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本音を暴かれる

 色々と落ち着いた私を連れて、ゼルマさんは兵舎の執務室に向かった。私が破ってしまった服を着替えていつもの鎧姿になったゼルマさんは、執務室のソファーに腰かける。私も対面に座る。

 

 「さて、それでは色々聞かせてもらおうか」

 

 「はい」

 

 ゼルマさんは私がヴァンパイアであることを知った上で、今までこの兵舎に置き続けた。ヴァンパイアである私から、色々なことを聞きだすためだったらしい。

 

 ……全部話したら、もう私を兵舎に置いておく理由もなくなる。

 

 「まずヴァンパイアについて、知っていることを話せ」

 

 「えっと、ヴァンパイアは……」

 

 知っていることって言っても、私はヴァンパイアになって1ヶ月も経っていない。あまり詳しいとは言えないけど、話せるだけ話してみよう。

 

 ヴァンパイアは日光を浴びると死ぬ。血を飲まないと死ぬ。というような、誰でも知っていることは省いて、何か知っていることと言えば、血嚢(けつのう)とかについてかな。

 

 「ヴァンパイアには血嚢っていう内臓があって、そこで飲んだ血をエネルギーに変えてる。傷を再生するときや、スキルを使うときに消耗して、足りなくなると飢餓状態になる」

 

 「ふむ。ちなみにその血嚢はどこにあるんだ?」

 

 知らないけど、たぶんお腹の奥。血を飲んだ時にそこが熱くなってた。

 

 「詳しくは知らないけど、お腹の奥だと思う」

 

 「他には?」

 

 他に知っていること……あ、あれがあったね。

 

 「ヴァンパイアはヴァンパイア同士の間じゃないと生まれない。人間とヴァンパイアの間に生まれた子は、ダンピールっていう別の生き物になる」

 

 「ふむ」

 

 それくらいかな? たぶんそれくらい。

 

 「私が知っているのはこれだけ」

 

 「そうか」

 

 ゼルマさんは赤い髪をポリポリ掻いて、”ヴァンパイアの出生を調べれば”とかぶつぶつ言い始めた。1分くらいそうした後、また私の方を見る。

 

 「次に、私たちがお前を見つけた時の状況について教えてもらおう。誰にやられて倒れていたんだ?」

 

 正直に、全部答えよう。

 

 「真祖っていう、ヴァンパイアの親……みたいな人」

 

 「そんな奴がいるのか。今どこにいる?」

 

 「王城にある高い塔の、一番上」

  

 ずっとあの鼓動の発信源は変わっていない。

 

 「はぁ!? 既に王城の中にいるのか?」

 

 ゼルマさんは王城の中に魔物が入り込んでいることが信じられないみたいで、随分驚いてる。私も何がどうなって王城の中に真祖がいるのかは知らない。

 

 私は元はハーフヴァンパイアだったこと。真祖の鼓動を感じて王城に入り込み、真祖に会ってヴァンパイアになったことなど、ゼルマさんたちに保護されるまでのことを話した。

 

 「……つまり、お前は真祖に会いに行って、その真祖の機嫌を損ねて、塔から突き落とされたと」 

 

 「うん」

 

 「で、その真祖とやらは国王陛下だったと」

 

 「うん」

 

 ゼルマさんはショックを受けていた。国王が魔物になっていること、それから私が騎士団の警備をすり抜けて王城に侵入していたことにも、微妙な表情を浮かべていた。

 

 「……いろいろ信じられない。嘘を吐いているわけではないだろうな?」

 

 「吐いてないよ。嘘吐く理由が無い」

 

 ”ふむ”とゼルマさんは少し考える。

 

 「真祖が鼓動を発していて、その鼓動でヴァンパイアをこの王都に集めている……か。真祖の目的は何だ?」


 「ヴァンパイアのための国を作るって言ってた」

 

 「ちなみにその真祖は、倒せるのか?」

 

 「無理だと思う」

 

 即答した。対峙した瞬間から、どちらが上かわからされる。それくらいの強さを感じた。少なくとも私に倒せる相手じゃない。

 

 ゼルマさんは”そうか”と言って、立ち上がった。

 

 「私は真祖などとやらに会ったことはないが、エリーがそう言うのなら倒すことは難しいのだろう。であれば、真祖の目論見だけでも阻止すべきだな」

 

