初戦果
「……勝った」
エリーがため息のようにそうつぶやいた。エリーは戦いが終わったことに安堵したが、ゼルマとイングリッド、そしてエリーが戦っている間に介抱されていた騎士2名は、むしろ緊張していた。
それは、この吸血鬼討伐騎士団の初戦果への期待をはらんだ緊張だった。
「捕獲しろ!」
「はっ!」
ゼルマがそう叫び、立ち尽くすエリーの目の前でジャイコブに飛び掛かる。飢餓状態のジャイコブにほとんど抵抗させないまま、騎士4名はヴァンパイアをあっという間に取り押さえた。
「ぐ……放すだぁ!」
「絶対に逃がすな!」
暴れようとするジャイコブを4人で押さえつけつつ、手足の関節を取って取り押さえるのに必要な人数を減らした結果、ゼルマとイングリッドは分隊員の騎士2名にジャイコブを任せることができた。
「こいつの口元には手を近づけるな。それからエリー」
ゼルマはジャイコブを取り押さえる2名に注意を促し、エリーに向き直りスタスタと歩み寄る。そしてエリーの両肩をがっしりと掴んだ。
「な、なに?」
真剣な顔で迫られ気圧されたエリーは、顔を少し引き気味答える。
エリーは”勝手なことをするな”や”なぜイングリッドのいう通りにしなかったのか”と問いただされ責められるのではないかと気が気ではなかった。勝利を収めた今も、自分で考えて行動することに恐怖を感じていた。
だが、ゼルマの言葉はエリーの予想に反していた。
「もしあいつらが危なくなったら……悪いが、頼む」
「え……あ、うん。」
きょとんとしながらも承諾したエリーを見たゼルマは、イングリッドに北西区の巡回をしているカイル隊を呼び戻すよう告げ、取り押さえられたジャイコブから数歩離れた位置でカイル隊を待ち始めた。エリーに”頼む”と言いつつも、自分でもジャイコブを見張るつもりのようだった。
「おらにはやることがあるだぁ! 放すだ!」
飢餓状態のジャイコブに、騒ぐ以外に何かできることはなかった。
ゼルマさんちょっと怖かったな。肩がっしり掴まれたし……後でまた何か言われそうだね。
いや絶対何か言われるよ。今まで”私戦えますよ”なんてアピールなんてしてないもん。絶対驚かれたよ。問い詰められるに決まってる。あ~なんて言おう。なんて言えばいい? ”実は元冒険者なんです”で通る? 騎士であるゼルマさんたちが圧倒された相手を1人で倒したわけだけど、冒険者って肩書だけでごり押せる? というか冒険者の肩書って信用ゼロなんですけど。
私が騎士の人2人に取り押さえられているヴァンパイアを冷静を装いつつも内心焦りながら監視していると、ヴァンパイアと目が合った。
黄色い瞳で私を睨みつけて、憎々しい表情で威嚇してる。
そんなに真祖に会いたかったの? それとも、私が憎いだけ?
私が憎いだけなら、いいんだ。同族ではなく格下に負けたと思ってるってことだと思うし、それに私はいくら恨まれたって、どうせ……
「おめぇさん、一体なんなんだぁ……はぁ」
そんなこと聞かれたって、私が答える理由ないよね。
そう言えば、ゼルマさんが私に”頼む”って言ってた。あのヴァンパイアが騎士の人の拘束から逃れたり、隙を見て血を吸ったりしたら、また私に戦って取り押さえてほしいってことでいいのかな。
”もしあいつらが危なくなったら……悪いが、頼む”だったっけ……もしかして、危なくなったらヴァンパイアを殺せってことかもしれないね。
あんまり考え事しながら監視するのは止めよう。
しばらくして、カイルさんたちの分隊が帰ってきた。カイルさん含む分隊4人と、イングリッドさん、それからイングリッドさんに担がれたタイラーさんも居る。あのタイラーさんは本物らしい。少なくともヴァンパイアじゃないと思う。
「ゼルマ団長、タイラーを見つけました。吸血されたみたいですけど、生きてます」
「ああ、無事で何よりだ」
このあと続々と他の分隊の人達が集まってきて、ヴァンパイアはゼルマさんの指示でどこかに連れて行き、撤収となった。
あれ? 私に何か聞いたりしないの? と思ったけど、ゼルマさんに
「あとで執務室に来い」
と言われ、私は頭を悩ませながら騎士団のみんなと一緒に兵舎に戻ることになった。あと、イングリッドさんたちにもすごく見られた。そんな目で見られるとそわそわして居心地悪いよ。
