表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/304

墜落

 「ふむ。すぐにヴァンパイアにしてやろう。間に合ってよかった」

 

 真祖は私の方に手を伸ばして、触れようとする。私はとっさに半歩下がりながら

 

 「待って! 違う!」

 

 そう叫ぶように言った。こんなのは何かを頼むときの態度じゃないと気づいたのは、言い終わった後だった。

 

 「ち、違う。私は人間にしてもらうために、来たの。ヴァンパイアにはなりたくない」

 

 慌てて付け加えたけど、きっともう遅い。真祖が私を見る目は優しいままだけど、さっきまでとは何か違う。感情が抜け落ちたような表情になってる。

 

 「……それはいかん」

 

 ソファーに深く腰かけたまま伸ばした手をひじ掛けに戻した。

 

 「人間にはしてやれぬ。今は余の言うことを聞くがよい」

 

 有無を言わせない態度と声音で、私にヴァンパイアになれと言う。 

 

 思わず従いそうになる。

 

 でもそれだけはダメ。私は魔物じゃなくて、人間になりたい。

 

 「いや」

 

 「駄々をこねるでない」

 

 「いや……」

 

 駄々をこねているつもりなんてない。私がちゃんと人間になりたい理由を言わないから、わがままを言ってるように聞こえるんだ。ちゃんと話せば人間にしてくれるはず。

 

 「一緒に居たい人がいて、私がハーフヴァンパイアだって知っても、一緒に」

 

 「ゆっくり話をしている時間はないのだ」

 

 ……なんで? 

 

 「こちらへ来るがよい。余の血を飲み、ヴァンパイアになるのだ。それからゆっくり話を聞かせてくれればよい」

 

 真祖がもう一度私の方に手を伸ばして手招きをするのが見える。

 

 「なんで、ヴァンパイアにならないといけないの? 人間にしてくれたら、それだけで、全部終わるのに」

 

 「人間にはしてやれぬ。理由も後で話す。だから今はこちらに来て、我が血を飲むのだ」

 

 そんなの嫌だよ。ヴァンパイアになりたくないって言ってるのに、人間になりたいって言ってるのに、私の望みは全部突っぱねて、嫌なことだけさせようとする。理由も教えてくれないし、私の事情だって聞いてくれない。

 

 「……どうしても、こっちに来る気はないのか?」

 

 低くゆっくりとした声で、脅すような問い方。そうだと言ったら、何をするつもりなんだろう。

 

 ……関係ない。

 

 「ないよ。ヴァンパイアにするんでしょ? ヴァンパイアにはなりたくない」

 

 もう何でもいい。何がどうなっても、私は人間になる。そう決めてきた。今日、今だけは失敗しない。

 

 「……そうか。では仕方ないな」

 

 「え、」

 

 あっさりと真祖は要求を引き下げた。怒るなり、脅すなり、私に言うことを聞かせようとすると思ってたんだけど……

 

 「名を聞いていなかったな。教えよ」

 

 そう言えば、言ってなかった。

 

 まただ。頼みことをするはずなのに名乗ることも忘れてた。人間になれるっていう思いと真祖に会うという緊張で、ちょっと冷静じゃなかった。

 

 落ち着こう。

 

 「エリー、です」

 

 今さら恐縮して敬語になる。とってつけたような敬語なんて、意味がない。でも真祖はそんなこと気にした様子が無い。

 

 「エリーだな。では少しだけ話をする故、聞くがよい。エリーにも深く関係することだ」

 

 「……うん」

 

 「この体はこの国の王の物だとは、先ほど言ったな。余はこの体を使って、この国を支配する。人間を支配し、彼らの血を糧にヴァンパイアやハーフヴァンパイアが住まう、我が子らのための国を作る。」

 

 ……どこかで聞いたことがある。そうだ、サイバが言っていたことだ。あの夜にヘレーネさんが教えてくれたことだ。ストリゴイの目的がそのまま真祖の目的になってる。

 

 よく考えたら、当たり前だ。

 

 真祖を復活させたのがストリゴイなら、ストリゴイの言うことを真祖が叶えてもおかしくない。復活させてくれたお礼とか、ヴァンパイアのためとか言って、真祖に言うことを聞かせてるんだ。

 

 「余が完全に復活するには今しばらく時間がかかるが、そう遠くない先のことだ。そうなったとき、エリーは人間とヴァンパイア、どちらの側に居るべきかは言うまでもあるまい」

 

 薄っぺらい。

 

 当たり前みたいに国の支配がうまくいく前提で話してる。

 

 そんな未来の話より、私の今の事情を聞いてよ。

 

