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初戦

 なんでタイラーさんを見てヴァンパイアだと確信したのか、私自身よくわからない。

 

 一見するとどこにも違和感がない。注意して見ていたわけじゃないけど、私の引いてきた荷車から水筒を抱えて北西区に行った時の姿と、何も変わらないように見える。もし違和感があるとするなら、訛ったような噛み方をしたことくらい? 

 

 「遅かったですね。何かありましたか?」

 

 「いんやぁ、ちょいと道に迷っちまったですだぁ」

 

 気さくな感じでこっちに歩いてくるタイラーさんのようなヴァンパイアとイングリッドさんが会話をしてる。イングリッドさんは広場にある椅子に腰かけたままで、何の警戒もしていないように見える。

 

 見た目も匂いもタイラーさんだけど、しゃべり方はたぶん違う。あと歩き方も、あんなにがに股じゃなかったと思う。


 なんでここにヴァンパイアが……いやそれはわかってる。真祖に会いに来たんだ。

 

 えぇっと、どうしよう……知らないふりをすれば、あのヴァンパイアは真祖のいる王城の中に向かうだけで済む、かもしれない。でもそのためならわざわざタイラーさんに成りすまして姿を現したりしないはず。

 

 私がゼルマさんにあの人がヴァンパイアだって言えば、信じてくれるかな……

 

 私が困惑してまとまりのない思考を巡らせていると、、隣に座っていたゼルマさんがスッと立ち上がった。

 

 「止まれ」

 

 はっきりとした敵意のある、毅然とした口調。

 

 ゼルマさんは私が教えるまでもなく、あの人がヴァンパイアであるということに気付いていた。まだ気づいていないイングリッドさんたちは、ゼルマさんを驚いたような顔で見てる。

 

 「ゼルマ団長?」

 

 イングリッドさんは”ちょっと帰ってくるのが遅れただけで、そんなに腹を立てなくてもいいじゃないか”なんてことを考えてるのかな。そんな顔してる。

 

 私は……一歩引いて見てよう。どうしていいのかわかんないから。

 

 「すいません団長。あとでタイラーにきつく言っておきます」

 

 イングリッドさんがタイラーさんの代わりに謝ってる。

 

 「申し訳ねぇですだぁ。次はちゃぁんとすぐに戻ってきます」

 

 タイラーさんに化けたヴァンパイアは、相変わらず変なしゃべり方をしながら歩いてくる。ゼルマさんの制止を無視して、親し気な風を装って……気持ち悪い。

  

 「止まれ」

 

 ゼルマさんはもう一度そう言って、抜剣して構えてる。 

 

 「ゼルマ団長?! 何を?!」

 

 「イングリッド隊! 抜剣しろ!」

 

 いきなり隊員に向けて剣を抜いたゼルマさんに、イングリッドさんたちは驚いてた。抜剣を命じられたけど動揺してあわあわしてる。

 

 そんな私たちを見て、ヴァンパイアはタイラーさんのふりをして近づくのをあきらめたらしい。

 

 「……勘のいいおなごだなぁ」

 

 そう一言つぶやいて、こっちに向かって突進してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ジャイコブの動きは、エリーの目には突進してきたように見えたが、エリー以外のその場にいる者には瞬間移動のように見えた。ぎりぎり目で追うことができたのはゼルマだけだった。

 

 「イングリッド?!」

 

 ゼルマが分隊長の名を呼んでそちらを見るころには、既にジャイコブの攻撃が終わった後だった。

 

 イングリッドは鉄製の鎧を大きくへこませながら3メートル近く飛ばされ、ガシャガシャと派手な音を立てて地面に転がった。直前までイングリッドが立っていた場所に、今はタイラーの姿をしたジャイコブが立っている。 

 

 「別に殺したりしねぇだよ。おらは用事があるだけだべ。通してくれろ?」

 

 振り抜いた拳をゆっくり下ろしながらジャイコブはそう言い、ゼルマ、エリーの背後にある王城に顔を向けた。

 

 「警戒して回りくどいことしてみただが、別にいらなかっただなぁ」

 

 ジャイコブは幻視のスキルを解き、本来の姿をその場にいる全員に晒した。痩せた肢体に丸い背中、小麦色の肌、そして落ち窪んだ眼窩から覗く赤い瞳。それは騎士2人がジャイコブの正体を知るには十分すぎる情報だった。

 

 ジャイコブは自分がヴァンパイアだと知られても構わない。それより早く真祖に会うべきだと思った。

 

 とにかく真祖に会いたい。会わなくてはならない。ジャイコブは真祖の鼓動に引き出された欲求と使命感に駆られ、他のことを考える余裕を失っていた。

 

 ジャイコブは王都に入ってから体の調子がいいと感じていた。その中でも今が最も体の調子がいい。だから人間の騎士を何人相手にしても問題ない。そのようにジャイコブに思わせているのは、言うまでもなく真祖の影響だった。

 

 「貴様!」

 

 「ヴァンパイアか! タイラーをどうした!」

 

 イングリッド隊の2名は事態を飲み込むとすぐに行動を起こした。素早く抜剣し、ジャイコブめがけて剣を振り抜いた。

 

 「息は合ってるだが、遅いだなぁ」

 

 ジャイコブはヴァンパイアの動体視力と瞬発力を持って剣の軌道から身を反らす。刃からほんのわずかな距離を置いて回避し、2人の騎士が剣を振り下ろした瞬間を狙い、腕を大きく振りかぶり、片手で2人まとめて殴れるような大振りを放った。

 

 「っ!?」

  

 「っく」

 

