表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/304

深想

 飛行船からぼんやりと王都を眺めていますと、突然真祖のお部屋の壁に大穴が開くのが見えました。

 

 よく見ると、壁の残骸と一緒にエリーさんが落下しているではありませんか。

 

 (わたくし)は面白い瞬間を見逃した悔しさから、飛行船を飛び出して真祖のお部屋に飛び込んでしまいました。

 

 「ヘレーネか……」

 

 ジャンドイル・クレイド王の体で、真祖が話しかけてきてくださいます。覇気のないお声ですわね。

 

 「いいのですか? あの子はハーフヴァンパイアでしたのに」

 

 私のおもちゃにする予定でしたのに、殺してしまうだなんて。文句の一つくらい言って差し上げようと思います。

 

 「うむ、仕方ないのだ。あのままでは死んでしまうところだったのだ」

 

 「死んでしまう?」

 

 真祖はソファーに深く腰かけ、私に椅子を勧め、お話を聞かせてくださいます。

 

 「余の復活によって、我が子らはいろいろな影響を受けておる。そうであろう?」

 

 「そうですわね。遠くにいても真祖の位置がわかりますし、力も強まっていますわ。それが何か?」

 

 私は椅子に座る前に螺旋階段の入口に行き、壁の壊れる音を聞きつけてやってきた城勤めの方々にシトリンを吹きかけます。問題ないと告げ、ついでにキエンドイ伯爵にお茶とクッキーを用意するよう伝えてもらいます。

 

 「便利な薬だ」

 

 「それで、復活の影響が何か関係あるのですか?」

 

 いいから続きを話してください。私のおもちゃを取り上げてしまった理由を聞きたいのです。

 

 「ハーフヴァンパイアへの影響は、ヴァンパイアのそれとは少し違うのだ。ヴァンパイアレイジについてどこまで知っておる?」

 

 「肉体がヴァンパイアに近づくスキルですわよね。ハーフヴァンパイアは全員持っているスキルです」

 

 私がそう言うと、真祖は深く頷いて続きをお話ます。

 

 私はテーブルと椅子を真祖の座るソファーのすぐ近くに移動させ、対面に座って続きを聞きます。

 

 「ハーフヴァンパイアがヴァンパイアレイジや高い再生能力を発揮する際、当然エネルギーを使う。そのエネルギーは血を飲むことで生成される。ここまでは言うまでもないな」

 

 「そうですわね」

 

 「ハーフヴァンパイアは器……いや、鍋だと思うがよい。エネルギーは鍋の中にある水だ。ヴァンパイアレイジを使うと鍋は火にかけられ、湯気として力を放出する」

 

 「はぁ……」

 

 「余の復活の影響によって、エリーはヴァンパイアレイジを常に使い続ける状態になっておった」

 

 なるほど、話しが見えてきましたわ。エリーさんはどうせ血を飲まない生活をしていたのでしょう。そのまま真祖復活の影響で、ヴァンパイアレイジを使い続けた。つまり鍋の中に水が入っていない状態で火にかけ続けた。空焚きし続けた。となると、当然鍋は破損しますわね。

 

 「ヘレーネはやはり理解が早いな」

 

 顔に出ていましたか? ちゃんと笑顔を維持していたはずなのですけど。

 

 「それで、エリーさんは放っておくと死んでしまうと?」

 

 「うむ。エリーは余に人間にしてほしいと頼んできたが、それもできぬ。あのまま人間になれば即死ぬだろう。それに余の作る国でヴァンパイアとして生活できるというのに、わざわざ人間になることもなかろう」

 

 ……あら? もしかしてエリーさんを殺していない? 私は早とちりしてしまったのでしょうか?

 

 「エリーさんはもしかして生きていますの?」

 

 「何を言う。愛しい我が子を余が殺すはずがない。どうしてもヴァンパイアになりたくないと言うが、放っておくことも人間にすることもできぬのでな。無理矢理ヴァンパイアにした。恨まれるだろうな」

 

 あらあらそうでしたか。早とちりをしてしまって申し訳ありませんわ。ではやっぱり私のおもちゃにしてしまいましょう。ああよかったですわ。

 

 「私、実はずいぶん前からエリーさんに興味がありましたの。私が貰ってもいいですわよね?」

 

 「ん? うむ。仲良くするのだぞ」

 

 やりました。真祖の了承を得たとなれば、エリーさんはもう私の物です。生みの親が良いというのですから問題ありませんわ。さぁさぁ、すぐにエリーさん回収しに行きましょう。

 

 私は椅子から立ち上がって、真祖が開けた壁の大穴から下を覗き込みます。

 

 ……あら、騎士の恰好をした何者かが、私のおもちゃを連れ去ろうとしていますわね。どうしましょう? 人の物を盗むような方には、どうして差し上げるのがよいでしょうか?

 

 「時にヘレーネ」

 

 「後にしてください」

 

 今すぐ襲って奪い取るか、どこに連れ去るのかを見てから襲うのか……深く考える必要ありませんわね。今すぐ

 

 「ヘレーネ」

 

 ああもう、何でございますか全く……まぁいいでしょう。その気になれば、お薬を使ってすぐに探し出せますわ。シトリンで都中の人を人形にしてしまえばよいのです。人海戦術で探せばすぐに見つかるでしょう。

 

 「なんでしょう、真祖」

 

 「人間の血を飲みたくないと思ったことはあるか?」

 

 はぁ、意図が読めない質問ですわね。仕方がないので、真祖の前に戻ってもう一度椅子に座りなおします。

 

 「ありませんわ。なぜそのようなことを?」

 

 真祖は腕を組んで、少し考えてからこうおっしゃいました。 

 

 「エリーが言っていたのだ。自分が血を飲まなければいいのだと……傷つけたくないからと言っていた」

 

 ああ、はいはい。めんどくさい真祖ですわね。なんと説明すればよいでしょうか……

 

 「そのような顔で余を見るでない」

 

 笑顔のつもりなのですが? 