「我々吸血鬼討伐騎士団の初戦果を祝って、乾杯!」
ゼルマさんが音頭とっているのは、騎士団の食堂だった。
ヴァンパイアと戦ったあの夜から1日過ぎた今日は、お祝いをすることになっている。町の巡回はせずに、みんなで初戦果お祝いパーティ。
騎士団がお休みしていいのかなと思ってゼルマさんに聞いたら、普通はダメだが初戦果を挙げた時だけは盛大に祝うのだそうだ。
長机の上には、ワインにグリルチキンにサラダ、他にも豪華な食事がずらりと並んでいる。貴族が開くパーティみたいだと思ったけど、よく考えたら騎士はみんな貴族だった。平民は私だけだね。
乾杯した後は、みんな我先にとお肉系の料理に手を伸ばし奪い合ってモグモグ食べ始める。私はあんまりお腹が空いてないけど、こんなお高そうな料理をちょっとしか食べないのはもったいない。隙をみてお肉をいただくことにする。
グリルチキンを手に取ってできるだけ上品に貪っていると、隣に座るナンシーっていう女性騎士の人が真っ赤な顔で絡んできた。確か、カイルさんの分隊員だったかな。
「エリーさーん、飲んでるー?」
「どっちかというと食べてる」
「うちは飲む~」
ナンシーさんは食事よりお酒がいいらしい。
幸せそうな顔でワインを飲むナンシーさん。見ているだけで私も幸せな気分になれそうな気がする。
でも、大丈夫なのかな。もし今夜ヴァンパイアが現れでもしたら、真祖のところまで素通りさせちゃうよね。こんなことしてて大丈夫なのかと、ちょっと考えてしまう。
私はこの騎士団が夜間の警備をする騎士団だと思ってたけど、本当は違う。昨日ゼルマさんに呼ばれて執務室に行ったら、いろいろ教えてくれた。
教えてくれた内容は”国のいろんなところに潜んでいたヴァンパイアが、一様に王都を目指して移動を始めたこと”と”この騎士団の目的は、王都にやって来るヴァンパイアを倒すこと”という感じだった。
それから私の扱いも変わった。
「ねーエリーさーん。なーんで、ひっく、冒険者だってこと、黙ってたのー?」
「えぇ、あ、なんか言いにくくて」
結局冒険者という肩書でごり押すことにした。ゼルマさんに”実は冒険者だったんです”と伝えたら
「だろうと思っていた」
と、キリッとした顔で言われた。帰る場所も行く当てもない人なんて、大抵冒険者だもんね。ゼルマさんからしたら、予想通りって感じだったんだと思う。
昨日のうちに、あの場に居なかった騎士団の人達には、私はヴァンパイアと戦うゼルマさんたちに少し助力をした、みたいな感じの説明があったらしい。私が倒したとかじゃなくて、イングリッド隊とゼルマさんで戦ってるところに私がちょっと手を貸した、みたいな感じで広まってる。
「もっと早く言ってくれりゃ、辛い水仕事なんてさせられずに済んだんじゃないか?」
「あーぶんたいちょー。なに3人にふえてんのー? ずるーい」
ナンシーさんは私の横でガバガバ飲んでたんだけど、いつの間にか目の焦点が合わなくなるまで酔っちゃってた。ジョッキ片手にやってきたカイルさんを見て絡みついてる。
というかジョッキ? ワインなのに?
「おま、離れろ。エリーに聞きたいことあんだよ」
「あれー? ひろりつかまえたろにまらふえれるー」
カイルさんは加速度的に酔いが深まるナンシーさんを適当に転がして、私の隣のナンシーさんの座っていた席に腰を下ろす。そして机に片肘をついて顔を近づけて、小声で話しかけてきた。
「俺やシド、ゲイルなんかの分隊長は、団長からエリーの活躍を直接聞いてる」
「直接?」
「ああ、イングリッドからも聞いた。ほぼ1人でヴァンパイアを圧倒して倒したってな」
「うへぁ」
”ヴァンパイアを圧倒”なんて言われて変な声がでた。あの時はヴァンパイアだと気付かれないように戦ってたつもりだったけど、結果だけ聞くと、正体を疑われかねない感じになってる。1人でヴァンパイアを圧倒する人間とか会ったことないし、滅多に聞かない。居ないことはないらしいけど……
「どうした? 酔っちまったか?」
「ううん大丈夫。それで聞きたいことって?」
カイルさんはズイっと顔を寄せて、真剣な顔で私にこう言った。
「ヴァンパイアの倒し方を教えてくれ」
「ああうん」
よかった。疑われているわけじゃないらしい。ちょっと安心した。