を通り過ぎ、ボフォードの約1m後ろに着弾した。氷柱は砕け散り、無数に飛び散る破片は鋭さを誇示するように煌めき、ボフォードの足や腰、背中に殺到する。

 

 「くだらないと言っている! 何度も言わせるな!」

 

 ボフォードはまたも霧化を発動する。氷が命中する下半身を中心に体を霧に変化させ、氷の破片をすり抜けさせた。

 

 それと同時に、アーノックの両手がボフォードの霧に触れた。

 

 「くだらないですね」

 

 アーノックは下種な笑顔と共にそうつぶやき、魔法を発動する。

 

 「きさ……やめろおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 霧になっていた下半身は凍り付き、そのまま上半身へと氷結が進む。ボフォードは腕を振り回すも、腰まで霧にして凍らされていたためうまく背後にいるアーノックを殴れず、そのまま全身凍り付いた。

 

 ボフォードの攻略法、それは霧化させることだ。

 

 霧化させた部分は動かせない。つまり下半身を霧化させれば、ボフォードの行動を制限できる。アーノックはセバスターが盾や石畳の破片を投げつけ、それに対応するボフォードが一切動いていないことから弱点を見抜いたのだ。


 

 

 

 

 

 

  

 アーノックは魔法使いとしては二流だ。一流の魔法使いは、自分から遠く離れた場所に魔法を放つことができ、手のひら以外からも魔法を発動できる。アーノックは自分の手からしか魔法を発動できず、凍らせる物に直接触れる必要がある。

 

 だが、アーノックは一瞬で命を奪うことができる。対象に直接触れ、全開の魔力によって一瞬にして全身を氷漬けにする。それは炎や風の魔法使いにも、他の氷魔法使いにもできない、アーノックだけの必殺技であり、唯一の自慢であり、誇りだった。

 

 セバスターは冒険者としてはせいぜい中堅止まりだ。得意武器が無く、素手の殴打が得意と言えば得意だが、セバスターより素手の殴り合いが強い冒険者は掃いて捨てるほどいる。

 

 だがセバスターは戦い方に固執しない。殴打以外にも投げや関節技も使い、時には何でも振り回し何でも投げつける。状況に合わせて最適な戦い方を自由に選び、弱点を突き隙を生ませる。何でもそこそこ使いこなすセンスが、セバスターの全てであり、強さだった。

 

 

 

 

 

 たった2人の冒険者が、強力なスキルを持つ強いヴァンパイアを倒す。それも一度も攻撃を許さず、その場にいる誰もが無傷。この結果を見て即座に行動できる者はいなかった。

 

 たった1人を除いて。

 

 「おらぁ!」

 

 セバスターの拳が振り抜かれ、氷漬けになったボフォードが砕け散る。ガラスのように細かく砕かれたボフォードは、ヴァンパイアの再生能力をもってしても復活はありえないだろう。

 

 「なぁにが”くだらん”だよ雑魚がぁ! 余裕ぶって死ぬなんざダサすぎて笑えねぇぞ? ああん?」

 

 セバスターはそのまま大爆笑し始める。愉快で仕方がないと言わんばかりに、近所迷惑を考えない大音量だ。

 

 そんなセバスターに、アーノックはスタスタと歩み寄る。そして両手でセバスターの襟をつかみ、力任せに揺すりながら怒鳴り散らした。

 

 「なんてことしてんだボケが! ヴァンパイアの捕獲っつう依頼だろうが! ぶっ殺してどうすんだボケ!」

 

 そう言われてハッとなったセバスターだが、すかさずアーノックの襟をつかみ返して反論する。

 

 「お前が真っ先に殺してただろうが! 氷漬けになって死んでんだからその後砕こうが燃やそうが関係ねぇだろ!」

 

 「大ありだ馬鹿が! あのまま持ち帰っておけば報酬もらえた可能性があったんだよ! 僕が口八丁手八丁で報酬ださせるつもりだったんだよこの脳筋馬鹿が! 報酬がいくらかわかってんのかドアホ! 今までとは桁が違う額だったんだぞ! 2年は遊んで暮らせる額だったんだぞ! ああもうほんとお前のそう言うところすげぇ嫌いだわボケ! 考えなし! 能無し! クズ! さっさと去勢しろ性欲バカが!」

 

 「言いやがったな根暗野郎がああああああああああああああああ!」

 

 騎士団とエリーが見守る中、汚い言い争いを経て殴り合いとなり、見かねた騎士団が2人を制圧する形で事は終結した。

 

 翌日トレヴァー侯爵の倉庫で事の顛末を報告すると、ヴァンパイアを捕獲せず殺してしまったため報酬は出なかった。だが王都内に潜んでいたヴァンパイアという脅威を取り除いたということで、2人は貴族間においてわずかながら話題となり、貴族からセバスターとアーノックへの指名依頼が来る、可能性を得た。

  

 冒険者にとって貴族とつながりができるというのは、ある意味成功と言える。

 

 「二度と貴族共の依頼は受けねぇ」

 

 「僕もその意見には賛成します」

 

 だがこの2人には当てはまらないようだった。

 

 またこの2人は知る由もないことだが、吸血鬼討伐騎士団の中で、エリーが”高貴なお方のエリザベス”と呼ばれてからかわれるようになった。

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