半ヴァンパイアは再会する
夕日を浴びながら、グイドを目指して南の街道を進む。ルイアの町を出てから3日ほど経っていた。
「お腹すいた」
この独り言はもう何回目だろう? もう少し食べ物もらってくればよかった。
ルイアの町を出る際、無人の町なことをいいことに、私は服以外もいろいろともらっていた。水筒に水をもらうところに始まり、日持ちしそうな干したお魚、細くした薪、しまいには毛布やそれらを入れるリュックまでもらってきた。我ながらがめついと思う。
「まさか馬車で3日のことだったとは」
一つ誤算があったのは、ゾーイ商会の受付にあった地図のことで、グイドまでの街道に3日と書かれていたのを、私は”歩いて3日かかる距離”だと勘違いしていたことだ。
3日分の食べ物しかもらってこなかった私は、”食べ物がなくなり水がわずかにしか残っていない”という行き倒れ直前の状態なわけである。
「はやく夜になっておくれ」
夜のほうが元気なハーフヴァンパイアの体なら、昼間より早く歩ける。できれば今夜のうちにグイドに着きたい。
ルイアを出てから夜通し歩いていれば、たぶんもうグイドについていたと思うんだけど、初日の夜は動けなかった。
ルイアを出て最初の夜。エリーは日が沈むと同時に吸血衝動に駆られていた。
「あれ? 私一人なのに、なんで?」
今までの衝動は、ほかの人と密着したり、首筋をまじまじと見たときや、血の匂いを嗅いだ時などであった。外部からの刺激によって衝動が起こっていた。
しかし今エリーは一人で、血の匂いなど感じていなかった。それなのに、瞳が黄色くなり、牙が伸び、筋力が大幅に低下する。吸血衝動に駆られる時の症状が出ていた。
「スキルのせいかな……」
休憩にちょうどいいと思って、近くの木の根元に腰かけ、背を預ける。
ああ、やっぱりヴァンパイアのスキルなんて使うんじゃなかったな。そう思いながらうずくまる。
どうやったら収まるんだろう……? 今までは、一人になってしばらく待てば落ち着いたけど……
衝動を誘発するものから離れれば、今までは衝動を抑えられていた。しかし今回は何にも誘発されていない。
喉が渇く……犬歯が疼く……目の奥が熱い……血を飲まないと落ち着かないとしたら、どうしよう……
そこまで考えて、エリーは自分の腕を見る。半ば無意識で袖をまくって、前腕をぼんやりと眺める。
おいしそう……ではないかな。
露出した左腕をゆっくりと口元に近づけ、柔らかな素肌に延びた犬歯を押し付ける。
数秒そのままそうしていたが、意を決したように強く噛み締めた。
「うぐっ」
牙が深く腕に刺さる痛みで呻く。同時に疼いていた犬歯の疼きが消え、気持ちのいいしびれが歯茎を支配した。
口の中にあふれる自分の血は、おいしいとは感じなかった。
自分の血じゃ、やっぱりだめだよね。味がしないし、砂の混じった水のような舌ざわりで気持ち悪いよ。
牙を抜いて自分の腕を開放する。長い牙を深く刺したせいか血がとろとろと滴るが、すぐに出血は止まる。
「ふぅ」
これで落ち着くかな。とエリーは思ったが、そうはならなかった。またすぐに犬歯が疼き始めた。
しばらく待ってみたが、衝動が収まる気配がない。ズキズキとした歯の疼きは、むしろ悪化したようにも感じた。
我慢できなくなったエリーは、もう一度腕に牙をたてる。喉の渇きは収まらないが、肌を牙で貫かれる痛みと牙に伝わる感触、そのたびに広がる歯茎の満足感に、エリーは溺れていった。
結局、日が昇るまで吸血衝動は収まらず、朝まで小さなうめき声を出しながら、自分の腕になんども牙を刺しては抜いてを繰り返していた。
日の沈んだ街道の奥をふと見ると、遠くで明かりがいくつか見えた。
「やっと見えた。サマラさんたちはもう着いてるかな」
初日の夜以外はほとんど歩き続けたおかげか、今夜中にはグイドにたどり着けそうだった。
空腹を我慢しながら街道を進み続ける。
夜中の訪問になっちゃったけど、朝まで待てない。なんとか入れてもらおう。
それからたぶん4時間くらい歩いて、やっと着いた。グイドの北門の手前までやってきた。
「こんばんわ、私冒険者なんですけど、もうお腹ペコペコなんです。入れてもらえませんか?」
私は精いっぱい好印象を与えるように、門番さんに話しかける。
グイドの北門を守る門番は、北の街道、つまりルイアの町から来る者には警戒するよう言われていた。つい先日、海のほうからやってきた3人から、兵士たちはルイアの町で起きた事件について聞いていたからだ。
