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半ヴァンパイアはグイドを目指す

 ヘレーネさんから逃げて、私は無人のルイアの町を西に向かって全力疾走していた。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い、こわいこわいこわい……

 

 頭の中はそればっかりで、ヘレーネさんの顔とか、髪色とか、声とか、体に毒が回っていく感覚とか、とにかく私は怖かった。

 

 でもすぐに走れなくなった。ヴァンパイアレイジというスキルは、効果時間が短い。ルイアの町の中を、砂浜に向かった時に通った道を逆走していたのだけど、その途中で効果時間が過ぎて動けなくなった。

 

 スキルによってヴァンパイアに近づいた体がハーフヴァンパイアに戻ると、ヘレーネさんの毒の麻痺と痛みも戻って来た。

 

 痛くて、苦しい。

 

 でも動けないほどじゃない。すこし時間がたったからか、耐えられないほどの苦痛じゃなくなっていた。

 

 もう走れないかな。でも追いかけられてないみたいだし、もう大丈夫……

 

 ちょうどゾーイ商会の近くまで来ていたから、私は無人の商会にお邪魔する。

 

 変なおじさんから話を聞いた応接室、その部屋のソファーに倒れこむ。

 

 そういえば、ピュラの町を出発してから一回も寝てなかった。もし寝てる間に襲われたら、いやだな。

 

 でも私の疲労は限界だった。4日間くらい起きてても大丈夫な体だけど、ヘレーネさんとの戦闘や毒、スキルの使用などで、ギリギリまで体力を使ってしまっていたらしい。

 

 私は泥のように眠った。

 


 

 

 

 船の上でサマラ、コルワ、ゾーイ商会で出会った男の3人はグイドの町へ向かっていた。

 

 ヘレーネが飛来した際の衝撃で、コルワは気絶していた。いまだに目を覚まさないが、頭をどこかに強く打ったとか、そういう痕跡はなかった。

 

 サマラは、コルワを介抱しながらエリーの安否を心配していた。

 

 そんなサマラに、ゾーイ商会で出会った男、ドーグは頭を下げた。

 

 「私が海路を提案したばっかりに、エリー殿を置いていくことになってしまいました。申し訳ございません」

 

 突然の謝罪だった。直前までドーグは無言でルイアの町のほうを見ていたが、ふとサマラに向き直り謝罪する。

 

 「あなたのせいではないですし、エリーちゃんは自分の仕事をしたまでです。それにエリーちゃんならきっと大丈夫ですわ」

 

 サマラは冷静に返す。エリーが戦うところを見たことはないが、きっと大丈夫だと信じていた。エリーなら大丈夫、そう思っていた。

 

 「いえ、その、申し上げにくいのですが、生存の可能性はかなり低いかと思われます」

 

 「どうしてでしょうか?」

 

 ドーグの発言に理由を問う。自分だってエリーが大丈夫だという根拠など無いようなものだが、自分のことは棚に上げてでも問いたかった。

 

 ドーグは答える。

 

 「思い出したのです。あの赤紫の髪の女は、ヘレーネ・オストワルトと名乗ったのです。聞き覚えはありませんか?」

 

 サマラはその名前に聞き覚えがなかった。しかし、”赤紫の髪の女”の部分で、もしかしたらという予想が頭をよぎる。

 

 答えないサマラに、ドーグはさらに続ける。

 

 「そのヘレーネというのは、蠱毒姫(こどくひめ)の名前だと聞いたことがあるのです。蠱毒姫については、説明は不要でしょう」

 

 蠱毒姫とは、数年から十数年に一度現れ、村や町、時には自然環境や一部生態系に、毒による大災害を起こすヴァンパイアとして有名である。その容姿は、毒々しい赤紫の髪に一部変色した醜い肌の吸血鬼だと噂されている。蠱毒姫という名の由来は、”奴はわが国にとっての毒だ、蠱毒のようにたちが悪い”と過去の王が言ったことが発端だといわれている。


 当然サマラも蠱毒姫やその噂を知っていた。しかし、ルイアの町から人々が消えたことと蠱毒姫を関連付けて考えてはいなかった。兵士たちを操る何者かが、何らかの理由で、町の人々を連れ去った。と、何もわかっていないのと変わらないような情報しかなかったためだ。

 