 「エリーのため言っておるのだ。我が子のためを思う余を信じ、言うことを聞くのだ。エリーをすぐにヴァンパイアにしてやる。ハーフヴァンパイアより弱点こそ増えるが、ヴァンパイアの力はエリーの想像を超えているだろう。遠くない未来、今ヴァンパイアなったことを幸運だったと思うはずだ」

 

 今私がヴァンパイアになって真祖の妄想する国が実現したとして、私はそのことを幸運だったと思う? 人間から血を吸い取ってヴァンパイアを養うような国に、私はヴァンパイアとして暮らすの? マーシャさんを傷つけて、血を奪って生きるの? そんなの幸運なはずない。

 

 「……我が子よ、余の手を取ることを拒むか?」

 

 真祖はまた、私に向かって手を差し出してくる。

 

 そんな手、取らないよ。とったらきっと後悔する。

 

 「人間にしてよ。国の支配もやめてよ。私は人間になれれば、一緒に居たい人を傷つけずに済むの。それだけでいいから」

  

 「一緒に居たい人とやらは、人間か? 傷つけるというのは、吸血のことを言っておるのか?」

 

 「うん」

 

 すごく端的な感じにはなったけど、それでも、私の事情を話すことができた。それに一応理解も得られた。

 

 「その一緒に居たい人とやらは、エリーに血を吸われることを嫌がるのか?」

 

 ……それ? 大事なこと? 

 

 「吸ったことが無いからわからない。でも、嫌だと思う」

 

 確認する必要なんかないよ。血を吸われるなんて普通いやだよ。牙が刺さって痛いし、傷口から血を吸い出されるのはぞわぞわして気持ち悪い。血を吸われて喜ぶ人なんていない。

 

 「そのような人間は我が子と共にあるに足らぬ。余の作る国でもっと良い相手を探すがよい。我が子はみな人間などより寛容で屈強だ」

 

 「そうじゃないよ。私が一緒に居たいの。私が血を吸わなければいいだけなの」


 「……ふむ」

 

 真祖は私の方に差し出した手を引っ込めて、考えるようなしぐさをした。

 

 今のうちに、私も考えないといけない。なんて言えば、真祖は私を人間にしてくれるのか、なんとかその答えを見つけないと、私はまた失敗してしまう。

 

 「……我が子との会話は、どのようなモノであっても楽しい。だがこうも話が平行線だとつらくもある」

 

 真祖はソファーからゆっくり立ち上がって、真正面から向き直る。立ち上がると威圧感があって、思わず数歩後ろに下がってしまう。

 

 「だがもう時間がない。今すぐ答えよエリー」

 

 右の袖をまくり、左手の爪で右腕をひっかいて血をダバダバと床に滴らせ、真祖は続ける。

 

 「ヴァンパイアに、なれ」

 

 何度聞かれても答えは同じ。

 

 「いや」

 

 私が首を横に振っても、真祖は手を私に向けたままだった。ボタボタと床に滴っていた血が、グルグルと渦を巻いて球状にまとまり、真祖の手のひらに収まっていく。

 

 「……言ってもわからぬのなら、その身を持ってヴァンパイアの力を知るが良い」

 

 真祖の手に集まっていた血が弾けた。ほんの一瞬、真っ赤な血の飛沫が私のいる方向に、放射状に超高速で飛んでくるのが見える。

 

 

 

 

 

 

 一瞬耳が聞こえなくなって、強い衝撃を受けた。

 

 ヒュウヒュウという音が聞こえて、自分が今外に居ること気づいた。

 

 空中でグルグル回りながら落ちている。

 

 視界の端に、さっきまでいた塔がうつる。壁に大穴が開いていて、私と一緒に壊れた石造りの壁が落ちて来てる。

 

 遠ざかる夜空と、ぐんぐん近づいてくる石畳の地面を見て、私は自分の結末を悟った。

 

 もう何をしても、何もかも遅い。

 

 

 

 

 

 

 動けなかったなぁ……

 

 もしあの血しぶきを躱せてたら、何か変わったかな。

 

 ううん、見えてたはずなんだけど、体がついてこなかった。たぶんどうやっても避けられなかった。

 

 体の感覚がほとんどない。血の飛沫が当たったところが熱いことしかわからない。

 

 でも、これでよかったのかも。

 

 ヴァンパイアになるくらいなら、ここで死んだ方がいい。

 

 マーシャさんにもう会えないけど、ヴァンパイアとして会うのは嫌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、何にもできなかったなぁ……

 

 

 

 

 

 


 

 そこまで考えて

 

 背中に強い衝撃を感じて

 

 私はそれ以上何も感じず、何も考えられなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