 騎士2人はその拳をギリギリで避けた。拳を振りかぶる動作をギリギリ目で追った2人は、とっさに半歩下がることができた。もし間に合わなければ、今頃はイングリッドのように殴り飛ばされていただろう。

 

 「お、うまくかわしただな」

 

 驚いたような顔でジャイコブは2人を褒める。ジャイコブは人間が一度でもヴァンパイアの攻撃を躱したことに本心から感心していた。感心してしまったために、自分の背後に音もなく近づいているゼルマに、ジャイコブは気づかなかった。

 

 「死ね、ヴァンパイア!」

 

 ”フォン”という軽い音を立てて放たれた横なぎは、ジャイコブの首に吸い込まれるように命中した。

 

 「あがぁ!」

 

 ジャイコブは首から派手に血をまき散らし、倒れ、のたうち回る。ゼルマの一撃がクリーンヒットしたことは間違いない。

 

 だがジャイコブを殺し切ることはできなかった。首の骨まで達した刃に驚き、元気にのたうち回るジャイコブを見たゼルマは、思わず舌打ちをしそうになった。

 

 「今だ! 行くぞ!」

 

 「ここで殺す!」

 

 のたうち回るジャイコブを見た騎士2人は、今が好機とジャイコブに突っ込んだ。

 

 傷ついた首なら()ねられる。首を刎ねればヴァンパイアといえど死ぬはずだ。彼らはそう思ったのだ。

 

 「勘だけじゃなく、腕もいいだなぁ」

 

 のたうち回るのをピタリと止めたジャイコブは、冷静にそう言った。その首に傷は残っていなかった。

 

 「お前ら! 戻れ!」

 

 ゼルマは騎士2名にそう叫んだが、遅かった。ジャイコブのすぐ近くまで近寄っていた彼らは、次の瞬間には宙を舞っていた。

 

 石畳に鎧が叩きつけられるガシャンという音と、小さなうめき声。ゼルマはその音が自分の耳に届く前に、またもジャイコブの背後に接近した。

 

 「シィッ」

 

 「グバハァ……」

 

 ゼルマは先ほど首を刎ねられなかったことを反省し、今度は渾身の刺突を放った。剣先はジャイコブの背中を斜め下から貫き、骨を避け、正確に心臓を突き通し、鎖骨の下から飛び出した。

 

 「……な、るほど、なぁ。心臓を貫けば、おらが死ぬと思っただなぁ?」

 

 「なんだと……」

 

 2度も同じように隙を突かれた自分を棚に上げ、ジャイコブはゼルマの無知をあざ笑う。首をひねり、背後で驚いた顔をするゼルマを見てにやりと笑う。


 「おめぇら(人間ども)とは違うだよ。さすがに頭やられたら死ぬだが、心臓とか肺とかは問題ねぇだ。すぐ再生するだよ」

 

 そう言い終わったジャイコブは勢いよく体を振り向かせ、裏拳のように拳を振り抜いてゼルマを殴る。

 

 ゼルマはとっさに剣を手放してガードするが、衝撃を受け止めきれずに飛ばされてしまう。

 

 1メートル近く飛ばされたゼルマは、鎧姿のまま受け身をとって油断なく身構える。対してジャイコブは”ぺっ”と口に溜まった血を吐きだし、刺さったままの剣をズルリと引き抜いてたたき折り、捨てた。傷口からドバドバと血が流れ出るが、1秒経つ頃には再生が終わっている。

 

 「おめぇさんはおなごの癖になかなかやるだなぁ。一応殺しておくべさ、どうせならおなごの血が吸いてぇだしな」

 

 ジャイコブは一瞬疲れたように”ふぅ”と一息ついた。それからゼルマに向けて突進する。

 

 武器を失ったゼルマには、それ以上どうしようもなかった。だがゼルマに諦めた様子はない。

 

 仲間は皆昏倒させられた。

 

 先ほどのジャイコブの裏拳をガードしたせいで両腕が痺れている。


 武器は今しがた折られ捨てられた。

 

 それでもゼルマは、先ほどまでと変わらずジャイコブを睨みつけ、腰を低くして立ち向かった。

 

 「おらの邪魔するからだべ」

 

 下品な笑みを浮かべて伸ばされたジャイコブの手は、あとほんの少しでゼルマの首に届く。ゼルマはぎりぎり目で追えるほどの速度で近づくジャイコブの姿と手を、異様なほどゆっくりととらえていた。

 

 ゼルマは、1秒後には自分が死んでいるかもしれないと思う。生きていても、取り押さえられて血を吸われ、そのまま死ぬだろう。

 

 ゼルマは覚悟を決め、しびれたままの両腕に力を込める。一発……いや最低でも三発は殴ってやると誓い、その瞬間を待った。

 

 だが、ジャイコブの手がゼルマに届くことはなかった。

 

 ”ヒュ”という小さな風切り音とともに、ジャイコブの両手が切り落とされていたのだ。

  

 「……ぇ」

 

 「はぁ!」

 

 ゼルマはなぜか両手を失ったジャイコブが困惑しているのが見えた瞬間、ほとんど無意識の反射でジャイコブの顔面を殴りつけていた。

 

 ジャイコブは顔面を殴られのけぞりながら、目だけを動かして、自分の両手を切断した相手を探した。

  

 すぐに見つかった。その相手はすぐそばに居たからだ。

 

 長い茶髪に町娘のような服を着た女だ。ジャイコブはすぐに思い出した。こいつはこの広場に居た騎士ではないほうの女だ。

 

 ジャイコブは”忘れてただぁ”と思いながら、殴られた勢いのまま後ろに跳んで距離をとった。

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