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殺さなかった理由

 突然私に襲い掛かったエリーは、チュパチュパゴクリと音を立てて、私の首から血を吸っている。

 

 痛い。が、耐えられないほどではない。噛みつかれてしまった以上、満足するまで吸わせることにする。

 

 私の気も知らないで、いきなり襲い掛かって来るとはな。よほど空腹だったのだろう、何度も喉を鳴らし、必死になって私の首筋に吸い付いてくる。

 

 床が冷たい。あと破れた服はどうしてくれるつもりなんだろうな。インナーはいくらでも替えが利くが、ジャケットの方は面会用の高価な代物なんだぞ。

 

 「ま、それはいいか」

 

 よくはないが、目を瞑ってやろう。

 

 ……いつまで吸うつもりだ? そろそろ貧血になりそうなんだが。

 

 「……っぷは、はぁ……」

  

 息をするのを忘れて血を吸っていたようだ。かなり息が荒い。

 

 「満足したか? っと」

 

 吸い終わったかと思ったら、脱力して倒れ込んできた。エリーの体は酒にでも酔ったように熱い。先ほどまで私の手首を押さえつけていた力が、じんわりと抜けていく。あとさっきからエリーの髪が私の顔を撫でてきて少し痒い。毛先がチクチクする。早くどいてくれ。

 

 「おい、エリー」

 

 「ふぁぁぁぁ……」

 

 ”ふわぁぁぁぁ”ってなんだ。私にこんなに痛い思いをさせておいて、自分は夢見心地か? 腹の立つ奴だ。

 

 「起きろ。いつまで人をベッドにしているつもりだ」

 

 「ん、ん?」

 

 やっと意識がはっきりしてきたのか、少しもぞもぞと動いた後、私の手首から手を離して床に突き、体を起こした。

 

 「ゼルマさん?」

 

 床にあおむけになる私の上に、エリーが四つん這いになる。ばっちり目が合っている。エリーの前髪は下に垂れ、目と目の間を遮るものが無い。私の目にはエリーの真っ赤な瞳が直に見えている。

 

 キョトンとした表情に少しイラっと来た。

 

 「自分が何をしたか、覚えているか?」

 

 「え……」

 

 一瞬の沈黙の後、エリーの顔が面白いほど青ざめた。派手に破られた私の服や首筋にある2つの傷、エリーの口端にこぼれた血、他にも色々と残っている状況証拠を、一つ一つ確認しているようだ。

 

 「ぁ、そ……わた……」

 

 それはどこの国の言葉だ。

 

 私が軽く睨んでやると、エリーは上体を起こして両手で顔を覆ってしまった。

 

 「おい」

 

 「……」

 

 だんまりか。そうかそうか、ならば問い詰めてやろう。

 

 「なんとか言え」

 

 「ごめんなさい」

 

 「他に言うことは?」

 

 「私はヴァンパイアです」

 

 「それで?」

 

 「……殺してください」

 

 正体がバレたと思ったらそれか。潔い(いさぎよい)が、声が震えていてはかっこつかないな。

 

 「おい」

 

 「ゼルマさんは、私に騙されてたんだよ」

 

 こいつは突然何を言っているんだ。

 

 「騙されてなどいないと思うが?」

 

 「悪いヴァンパイアに騙されてるよ。ヴァンパイアを助けて、ここに住まわせちゃってるじゃん。人間のフリしたヴァンパイアに、いいようにされてたんだよ」

 

 ……まぁ、そうと言えなくもない状況かも知れないな。

 

 「それで?」

 

 私にまたがったままプルプル震え出したこいつは、一体何が言いたいんだろうな。予想はついているが……

 

 「……だから、私を殺すべきなんだよ」

 

 「なるほど、つまり殺せと?」

 

 エリーは顔を手で覆ったままコクリと頷いた。ものすごくため息をつきたくなる。

 

 「エリー、私を見ろ」

 

 エリーは返事をしなかったが、顔を覆っていた手をどけて胸の前で留め、私に目を向けた。

 

 とりあえず、私が騙されてなどいなかったことから伝えよう。

 

 「まず、エリーがヴァンパイアだということは最初から知っていた」

  

 「……へ?」

 

 「エリーを最初に見つけ保護したときは、私より身長も低いしもっと小さかった。それがたったの2日で私より少し高いくらいまで成長した。普通ならこの時点で人間ではないと気付くだろう?」

 

 「……でも」

 

 「さらに言えば、エリーが眠っている間に瞼を開けてみたし、口の中ものぞいた。赤い目と長い犬歯を確認して、その時点でヴァンパイアだと理解している」

 

 「じゃあ、なんでその時捕まえたり殺したりしなかったの?」

 

 当然の疑問だな。私も正直どうするか悩んだ。答えとしては少し不自然かもしれんが、納得してもらおう。

 

 「それはな、知りたいことがあったからだ」

 

 「知りたいこと?」

 

 「あの夜私たちは、割れた石畳の上に血まみれで横たわっていたエリーを見つけた。つまりヴァンパイアであるお前を誰かが叩きのめし、とどめを刺さずにどこかに行った。私たちはその後のお前を見つけたということだ。そのお前を叩きのめした存在について、知っておきたい」

 

 「叩きのめしたって……」

 

 「あとはヴァンパイアについてや、ヴァンパイアが王都に向かって移動を始めた理由など、知っている限りのことは聞き取るつもりで保護したんだ」

 

 ……不自然か? 正直疑われても仕方がない理由なんだが……

 

 「でも、そんなこと聞かなかった」

 

 「ああ、目覚めたお前が思いのほか大人しかったからな。人間のフリをしているお前に色々聞くと、私がお前をヴァンパイアだと看破していると気付かれると思って聞かなかった」

 

 「私が暴れたりゼルマさんを襲ったりしたらどうするつもりだったの!? ヴァンパイアを助けて、手当てまでして、それで助けたヴァンパイアに殺されたらただのバカだよ!?」

 

 いきなりすごい剣幕だな。そんなに気になることなのか?

 

 「……答えはそれだ」

 

 そう言って床に転がるナイフを指さす。エリーにジャケットを破かれた時に、兵舎の合鍵と一緒に転がった銀製のナイフだ。

 

 「私はお前を拾った日から、その銀のナイフを肌身は出さず持ち歩いている。ヴァンパイアには特に効くからと父上が持たせてくれていた物だ」

 

 エリーが危険だと判断した瞬間、それで刺して殺してしまうつもりだったと付け加える。

 

 「……」

 

 するとエリーは私が指差したナイフをじっと見た後、そのナイフを手に取った。そしてそのナイフの刃に指で触れ、そしてそのまま切れ込みを入れる。

 

 「おい! 何してる!?」

 

 私は慌てたが、エリーはそのまま私に切った指を見せつけた。傷はあっという間に再生し、何事もなかったかのように治癒を終えた。

 

 「銀なんて効かないよ」

 

 「……ああ、そうらしいな」

 

 私は自分で思っていたより迂闊だったらしい。もしエリーが危険なヴァンパイアだったなら、私は何の意味もなく銀のナイフを振りかざし、そのまま殺されていただろう。

 

 「……話を戻すが、私がエリーを保護した理由は大体そんな感じだ」

 

 エリーはナイフを床に置き、頷いた。

 

 「じゃあ私は、知っていることをゼルマさんに話せばいいんだね」

 

 「そうだ」

 

 わかったらいい加減泣き止め。そして私の上からどけ。

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