戦果と報告
エリーがチェルシーと戦っている間、ゼルマは城の中にいたイングリッド隊を呼び寄せ、フォージとチェルシーが乗っていた馬車と御者を捕まえていた。
捕まえると言っても、逃げようともしない馬車から御者の男を連れ出しただけである。雇い主であるフォージがつい先ほど死んだことに、御者の男は全く動じていなかった。
御者の男をイングリッド隊に任せたゼルマは、バラバラにちぎれ飛んだフォージのコートを集め、検分していた。そして目的の物はすぐに見つかった。
「……伯爵位のバッジ。間違いない」
フォージが検問を突破する際に兵士に見せた、家紋の入ったバッジだ。
「やはり本物だったか」
ゼルマは深いため息をつき、バッジを懐にしまってイングリッド隊の方を見る。彼らは青い顔のまま、眠たげな顔の御者から話を聞いていた。
「名前を言え!」
「ソイオです」
「目的はなんだ!?」
「主人を目的地に連れて行くことです」
「違う! ここに来た理由を聞いている!」
「主様がここに行けと……」
微妙にかみ合っていない問答を聞き流しつつ、ゼルマは改めて今の状態について考える。
夜間に王城に近づいてくる馬車を停止させたところ、馬車の中からはキエンドイ家の次男フォージとメイドのヴァンパイア、チェルシーが現れた。そしてチェルシーはゼルマ達の目の前でフォージを蹴り殺して逃亡し、エリーとカイル、シドの隊がそれを追っている。
吸血鬼討伐騎士団の目的は、王都でヴァンパイアを討伐することである。だが騎士団である以上、騎士としての責務もある。
騎士としての責務とは、貴族を守ることだ。貴族は国に危機が訪れた際は兵士を動かして国を守り、平時には領地を発展させることで国を支える。騎士はその貴族を守ることで国を支えるのが仕事だった。
その貴族が、討伐対象であるヴァンパイアに、ゼルマ達の目の前で殺害された。これはとてもマズイ出来事と言える。
「イングリッド、尋問は後することにして、今はまず捕縛だ」
ゼルマは軽い恐慌状態で御者のソイオと問答をするイングリッドに声をかける。
「しかし! こいつもヴァンパイアかもしれません!」
「落ち着け。よく観ろ。目は赤くないし、敵対的なそぶりはない」
イングリッドから視線を御者の男に移し、さらに続ける。
「ソイオだったな、お前の身柄を拘束させてもらう」
するとソイオは何の抵抗もなく手首を差し出し、あっさりと拘束されることを受け入れた。
「ところでお前の主様とやらは、フォージ・キエンドイのことでいいのか?」
ゼルマはふと思いついたように聞いた。ソイオの雇い主であるフォージが死んだのに、特に気にした様子が無いのが気になったのだ。
「いいえ、主様はチェルシー様です」
”特に隠すようなことでもない”とでもいうような態度で、御者の男ソイオはそう言い切った。
ゼルマはまた深いため息をついた。もし今回の騒動をフォージ・キエンドイが起こしたのなら、”貴族が王国を裏切り、夜間に王城に侵入しようとしていたところを討った”と報告できた。だが本当のところは違う。
チェルシーというヴァンパイアが、フォージやソイオを操っていた。騎士団は守るべき貴族を守れなかったということになる。
もし主犯と思われるチェルシーを討つことができなければ、騎士団は能無しのレッテルを張られ解散となるだろう。それはゼルマにとって、何としても避けねばならない事態だった。
「どうしたものか……エリー、カイル、シド達だけではなく、イングリッド隊も向かわせた方がよかっただろうか」
ゼルマは誰にも聞こえないように、そうつぶやいた。
フォージたちが乗ってきた馬車を押収した頃、エリーとカイル、シドの分隊が王城前の広場に戻って来た。カイル隊は血に染まったメイド服を着たチェルシーを、おっかなびっくりという感じて担いでいる。よく見ればエリーも血まみれだ。
彼らを見つけたゼルマは、心底安堵した。
「よくやってくれた。エリーはすぐに兵舎に戻れ。手当てをする。そのヴァンパイアもすぐに兵舎に」
「大丈夫、全部返り血だから。怪我とかしてないよ」
”心配ない”と軽く手を振るエリー。
「そ、そうか。すげぇな」
カイルはそんなエリーを微妙な顔で見ながらそう言った。ヴァンパイア相手に戦って無傷というのは、ある意味異常といえる。過去にジャイコブ相手にも無傷で倒したことが無ければ、エリーの言葉は疑われていただろう。
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫」
チェルシーが目覚める前に兵舎に戻るため、ゼルマ達がエリーにそれ以上何か言うことはなかった。御者のソイオ、キエンドイ家の馬車、そしてメイドのヴァンパイアのチェルシーを引き連れ、ゼルマ達は兵舎へと帰還した。
こうして吸血鬼討伐騎士団は、2つ目の戦果を挙げた。
ゼルマは翌日、王城に勤めているキエンドイ伯爵の部屋を訪ねていた。昨夜のキエンドイ家次男のフォージに起きたことを、報告するためであった。
キエンドイ伯爵は、ゼルマ達を夜間警備騎士団だと思っており、吸血鬼討伐が目的であるとは知らない。なのでゼルマは、チェルシーがヴァンパイアであることは伏せ、”夜間に城を訪れたフォージが、彼のメイドのチェルシーにナイフで刺し殺された。チェルシーは騎士団が取り押さえる前に自らの喉にナイフを突き刺して自殺した”。と報告した。
「以上が、事の顛末であります」
「そうか」
「フォージ殿をお守りできず、大変申し訳ありません」
「ああ」
キエンドイ伯爵は、その報告をすべて聞いた。眉一つ動かさず、顔色一つ変えなかった。”貴族を守れない騎士団など解散せよ”や”騎士団の団長として責任を取れ”など、ゼルマが想定していた反応は一切なかった。
キエンドイ伯爵の側仕えたちも、弟であるフォージの死を知らされて全く動じない彼の様子に困惑していた。
「……」
何かを言えば、返事をする。ゼルマに対するキエンドイ伯爵の対応はそれだけだった。”ああ”の一言でゼルマの謝罪を受け入れ、それ以上何も言わない。
「……それでは一度失礼いたします。また改めて、正式に謝罪を」
「ああ」
ゼルマは下げた頭を戻し、ゆっくりとキエンドイ伯爵の部屋を後にした。
ゼルマの想定した騎士団の危機は、あっさりと回避された。あまりにも簡単に騎士団は存続を決定した。だがゼルマはとても気分が悪くなっていた。
身内が死んだというのに、まったく感情の動きが無い。怒り狂うことも、悲しむこともない。弟の死を受け入れられず、現実を見ていないという感じでもない。ただ報告を聞き、頷いただけ。
まるで弟の死がどうでも良いことのように扱うキエンドイ伯爵のことを、ゼルマは不気味に思った。
「……とりあえず、兵舎に戻ろう」
ほぼ徹夜になってしまうのは確定だが、少しでも眠っておかねばとゼルマは帰路に就く。
「あのヴァンパイアを早く父上のところに送らなければ……それにそろそろ、エリーをどうするか決めなければいけない。もうほとんど答えは出ているんだがな……」
ソイオからもいろいろ聞きださなければならない。やることが山ほどある。ゼルマは気持ちを切り替えるように、兵舎に向かう足を速めた。