 ゼルマさんはそう言った。あっさりと私の言葉を信じ、現状をわかった上で、それが当たり前だというような態度で真祖に盾突くと言ってのけた。

 

 私には、そんなゼルマさんがちょっと眩しく見える。私は真祖に逆らうなんてできそうにない。

 

 「と言っても私にできることと言えば、王都にやってきたヴァンパイア共を、討伐するなり捕まえるなりして真祖のところまで行かせないことくらいだ。真祖はヴァンパイアを集めて何かさせるつもりのようだからな。騎士団の目的とも合致する」

 

 「確かにそうかもしれないけど」

 

 ……いや、私には関係ない、よね。もうゼルマさんの聞きたいことは全部話したんだし、ゼルマさんにはもう、私を生かしておく理由がなくなった。

 

 まだちょっと怖いから、この先どうなるのか、聞いておこう。

 

 「ねぇ、ゼルマさん」

 

 「なんだ?」

 

 「捕まえたヴァンパイアは、どうするの?」

 

 「前にも話しただろう? 尋問して、その後父上の所に送る。送った後どうなるかは私も知らない」

 

 「……そっか」

 

 聞かれたことには全部答えた。だから私への尋問終わりってことになるよね。

 

 ”ふぅ”と息を吐いて、覚悟を決める。

 

 「じゃあ、どうぞ」 

 

 「……何してるんだ?」

 

 捕まえやすいように両手を差し出したら、そんなことを言われた。

 

 「捕まえるでしょ? 抵抗しないから」


 私はゼルマさんに捕まえられて、トレヴァー侯爵の所に送られる。今までに騎士団が捕まえたヴァンパイアたちと同じようになる。そう覚悟した。

 

 「いや、捕まえない。お前は今まで通りでいい」

 

 私の思いと真逆のことを言うゼルマさんの表情は、呆れたような感じだった。

 

 いや、おかしいよ。ヴァンパイアを討伐するのが騎士団の仕事で、ゼルマさんだって私を捕まえるつもりだったはずなのに……

 

 「捕まりたかったのか?」

 

 「えっと、うん」

 

 「なぜだ? 父上のところに行けばおそらく死ぬぞ」

 

 そんなことわかってる。

 

 「……だって、ヴァンパイアは、誰かを襲って血を吸わないと生きていけないんだよ。それが嫌で、どうしても嫌だから」

 

 「嫌だからなんだ? 死にたいのか?」 

 

 ”死にたいのか?”と言われて、心臓がキュッとなった。言葉が出てこなくなって、私は言葉の代わりに頷いた。

 

 「嘘だな」

 

 ゼルマさんは私が頷いたのを見て、一瞬も間を置かずに一刀両断した。

 

 「な、なんで!?」

 

 嘘じゃない。私は死にたいんだ。

 

 「お前は死にたいとは思っていない」

 

 「だからなんでそう言い切れるの!?」

 

 私の気持ちなんてゼルマさんにわかるはずないのに、ゼルマさんはどうして私の意思をそんな簡単に否定できるの? 私がどんな思いでヴァンパイアになってから過ごしてきたか、知らないくせに。

 

 「私は誰かを傷つけないと生きていけないんだよ。生きている限り、身近な人を傷つけて、痛い思いをさせないと、生きていけない。ゼルマさんだって、さっき私に血を吸われて痛かったでしょ?」

 

 「まぁ、痛かったな」

 

 「私は誰かを傷つけ続けないと生きていけないなんて嫌なの」

 

 余裕のなくなった私は、思ったことが全部口に出るようになり始めていた。でも、止められない。

 

 「ヴァンパイアになった日からずっと、自分が誰かを襲って血を吸うんじゃないかって思って怖かった」

 

 傷つけるのが怖かった。


 「ヴァンパイアだってバレたらどうしようって不安がずぅっと頭の中をちらついてた!」

 

 拒絶されるのが怖かった。

  

 「日に焼かれたら死ぬって思うたびに、人間になりたくて仕方なかったっ!」

 

 自分が魔物なんだって思い知らされるのが怖かった。

 

 

 

 

 

 

 「……だから、死にたいんだよ」

 

 いつの間にか私もソファーから立ち上がって、ゼルマさんを睨んでいた。でも私がどんなに睨んでも、ゼルマさんはひるんだ様子もなく私の目を見つめ続ける。

 

 「いや、お前は死にたいとは思っていない」

 

