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自分で考えるという恐怖

 ゼルマや騎士2人がジャイコブと戦っている間、エリーは真っ先に殴り飛ばされたイングリッドの介抱をしていた。

 

 エリーは鎧のへこんだ部分を手で押さえながら呻くイングリッドをひょいと抱き上げ、王城の近くの物陰に運び込む。

 

 「う……ぐ……」

 

 ―うわぁへこんでる。へこんだ鎧が胸を圧迫してるんだ。

 

 鎧のへこみ具合を確認したエリーはそう気づき、鎧の留め金を外す。鎧の圧迫から解放されたイングリッドは、ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返しつつ、上体を起こした。

 

 「す、すみませんエリー殿……助かりました」

 

 「よく診せてください。喋らなくていいですから」

 

 エリーは鎧の下に着ていた3枚の服をめくり、殴られた部分を見て、そっと触ってみる。

 

 ―青くなってるけど……あばら骨は折れてない、かな。あとほんの少し強く殴られていたら折れてたかも。

 

 命に別状はないとわかったエリーは、まくった服を元に戻し、自分も物陰に入りつつゼルマ達の戦いを見ることにした。

 

 ―できればゼルマさんたちに勝ってほしい。死んでほしくない。でも私が加勢して、それで私がヴァンパイアだってバレるのは……それに私の加勢なんてゼルマさんたちはきっと望んでない。

 

 エリーは、ゼルマ達に加勢したいという気持ちとヴァンパイアだとバレたくないという気持ちの板挟みになっていた。そして、どちらかというと加勢に行きたくないという気持ちが勝っており、そのための言い訳を無意識に探し始めていた。

 

 ―きっと大丈夫。ゼルマさんたちは騎士なんだし、簡単に負けたりしないよ。今は人数が少ないけど、きっと巡回に出た分隊が、何とかしてここの状況を察して戻ってきてくれる、かも、しれない、し……私が何かするより、きっと……

 

 なにより、エリーは自分で考えて行動することに不安を抱えていた。誰かに言われたわけでもないのに加勢に行くことは、きっと悪いように作用する。そうなることが怖かった。

 

 エリーの見守る中、ゼルマ達とヴァンパイアの戦いはヴァンパイアに有利なように進んで行った。騎士2名が殴り飛ばされ、ゼルマの渾身の攻撃も、致命傷には至らなかった。

 

 ―どう、しよう……どうしよう、どうしよう。

 

 戦いを見守る中で少しずつ、エリーの中のゼルマ達に加勢したいという気持ちが大きくなっていた。だがエリーは動かなかった。自分で考えて助けに行くということが、怖くて仕方なかった。

 

 助けに行きたい。怖い。この2つの感情はエリーの中で渦を巻き、エリーをその場に縛り付けた。もしエリーが動ける時が来るとしたら、それはゼルマ達とヴァンパイアの戦いが決着した後……もしくは、誰かがエリーに”ゼルマ達を助けに行け”と命じた時であった。

 

 「エリー殿」

 

 物陰から食い入るように戦いを見ていたエリーに、ふいに声がかけられた。その声は、頭の中で”助けに行かなくても仕方ないと思えるような言い訳”を考えていたエリーの思考を中断させた。

 

 「イ、イングリッドさん……?」

 

 振り返ったエリーは、イングリッドの覚悟を決めた表情に少し気圧された。イングリッドはエリーの両肩をがっしりと掴み、静かにこう言った。

 

 「逃げてください。できれば北西区以外に」

 

 ―……逃げれば、いいの? でも逃げるってことは、イングリッドさんはゼルマさんたちが……

 

 「イングリッドさんは?」

 

 「このままではゼルマ団長も倒されてしまうでしょう。私は少しでも勝ちの目を残すために加勢に行きます」

 

 エリー自身も考えないようにしていただけで、このままではヴァンパイアが勝つだろうということは理解していた。その場合ゼルマ達は運が良くても大けが、悪ければ全員死ぬだろう。だがはっきりと誰かの口から聞かされたことで、そのことから目を反らすことができなくなった。

 

