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白いヴァンパイア

 フォージの絶命の瞬間をはっきりと捉えることができたのは、フォージ自身を除くとチェルシーとエリーだけだった。

 

 フォージを目の前で見ていたゼルマは、フォージの体を”浴びる”ことになった。血飛沫ではなく血煙、粉状になった骨、そして破裂した内臓。生ぬるい赤にまみれたゼルマは一瞬何が起きたのかわからなかったが、ほぼ無意識に剣に手をかけた。

 

 「ば……抜剣っ!」

 

 団員に抜剣を命じ、自身もすぐさま剣を抜く。だが彼女の命令に従うことができた団員は、誰一人いなかった。分隊長のカイルやシドですら、先ほどまでフォージが立っていた場所を眺めている。そして見る見るうちに顔が青くなっていく。

 

 城の中から様子を見ていたイングリッドと彼の分隊員は、フォージの最期を間近で見ていた者よりも衝撃を受けた。彼らは数日前にジャイコブに殴り飛ばされていたが、致命傷は負わなかった。鎧を着ていたおかげで軽傷で済んだのだと思っていた。

 

 だが彼らはチェルシーの攻撃が人を木っ端みじんにする瞬間を見て、気付いた。先日自分が相手にしたのは、こちらを殺すつもりのないヴァンパイアだったのだと。殺すつもりのあるヴァンパイア相手には鎧など無意味で、ヴァンパイアの殺意のある攻撃は、文字通り一撃必殺の破壊力があるのだと理解した。

 

 理解したがゆえに、彼らは恐怖によってカイル隊やシド隊と同様に動けなくなった。

 

 ヴァンパイアを目の前にして、誰も命令を聞かず武器を取らずただ呆気にとられている。そのことにゼルマは焦ったが、チェルシーはいつの間にか消えていた。

 

 フォージの血煙が収まるのに合わせるように、その場から居なくなっていたのだ。

 

 「……やられた」

 

 ゼルマは夜空を見上げ、ため息をついた。


 ゼルマが面倒なことになったと思った瞬間、今さら鞘から剣を抜く音が聞こえた。そしてゼルマのすぐ後ろから、剣をもったエリーが南西区に向かって疾走し始めた。

 

 「おい待て!」

  

 ゼルマの制止を無視して走り続けるエリーを見て、カイルはやっと再起動した。

 

 「俺が連れ戻してきます! 1人で追うなんて無茶過ぎる!」

 

 「いや、ヴァンパイアを一緒に追いかけろ。シド隊! 起きろ! シド隊もカイル隊とともにエリーを追ってヴァンパイアを討て! 今夜中に決着をつけないと我々に明日はないぞ」

 

 「いやしかし」

 

 カイルは一撃で人を粉砕するヴァンパイアを追いかけて戦うことを渋ったが、シドはゼルマの”明日はない”の意味を即座に理解し、エリーを追いかけ始めた。

 

 「良いから行け!」

 

 ゼルマはカイルに自分の剣を押し付ける。カイルはまだゼルマに意見するつもりだったが、シド隊が既に走り出したのを見て、言いたいことを飲み込んだ。

 

 「……行くぞ!」

 

 分隊員に号令をかけ、カイルはエリーの向かった南西区に走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリーにはフォージとチェルシーの2人が馬車から降りた時点で、メイドのチェルシーがヴァンパイアであるとわかっていた。ヴァンパイアが人間にメイドとして仕えるというのが理解できず、様子を見るつもりであった。だがもうそんなことは言ってられない。

 

 ジャイコブと違って、チェルシーは積極的に人を殺すヴァンパイアである。そうエリーは確信した。

 

 エリーはすぐ近くに居たカイルの腰から剣を拝借して、チェルシーを追いかける。エリーの目はチェルシーがフォージを蹴り殺した瞬間から、南西区に向かって音もなく走って行ったのを捉えている。チェルシーにこの場で戦うつもりがないことは、エリーにとって好都合だった。

 

 ―あのメイドのヴァンパイアと騎士の人達は戦わせられない。私1人で倒す。

 

 チェルシーの見せた一撃は、鎧を着ていても関係なく人を絶命させる。そう思ったエリーは、騎士団がチェルシーと戦うことを避けたかった。間違いなく騎士団に被害が出ると思ったからだ。

 

 エリーは騎士団の目が届かないところまで走ってから、全力を出してチェルシーを追う。

 

 エリーは通りが規則的に並んだ南西区なら、簡単にチェルシーを見つけられると考えた。人は寝静まっていて外にはいないし、暗い夜道で白いメイド服は目立つ。ヴァンパイアの視力なら多少離れていても、チェルシーの姿を捉えることが容易である。

 

 王城前の広場から一番近い通りをさっと見渡す。

 

 ―……いない。

 

 エリーは隣の家屋の屋根を飛び越えて横の通りに着地し、その通りを見渡す。ここにも誰もいない。

 

 さらに次の通りでもチェルシーの姿は見えなかったが、エリーの嗅覚はわずかな血の匂いを捉えた。

 

 ―これは……たぶんチェルシーの靴に付いたフォージって人の血の匂い。この道を通ったんだ。

 

 ヴァンパイアが人間の血の匂いを見失うことはない。エリーの鼻はチェルシーの通った道を正確にかぎ分ける。

 

 誰も見ていないのだからと、エリーはヴァンパイアの身体能力をフルに使って血の匂いを追う。数十メートルを一瞬で走り抜け、速度を殺すことなく角を曲がる。チェルシーの居る場所にたどり着くまで、あとほんの少しだった。

 

 カイルとシドの分隊がエリーを追いかけ始めた頃には、エリーは既にチェルシーの所に到着していた。

 

 南西区の南の端、太い通りが防壁によって途絶えた、静かな場所。チェルシーはそこにいた。大通りの両端は家屋が立ち並び、通りの上には何もない。何もない通りの真ん中に立ったチェルシーは、エリーを待ち構えていた。

 

 「足が速すぎます。1日隠れようと思っていましたが、その前にあなたを片付ける必要がありそうです」

 

 つい先ほど広場で会ったときと変わらない、白い肌、白いメイド服、ホワイトブリムに銀色の髪。白くないのは片足の靴に付いたフォージの血と、エリーをまっすぐ見つめる瞳だけだった。

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