 ゼルマさんは私が本音をぶちまけた後も、あっさりとそう言って私の意思を否定する。

 

 でもそれはよく考えれば当たり前だ。ゼルマさんは私の感情なんてわからない。言葉で本音を聞いたからって、理解できるわけじゃない。

 

 私はゼルマさんに理解してもらうことを諦めた。そもそも理解を求めること自体間違ってる。ゼルマさんは私の意思なんてどうでもいいんだ。

 

 「なんで……?」

 

 理解してもらうことは諦めたのに、未練たらしくぽつりと、そう聞いてしまった。

 

 「本当に死にたいなら、お前は餓死を待ったりせず、日光を浴びていたはずだ」

 

 「それは、助けてくれた騎士団に恩返しがしたくて」

 

 「それは後付けの理由だ。お前はただ待っていたんだ」

 

 「待っていたって、何を待ってたって言うの?」

 

 「何か普通ではないような事だ。自分が血を飲まなくてもよくなるような出来事。あるいは、傷つけずに血を飲むことができるような何かだ。お前は自分に都合がいいことが起きて、生きていてもいいと思えるようになるのを期待して、餓死するまでという期限を設けてそれを待っていた。違うか?」

 

 「違う! そんなの期待してない!」

 

 衝動的に違うと言ったけど、否定できる材料が無い。ただの言いがかりのはずなのに、胸に響く。

 

 「では試してやろう」

 

 「試すって……」

 

 ゼルマさんは私に一歩近づいて、ソファーに座らせて、私の対面ではなくすぐ隣に腰を下ろした。

 

 「何を」

 

 「良いから聞け」

 

 ゼルマさんがグイっと顔を近づけて、真剣な目で私を見る。とっさに押し返そうとしたけど、下手に暴れたら怪我をさせかねないと思って、うまく押せない。

 

 ゼルマさんは私の赤い目を見つめて、ゆっくり言い聞かせるように話し始めた。

 

 「エリー、私はお前に血を吸われることを、”傷つけられた”とは思っていないし、思わない」

 

 「……え、でも」

 

 「でもじゃない。お前は私の血を吸っても構わない」

 

 「でも」

 

 ”でも”しか言えない。”人間の血を吸うのは悪いこと”という、私の中にある当たり前の常識が、ゼルマさんの言葉にエラーを吐き続ける。

  

 「エリーは冒険者だったな。では言い方を変えよう」

 

 「待って」

 

 ゼルマさんはソファーに座ったまま、グイグイと私に身を寄せる。だんだん押されて、いつの間にか完全にのしかかられている。それでもまだ私に身を寄せてくる。

 

 「ヴァンパイアを討伐するのを手伝ってほしい。報酬として私の血と衣食住の保証、それからエリーがヴァンパイアであるという情報の秘匿を提示する。依頼期間はとりあえず無期限だ」

 

 真剣な顔で私をソファーに押さえつけながら、ゼルマさんは訳の分からないことを言う。

 

 本当に訳が分からない。ヴァンパイアにヴァンパイアの討伐を依頼するとか、冒険者って言う肩書を引っ張り出して今の私に当てはめようとするとか、私にとって都合の良すぎる依頼内容とか、とにかく滅茶苦茶だ。

 

 まず、ゼルマさんは吸血鬼討伐騎士団の団長なのに、ヴァンパイアである私を捕まえない時点でおかしい。それなのにさらにおかしなことを重ねて言い始めてる。

 

 「依頼を受けろ、エリー」

 

 でも、私はゼルマさんに思い知らされてしまった。こんな滅茶苦茶な話と依頼が、すごく魅力的に思えてしまう。

 

 私は死ななくてよくて、ゼルマさんは私に血を吸わせてくれて、しかもゼルマさんから血を吸っても、ゼルマさんは傷つかない。私は今まで通り、騎士団のお手伝いをする。そんな依頼。

 

 「う、うぅ、受ける。依頼を受けます。受けさせて、ください」

 

 私は自分が死ななくてもいい条件が提示された瞬間、私はそれに飛びついた。

 

 つまり、やっぱり私は死にたくなかったってことみたいだ。

 

 「……今日はよく泣く日だな、エリー」

 

 泣いてない。ちょっと涙目なだけだよ。

 

 やっぱり少し呆れたような表情で笑うゼルマさんの顔が、ウルウルと滲んで見えた。

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