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ヴァンパイアのエリー

 短い赤髪に鋭い目つきの、今私の寝ているベッドに座っているゼルマという人が私を助けてくれたらしい。ここは王都の北東区夜間警備騎士団という騎士団の兵舎で、私は保護されてから2日ほど眠っていたそうだ。

 

 そう、たったの2日。

 

 普通ならたったの2日で私の体がこんなに成長するわけがない。ということはやっぱり真祖の影響? あの時真祖の血の飛沫を浴びたせいかな。

 

 「どうした?」

 

 「なんでもないよ」

 

 ゼルマさんは私が不安がってるように見えたみたい。

 

 「髪が長すぎる。爪もだ。ハサミを持ってきてやるから、ここで待っていろ」

 

 「あ、あの」

 

 ベッドから立ち上がって部屋を出ようとするゼルマさんに待ったをかける。

 

 「着る物も、ください」

 

 もう今まで来ていた服はサイズが合わない。でもさすがにずっと裸は困るよ。

 

 「ああ、わかっている」

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてゼルマさんは服とハサミと手鏡を持ってきてくれた。ちなみに私の服はぼろぼろになっていたから捨ててしまったらしい。

 

 「今までよくあのサイズの服を着ていたな。苦しかったのではないか?」

 

 「いや、うん。そうだね」

 

 あのサイズが合う体だったんだよ、3日前までは。って言ったら信じてくれるかな。

 

 長すぎる爪で服を破っちゃったり爪がはがれてしまったりするかもしれないから、服を着る前に爪を切る。シーツにくるまりながら足の爪を小指から順番に短く切っていく。

 

 長いなぁ、私の足。

 

 「寒いだろう? 早く済ませてしまえ」

 

 「うん」

 

 本当は寒くない。ハーフヴァンパイアの特徴が出てから、本当に寒いと思ったことが無い。

 

 チャキ、チャキ、パチッと爪を切る音がする。ずっとゼルマさんが私を見ているから落ち着かない。

 

 「エリー、どうしてあの場所に倒れていたんだ?」

 

 なんて答えようかな。

 

 「えぇっと……」

 

 頭が働かない。うまい返事が思いつかない。わかんないことだらけだし、自分の体の変化についていけてないせいかな。

 

 「人に言いたくない事情なら、無理に言わなくていい」

 

 「ごめんなさい」

 

 気を使わせてしまった。

 

 足の爪を切り終えて、左手の爪にハサミの刃を当てる。細長い自分の指をじっくりと見ると、やっぱり違和感を感じる。

 

 「きれいな手だな。私とは大違いだ」

 

 ゼルマさんはそう言って、ガントレットを外して素手を見せてくれる。手のひらの皮が分厚くて、剣胼胝(けんだこ)がある。

 

 「女らしくないだろう? 女の貴族は騎士になるか政略結婚するかしかないが、私に後者はむりなのでな。剣の鍛錬をしていたらこうなってしまった。エリーのキレイな手が羨ましい」

 

 昔は私の手にも胼胝くらいあったよ。私もいっぱい剣を振った。今じゃどれだけ振っても胼胝はできないけど。

 

 「そう、かな。手のひらを見れば頑張った証拠を確認できるって、いいことだと思う」

 

 「ふむ。そうかもしれないな」

 

 あ、違う。間違えた。ゼルマさんは胼胝が無い手が羨ましいんじゃなくて、自分に女らしさが無いと思ってるんだ。私を見て女らしいと思うのもおかしな気がするけど、とにかく返事を間違えた。

 

 「私よりゼルマさんの方が女の人っぽいよ」

 

 「どこがだ? 鎧で見えないかもしれないが、私の体は筋肉ばかりだぞ? 口調も、髪型も、女のそれとは違う」

 

 「でも私より大きいでしょ?」

 

 何がとは言わないけど、胸部装甲を見ればわかる。私の体は2日でかなり成長したのに、私の胸部装甲は相変わらずの大きさだった。だからたぶんゼルマさんの方が大きい。


 5,6年先の生長した体になったはずなのに、ここだけは成長してないとか……はは。

 

 ちなみにゼルマさんは私がゼルマさんの胸部装甲を見ながら言ったとわかって、半笑いになってた。もしかしたら、また返事を間違えたのかもしれない。

 

 うん、たぶん間違えたね。

 

 

 

 

 爪を切り終えたので、ゼルマさんが持ってきてくれた服を着る。亜麻色のワンピースだった。長袖だし靴下も丈が長いのを用意してくれて、あんまり寒そうな感じには見えない。ワンピースなんて滅多に着たことないからちょっと新鮮。

 

 あと、服を着たあとに後ろ髪が服の内側に入っていて、首に手を入れて引っ張り出す仕草を生まれて初めてやった。マーシャさんはよくやってたけど、こんな感じなんだね。なんというか、普通?