 「エリー殿、わかっていると思いますが、あれはヴァンパイアです」

 

 イングリッドはエリーの目をしっかりと見つめ、諭すように続ける。

 

 「怖いかもしれませんが、立って、走ってください。恐怖に負けず、しっかり考えて行動してください。そうすればきっと無事に逃げ切れます。そしてもし巡回中の他の隊に会えたなら、ここにヴァンパイアが出たと伝えてください」

 

 ―恐怖に負けずに、考える……

 

 イングリッドの言葉で、エリーは少しまともな思考ができるようになった。

 

 ―そうだ。別に逃げることは悪いことじゃない。応援を呼んでくればいいんだよ。それでいいんだ……

 

 エリーはゼルマ達に背を向けて立ち上がりかけ、そのまま止まった。

 

 ―でも、きっと間に合わない。私が応援を呼んでここに戻って来る前に、ゼルマさんやイングリッドさんたちは全滅する。そうなったらあのヴァンパイアは、戦って消耗したエネルギーをゼルマさんたちから補給して、それから真祖に会いに行くはず……本当に私は、ここから逃げていいの……?

 

 実際のところ、エリーは逃げる以外で今の状況をどうにかする方法を既に思いついていた。自分がヴァンパイアだとバレずにジャイコブを打倒すればいいのだ。エリーは騎士団の中で手に入れていた”兵舎に住んで雑用をするただの一般人”という地位を失うことになるが、騎士団の中の居場所と、残り幾日かの穏やかな日々は失わずに済む。

 

 思いついているのに行動しないのは、それが自分で考えて導き出した方法だからだ。うまくいくはずがない。良くない結果になる。そう思ってしまう。自分に全く自信が持てない。  

 

 だがイングリッドの言葉によって、エリーは最後にもう一度だけ自分で考えて行動することにした。

 

 つまり、ゼルマ達を助けに行くことにした。そのために、考えなしに突っ込むのではなく、何がどうなればよくて、そのためにどうすればいいのかを改めて考え始める。

 

 ―私がヴァンパイアだってバレないためには……

 

 赤い目は前髪で隠れている。長い牙も隠し通せる。問題は武器だった。

 

 ヴァンパイアを素手で殴り倒すなど、人間の所業ではない。そんなことができるのはエリーの知る限り、ヴァンパイアと真祖、そしてハーフヴァンパイアくらいだ。そんなことをすれば人間ではないとバレてしまう。

 

 何かしら武器で戦い、ヴァンパイアの膂力や再生能力を見せずに勝つこと。これをすれば、エリーは今の穏やかな日常を失わずに済む。

 

 「……うん。イングリッドさん」

 

 エリーはイングリッドの覚悟を無下にすることを一瞬だけ躊躇(ためら)った。だがすぐに行動を起こした。

 

 「ごめんね」

 

 「エリー殿?」

 

 エリーはイングリッドの腰の剣を抜き、走り出す。

 

 ―ゼルマさんも、鎧を着たまま無音でヴァンパイアに忍び寄ってた。なら私が同じことをしても、ヴァンパイアだとは思われないはず。

 

 エリーは人間の体で行えるパフォーマンスの限界を見極め、無音で疾走する。

 

 武器を失っても闘志を燃やすゼルマに、ジャイコブの凶手が迫る。

 

 ―大丈夫、間に合う……間に合え!

 

 ジャイコブの手がゼルマに届く直前、エリーは思い切り右足を踏み出し、剣を振り上げた。

  

 ”ヒュ”というわずかな音を立てて振り上げられた剣先は、ジャイコブの両手首をすっぱりと切り裂いた。鉄並みの高度を持つヴァンパイアの骨も、関節に刃を通されれば関係ない。切り落とされた両手は地面に落ち、ジャイコブの両手首から”ドバ”と血が噴き出す。

 

 「……ぇ」


 「はぁ!」

 

 驚くジャイコブの顔面に、ゼルマの拳が叩き込まれる。完全にふいを突かれたジャイコブは大きくのけぞり、そのまま後ろに跳んで距離をとった。

 

 「……間に合った」  

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