 

 その時扉からノックの音が聞こえてきました。キエンドイ伯爵がお茶とクッキーを持ってきてくれたのでしょう。

 

 ……ちょうどいいタイミングですわね。

 

 王の自室を訪ねるということで、やはりキエンドイ伯爵本人が持ってきてくださいました。便利な伯爵様で助かりますわ。テーブルの上に2人分のお茶とクッキーの乗ったお皿を置いて、キエンドイ伯爵を下がらせ、真祖の対面に座りなおします。

 

 「おいしそうなクッキーですわ。焼きたての甘い匂いがしますわね」

 

 「そうだな」

 

 クッキーを一枚とって、真祖に見せつけるように一齧りします。

 

 「んー、おいしいですわ。甘くて、サクサクしています」

 

 サクサクと一気に食べ、もう一枚手を伸ばします。

 

 するとティーカップを持って私を見ていた真祖も、クッキーに手を伸ばします。私はすかさずお皿を取り上げ、真祖の手が届かないよう持ち上げます。

 

 「何をする。余にもクッキーをよこすのだ」

 

 「いやですわ。これは私のです」

 

 困ったような顔ですわね。面白いです。

 

 真祖が手を引っ込めたので、クッキーの乗ったお皿をテーブルの上に戻します。するとまた真祖が手を伸ばしてきますので、また取り上げてしまいます。

 

 「……もうよい。ヘレーネが一人で食べるがよい」

 

 と、真祖があきらめたのは、このやりとりを5回ほど繰り返した後でした。

 

 「真祖、どうして無理やり私から奪わないのですか? 焼きたてのおいしいクッキーが食べたいのですよね?」

 

 「ヘレーネが一人で食べたいのだろう? 愛する我が子を悲しませたくないからに決まっておる」

 

 ふん、と鼻を鳴らしつつ、真祖はそうおっしゃいました。

 

 「つまり、私のためにクッキーを食べたいという気持ちを抑え込んだのですわね?」

 

 「そうだ、一々言わんでよい」

 

 少し不機嫌ですが、意地悪をした私を咎めたりはしないのですね。まあわかっていました。それより話を元に戻しましょう。

 

 「エリーさんも、同じように思っているのですわ」

 

 「同じ?」

 

 真祖が不思議そうにこちらを見るので、クッキーをつまんで差し出してあげます。真祖は少し間を開けて、私の差し出したクッキーを口に入れました。

 

 「血を吸うのは美味しいですし気持ちいいですが、血を吸われた方は痛みを感じます。エリーさんは血を吸うことで、相手に痛い思いをさせるのが嫌なのです。傷つけたくないというのはそう言うことですわ」

 

 「だがヘレーネよ。エリーが一緒に居たいという人間は、恐らくエリーがハーフヴァンパイアだと知っておるのだ。その上で血を吸われるのを嫌がっておる。エリーの健康より自分の身を大事にしておる。そのような人間と一緒に居るなど、エリーが血を飲めないまま耐えなければならないではないか。それでも一緒に居ようとするのはなぜだ?」

 

 まぁそうかもしれませんが、それはきっと関係ないのでしょうね。

 

 「一緒に居たいとエリーさんが思っているのですわ。理由は知りませんが、血を吸いたいのを我慢してでも一緒に居たい。でもできれば我慢したくないから、人間になりたい。そう言うことなのではありませんか?」

 

 マーシャさんがエリーさんに血を吸われるのを嫌がるとは思えないのですけどね。マーシャさんはエリーさんのことが大好きのようですし、むしろ喜ぶのでは? 一緒に居たくて仕方ないのは、エリーさんもマーシャさんも同じのようですわね。

 

 「……なるほど、わかった。やはりヘレーネは頭が良いのだな」

 

 「前から気に入っていて、いろいろ知っているだけですわ」

 

 真祖はもう一枚のクッキーを口に運び、咀嚼しながら何かを考えているようです。

 

 きっと真祖にとって、今の時代に人間と仲良くしたいというヴァンパイアやハーフヴァンパイアが居るのは想定外だったのでしょうね。

 

 「少し、考えねばならぬな。人間を支配し、家畜化し、その上に我が子らを住まわせるつもりであった。その国なら、我が子は皆安寧を得られると思っておった。だが例外もあるのかもしれぬ。エリーのような、人間とともにありたいと思う我が子にも、平等に安寧を得られるようにしてやりたい」

 

 人間と一緒に居たいという同族は、一体何人いるのでしょうね? エリーさん以外居ない気がしますけど、言わないでおきましょう。より面白い方に進んでくださいね。

 

 「それなら、サイバさんたちとは相談しないほうがよいでしょうね。ストリゴイはヴァンパイアが人間を支配する国を欲していますから、きっと反対されてしまいますわ」

 

 「あの者らか? ヘレーネがそう言うなら、最近よく訪ねてくるが追い返すことにしよう」

 

 それは困りますわ。きっと面倒なことになります。それも面白そうですが、円満に事を進めたいなら追い返すのはまずそうですわね。

 

 「いえいえ、追い返すのはやめてください。適当に話半分に聞いて、実際にどうするかは真祖ご自身が決めればよいのですわ」

 

 「む、そうか」

 

 早く完全復活してください。寝ぼけたままでは、いつか致命的な躓き方をしますわよ? わざわざ言いませんけれど……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