吸血鬼二人
チェルシーはエリーのことを、自分と同じヴァンパイアだと思っていた。
魅了のスキルを持つチェルシーは、人間の貴族に目を付けては魅了し、魅了した人間のメイドに成りすますことで生き延びてきた。
騎士団と共に王城付近に集まり、騎士団の敵だからと自分を追いかけてきたエリーも、自分と同じように人間社会に溶け込むことで生き延びてきたヴァンパイアなのだと思っていた。
だがエリーが剣を捨て右半身を前に出すように構えた時、チェルシーはエリーを、同じヴァンパイアだと思わなくなった。
いや、思えなくなった。
エリーが剣を捨てて構え、指尖硬化を使った瞬間、エリーから鼓動を感じた。
真祖から発せられている誘うような鼓動をかき消すほど、強烈な鼓動。それがチェルシーに浴びせられた。
「っ!」
同じではない。明らかに上位の存在。エリーから発せられた鼓動は、チェルシーにそう確信させた。
真祖をヴァンパイアの親とするなら、エリーは兄や姉のような感覚。
声を出さずに驚くチェルシーに、エリーは猛然と襲い掛かった。
エリーは剣を捨て速度を上げる。自身の指は剣のように軌道に気を使い丁寧に振る必要はない。踏み込みの態勢や速度に制限がなくなったエリーの動きは、チェルシーから見ても人間とは言えない物だった。
人間が武装し戦い方を身に着けた人間を殺すのには、技術が必要。だがヴァンパイアにはそんなもの必要ない。必要以上の膂力と速度でねじ伏せればいい。チェルシーはそういう戦い方に慣れたヴァンパイアであり、エリーの動きもそれに近づきつつある。
エリーとチェルシーの動作の速度に、先ほどまでの大きな差はなくなっていた。エリーの一挙動に対してチェルシーも一挙動。ヴァンパイア同士の闘争は、互角と言える。
踏み込みと同時に繰り出される貫手がチェルシーを抉り、巨大な破壊力を秘めた蹴りがエリーを穿つ。素早く動き回るものの、常にお互いの攻撃の間合い以上に離れることはない。回避や防御が間に合わないことが多く、お互いの体に次々とダメージが蓄積されていった。
鈍い音と血飛沫が真夜中の閑静な大通りに響く。
そんな戦いの中、先に音を上げたのはチェルシーだった。
同格の同族だと思っていたエリーが、突然上位の存在に思えてしまったことに驚き、動きに精彩を欠いたこと。そしてなにより、攻撃方法の違いが決めてとなってチェルシーを追い詰めた。
チェルシーの蹴りによる打撃攻撃は、命中するたびにエリーの体内にダメージを蓄積させていった。それに対してエリーの指尖硬化を用いた貫手は、チェルシーの体を抉るたびに出血を伴った。体内のダメージを回復し続けたエリーに対し、チェルシーはダメージの回復に加えて失った血液の補充もしなければならなかった。そのため、チェルシーはエリーより先に限界が来たのだ。
チェルシーの傷の再生が少しずつ追いつかなくなり、わずかによろめいた瞬間、エリーは両手で同時に攻撃した。
左手はチェルシーの足に、そして右手は首に迫った。左手は見事にチェルシーの大腿に突き刺さるが、チェルシーは痛みを無視して自分の首に迫る鋭い指に意識を集中する。
避けられない。
そう悟ったチェルシーは、首の代わりに両手を犠牲にすることを選んだ。貫手の軌道を阻むように腕を組み、首を庇う。
「くぁあっ」
両腕を鋭く硬いものが貫く感覚と、黒い指先が両腕を貫通する光景がチェルシーの意識を埋め尽くす。この瞬間初めてチェルシーは悲鳴をあげた。何とか致命傷を回避するべく、なりふり構っていられなくなった。
だが、限界だった。チェルシーは足を絡ませながら2歩後退し、尻もちをついてエリーを見上げる。両手の傷の再生があまりにも遅い。そして返り血まみれになったエリーを見上げる瞳は、黄色く濁っている。
「私の勝ち。真祖に会いに行くのは、諦めて」
赤い瞳で見下ろし告げるエリーの姿を最後に、チェルシーは意識を失った。
「はぁぁぁぁぁ」
気絶したメイドのヴァンパイアのチェルシーを見て、私はようやく緊張が解けた。緊張が解けた瞬間、いっぱい蹴られた腰から胸にかけてのあちこちが痛み始める。
「うぐ、いててててて」
改めて自分の姿を見てみると、いろいろと赤い。指尖硬化を解いた指は、手首のあたりまで血がべっとりついてる。ゼルマさんに借りている服も、もともと薄緑色だったはずなのに、今は返り血で赤い部分の方が多いくらいだ。
ふぅっと息を吐きつつ、剣を拾いに行く。歩いているうちに体の痛みがなくなっていった。
「あ、ヴァンパイアレイジ……」
剣ではなくギドに教えてもらった戦い方に切り替えた時、ヴァンパイアレイジを使おうとしたっけ。もう持ってないスキルなのに、なんとなく使えたような気がした。ちょっとだけ体が軽く感じたんだよね。
「気のせいかな」
ちょうど私が剣を拾った時、カチャカチャという聞きなれた鎧の音がする。4人分の音が近くを走っているのがわかる。
騎士団の分隊が追いかけてきたのかな。もう少し早くここに来られたら、私が戦っているところを見られたかもしれないね。