蠱毒姫によって無人となった町の方から、深夜に来た来訪者。怪しむのは当たり前であった。
「こんばんわ、私冒険者なんですけど、もうお腹ペコペコなんです。入れてもらえませんか?」
その者はやや疲れた声で、しかし普通の少女の声で話しかけてくる。
見れば白いシャツに毛皮のポンチョ、茶髪のウルフカットにダークブラウンの瞳のリュックを背負った少女だった。
少なくとも蠱毒姫ではない、か? そう思ったが、だからと言ってどうぞと通すには怪しいと考え、面倒くさいと思いながらも門番の仕事をする。
「どこから来た? 名前は?」
「エリーと言います。ルイアから来ました」
北門の門番たちは、ルイアから来た者の対応について指示を受けていた。門番の男は、頭の中でめんどうくさいと思いながらも、対応を始める。
「わかった。ついてこい」
そう言ってエリーを門の向こう。歩いてすぐのところにある施設まで案内する。
サマラはグイドにほど近い海岸に到着していた。目を覚ましたコルワに何があったのかを説明し、コルワ、ドーグと交代で船をこぎ続け、3日ほどかけての到着だった。
到着したのは、ルイアと比べてとても小さな砂浜であった。熱い季節というのもあり、子供が遊んではいるが、大きな船を付けるには狭すぎる海岸だった。
コルワとドーグに船を任せ、サマラは海で遊んでいる少年に話しかける
「こんにちは、あなたはグイドの人?」
「そーだよ。おとおさんとおかあさんと遊びに来たの」
海で遊ぶにはいい季節か、と思いながらサマラはさらに続ける。
「ご両親はどちら?」
「あっち」
その少年は砂浜にある大きな岩のほうを指さし、元気に走っていく。
サマラがついていくと、そこには高級そうな馬車、パラソルと小さな椅子と机、そこに座る男女と、そのそばに控える筋肉質な男がいた。
椅子に座る男女が着ている服から、サマラは貴族だと判断する。となると筋肉質な男は護衛だろう。
「私は行商人のサマラと申します。訳あってルイアから船でこちらに来ました」
すると椅子に座る男が答える。
「行商人か。俺はジョージ・グエン。グイドを収める領主だ。一体なにようかな?」
サマラはジョージに、ルイアで起きたことを伝える。ジョージは最初こそその話を疑ったが、最近ルイアからの訪問者が全くないことと、ルイアに向かった者が全く帰ってこないという自身の持つ情報を合わせて考え、サマラの話が本当のことだと考えた。
「ほう、蠱毒姫がルイアの町に……それは捨て置けんな」
ジョージは椅子から立ち上がると妻子を呼び、町に帰る準備をするよう言う。
「グイドにてもう少し詳しく聞かせろ。馬車で町に帰るぞ」
それだけいうと、ジョージは馬車に向かう。大きな馬車であるため、3人ほど人が増えても問題ないだろう。
船を砂浜に引き上げ、乗せた荷物を抱えたコルワとドーグとともに、サマラは馬車に乗った。
グエン邸はとても大きな屋敷だった。聞けばグエン家の爵位は侯爵だそうで、それを考えればこの大きさは納得であった。
グエン侯爵はサマラとコルワに風呂に入るよう伝え、書斎にて最もルイアの町に詳しいドーグから事件について詳しく聞いた。
話を聞いたグエン侯爵はピュラの町に伝令を出すよう指示をだし、兵士長と町の警備とルイアへの遠征について話し合う。
特に北門の夜間の警備についても詳しく決めた。蠱毒姫が、ルイアだけでなくグイドにも来る可能性が、わずかでもあると考えたためだった。そして北門で起きたことはすべて、グエン侯爵にも報告するようきめられた。
一日後の夜。”ルイアから来たという冒険者が現れた”という知らせがグエン邸に届く。グエン侯爵はもちろんグエン邸にいたサマラたちにもその知らせは伝えられた。
”エリーかもしれない”とサマラとコルワは思い、グエン侯爵の静止を無視して、北門の近くにある施設、尋問所まで走る。
エリーの生存は絶望的。そう理解しているからこそ、もしかしたらという思いが大きくなっていく。二人は全力で夜の町を走った。
そして尋問所に到着すると、警備する兵士の横をすり抜けながら、その扉を開けた。
するとそこには……
「ん?」
野菜と燻製肉がたっぷりと挟まったパンを頬張る、下着姿のエリーが尋問を受けていた。
最後のほうをもう少し上手に描きたかったです。
あと、蠱毒姫の話の背景を変えてみました。読みにくかったら申し訳ない。