 

 「私の服だが、エリーにやろう。どうせ私には似合わない」

 

 ゼルマさんの私物らしい。意外。

 

 「今意外だと思ったな?」

 

 「思ってないです」

 

 「父上が勝手に用意した物だ。私はスカートは苦手だから、自分でそう言う服を買うことはない」

 

 うん。ゼルマさんらしいような気がする。あと意外だなんて思ってごめんなさい。

 

 

 

 次は髪を切る。手鏡で自分の顔を見てみると、前髪が長いだけじゃなくて全体的に毛量がすごいことになってる。モサモサしてて、毛玉みたいだ。

 

 手櫛で撫でつけるようにすると、モサモサしてたところが少しずつ落ち着いてくる。髪型がモサモサしてるんじゃなくて、寝癖でボリュームが増えていただけみたい。良かった。

 

 一見長く見える私の髪は、よく見たら短い髪もあるみたい。長さが変わっても毛先があっちこっち向いてるのは変わってなくて、そこかしこから毛先が飛び出してる。そのせいでモサっとしてるのかも。

 

 「(くし)も必要なようだな」

 

 ゼルマさんはそう言ってスタスタと部屋を出行ってしまった。なんだか気を使わせまくりだ。良くないね。

 

 ゼルマさんが戻ってくる前に、前髪を持ち上げて手鏡を見る。

 

 「やっぱり、赤い」

 

 まだ真祖の影響は続いているみたいで、私の目は赤いままだった。今でも真祖の鼓動を王城の塔から感じるし、なんとなく真祖のところに誘われているような気もする。

 

 でもそんなことより、どうやって目を隠すかを考えないと。一番簡単そうなのは前髪で隠すことだけど、これからその髪を切ろうって話なんだよね。目を隠しつつ、いい感じの長さを残して切る……うまくできるかな。

 

 

 

 

 いい感じに前髪を切れた。ちょっと目にかかるくらいの髪の長さで、茶髪の毛先で赤い瞳をごまかせてる……と思う。ゼルマさんも何も言わなかったし、たぶん大丈夫。あと、前髪以外は切らなかった。櫛を通したらモサモサしなくなったから、わざわざ切らなくてもいいだろうってゼルマさんが言ってくれた。ちなみに毛先はなんども櫛を通した今もあっちこっち向いてる。

 

 「さて、一応自分の状態を確認しておけ。今は異常を感じないかもしれないが、大けがをしていたんだ。どこかおかしいかもしれない」

 

 ゼルマさんはそう言って、扉の近くで私を待っている。たぶんあの水晶が兵舎のどこかにあって、私をそこに連れて行ってくれるんだと思う。

 

 服を着る時もずっとベッドの上に座っていた私は、この大きくなった体で初めて2本脚で立つ。

 

 「おおぅ」

 

 視点が高い。びっくりするくらい高い。ゼルマさんより少し高くて、マーシャさんとは同じくらいの高さだと思う。こんな高い位置から物を見て生活してたんだね……

 

 「どうした? ふらつくなら無理しなくていい」

 

 「大丈夫、大丈夫」

 

 ぎこちなく歩いたのは最初の数歩だけで、あとは自然と普通に歩けた。目線の高さはまだ慣れないけど、ちゃんと歩ける。大きくなってても私の体だ。

 

 

 

 

 

 自分の状態がわかる水晶は、すぐ近くの部屋にあった。靴下を履いた足でトストス歩いてゼルマさんについていき、その部屋に入る。

 

 「私の執務室だ。勝手に入ってもいいが、書類は読むなよ?」

 

 「執務室?」

  

 書庫じゃなくて? 本と紙と、本棚がたくさんある。机の上にはペンとペーパーカッターと、水晶がある。書庫に見えるけど、執務室らしい。というか執務室に水晶いる?

 

 「そうだ。いいから机の上の水晶を使え。使い方はわかるか?」

 

 「うん」

 

 自分でも少し気になっているし、素直に水晶に触れて使ってみる。

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 いろいろ、変わってる。

 

 というか、一番変わっちゃいけないところが変わってる。

 

 種族が、ヴァンパイアに、なってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうだ。 

 

 真祖は自分の血を飲んでヴァンパイアになれって言ってたっけ。

 

 私は飲まなかったけど、飛沫を浴びた。

 

 たくさん浴びて、体に取り込んだんだ。

 

 気づくのが遅すぎるね。何考えてるんだろう私。不自然に体が成長してることとかから、ちょっと考えたらわかりそうなことなのに。

 

 「ハ、ハハハ」

 

 思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしよう……?

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