 エリーという自分が雇った護衛が、自分たちを逃がすために、大災害を引き起こすヴァンパイアと戦った。

 確定ではない。が、おそらくドーグの言うことは正しいのだろう。そして、エリーの生存が絶望的なことも……

 

 「そうでしたか、あれが蠱毒姫……」

 

 サマラは、ヘレーネの姿をはっきりと見た時間は短かったが、はっきりと覚えている。そしてエリーが自分をかばってくれたこと、それによって飛来したヘレーネに直撃して死ぬことを回避できたことを思い出した。

 

 「とにかく、ドーグさんのせいではありませんわ。最終的に海路を選んだのは私です」

 

 「はい……」

 

 ドーグは申し訳なさそうに頷く。彼はやはり自分のせいだと思っているように見えたが、サマラはもうそれを気にしなかった。

 

 そしてエリーが死んだとも思わなかった。やはり根拠はないが、エリーならなんだかんだ生き残るんじゃないかと、なんとなくそう思った。

 

 

 

 

 


 目が覚めたら、そこは知らない天井だった。ゾーイ商会の応接室の天井なんて、まじまじと見たことがないから当たり前か。

 

 「寝てる間に襲われなくてよかったよ」

 

 独り言をいつも通りに言う。

 

 目が覚めてみたら、毒の痛みや麻痺はもう残っていないようだった。そして今は朝だ。ヘレーネさんはヴァンパイアだから、昼間出歩いたりはできない。つまり私を追ってきたりはできないってことだね。

 

 「サマラさんたちは、今頃船でグイドに向かっているんだよね」

 

 私が知らない間に、何かに襲われたりしていないだろうか? 海賊とか海の魔物とか……

 

 本当は護衛の私が守らなくちゃいけないのに、はぐれてしまった。まぁしょうがないと思うことにする。

 

 とにかく私もグイドに向かって、合流しよう。そう決意して装備の確認をして……

 

 「あ、武器……」

 

 私のショートソードはたぶん砂浜に刺さってたはず。あと私のショルダーバッグはサマラさんたちの船に乗せちゃった。

 

 「あちゃー」

 

 雑嚢があるだけましか。ええっと中には何入れてたっけ?

 

 「火口箱、包帯、消毒液、硬いパン、砥石に羊毛、銀貨が20枚」

 

 う~ん朝ご飯があるだけましかな。砥石と羊毛は武器がないとタダの石と綿だから、砂浜に取りに行かなきゃね。ああ着替えもショルダーバッグに入れてたんだっけ、着替えたいなぁ。

 

 ゾーイ商会をでて、とりあえず武器を回収にいこう。

 

 私は硬いパンを取り出してガジガジとかじりつきながら、砂浜に向かって歩き……

 

 「あ、あれ……?」

 

 砂浜に向かおうとすると、体が震えて足が動かない……?

 

 いったん口の中のパンを飲み込んで、もう一度砂浜の方に向かう。

 

 一歩砂浜に向けて踏み出すたびに、昨日の夜に味わった恐怖が頭をよぎる。そのたびに歩幅が狭くなって足が前に出なくなる。

 

 「これは無理だね」

 

 起きてからはいつも通りの私に戻れると思ったんだけど、まだ無理みたい。

 

 武器は諦めよう。すごく使いやすいショートソードだったけど、また作ってもらえばいいよ。

 

 砂浜に背を向け、ゾーイ商会に戻って受付にある街の地図を確認する。

 

 「グイドは南の街道を行けばいいんだね」

 

 南門までの道も確認して、今度こそゾーイ商会から出発する。

 

 目指すはグイド。サマラさんたちと合流して、まず護衛をすっぽかしちゃったことを謝るのだ。どうしようもなかったけど、言い訳はよくないからね。

 

 「あ、服屋さんあるじゃん」

 

 どうしよう着替えたい。無人の町だしバレないよね? でも泥棒みたいだし後ろめたいなぁ……いやでもほら、町が無人の状態で異常事態だから! 異常事態だから服を少しもらっちゃってもしょうがないよね?

 

 私は自分に言い訳しながら、無人の服屋さんでいい感じの服をもらっていきつつ、奥にあった水場で体を洗わせてもらった。

 

 「これで心機一転! グイドを目指すとしますか!」

 

 わかってるよ、これは空元気ってやつ。でもきっと、そのうち空っぽじゃなくて普通の元気になるよ。

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