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親子

今回から五章に入ります。

あとサブタイトルの形式が変わります。

PS:国王と王弟の名前を入れ替えて書いてしまっていたので、修正しました。国王がジャンドイル、王弟がジークルードです。

 「ご機嫌麗しゅうございます。王よ」

 

 誰だ? この人間は。なぜ余の目の前にひざまずいておるのだ?

 

 「うむ」

 

 口が勝手に動く。勝手に返事をする。そして、勝手に動く。

 

 「トレヴァーよ、都の復興に尽力した功績、大義にであった。そなたに侯爵の位を与える」

 

 「ありがたき幸せ。わが身には過ぎた位、謹んでお受けいたします。今後一層の活躍を持って返礼とさせていただきたく思います」

 

 これはなんだ? どこだここは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの仰々しい儀式を終えたあと、余はずっと高い位置にある自室と思しき部屋に閉じこもっている。日記帳を開いては、”弟がおかしくなった”だの”自分一人ではこの国を治めるには荷が重い”だのと弱気なことを書いている。

 

 「見舞いに行くか」

 

 しわがれた男の声、今の余の声でそう言うと、螺旋階段を長々と降り、弟とやらの部屋に入った。

 

 「今日のお薬はこちらですわ。もう出血も収まり出しましたし、あと数日でベッドから降りられるようになると思いますわ」

 

 驚いた。

 

 ベッドに横たわる男に薬を飲ませているのは、ヘレーネだ。髪や瞳の色が違うが、声も顔立ちも立ち振る舞いも、ヘレーネの物で間違いない。

 

 「ジーク、調子はどうだ?」

 

 ヘレーネに声をかけたい思いを抱くものの、体はベッドに寄り添って男に優しげな声をかける。

 

 「兄、上……」

 

 酷い顔色の男は、余を兄と呼ぶ。どうやらこの男は余の弟らしい。

 

 「では、私はこれにて失礼いたします、国王陛下、王弟殿下」

 

 視界の端で、ヘレーネが丁寧に腰を折ってそう言った。

 

 「弟が回復に向かっているのは、レーネ、お前のおかげだ。例を言う」

 

 「お礼など……キエンドイ伯爵に使える者として、国を支える王家の方に奉仕することは当然でございますわ」

 

 ヘレーネがヘレーネらしくないことを言う。かわいい我が子は、余が眠っている間に変わってしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、またも高い位置にある余の自室に足を運び、余は就寝した。

 

 そして、夢をみせられた。

 

 過去の記憶だ。

 

 余は……いや、ジャンドイル・クレイドは先王の第一子として生を受け、弟ジークルードとともに成長し、何の波乱もなく王座に座った。

 

 弟は兄であるジャンドイルが王座に座ることをよしとして、邪魔をするどころか手助けをした。ジャンドイルを排除すれば自分が王座につけることは理解していたようだが、兄弟仲が良かったのだ。兄にこそ王座はふさわしいと考えたようだな。

 

 そして、先王によって施された教育に従って兄弟仲良く国を治めてきた。

 

 ふむ。つまらん。それよりもっと知りたいことがある。

 

 今はいつだ? 余が眠ってからどれほど時間が流れたのだ?

 

 ヘレーネが変わらぬ姿でいることを考えて、せいぜい50年といったところか。それならヘレーネがもう少し老けていてもおかしくはないが……まぁ記憶をもう少し読めばわかるであろう。

 

 ……馬鹿な。200年以上経っているだと? 

 

 いや、おかしくはない。ヘレーネは不老の薬を作っていた。きっと完成して自分で服用したのだろう。となると、ヘレーネから現代の情報を聞くのがよいだろうな。余が眠っていた200年余りの時間について、ヘレーネは見てきているはずだ。

 

 問題は、余が自由に口を利くことができないことだろう。

 

 理由はわかっている。この体は余の物ではない。この国の王の物だ。

 

 余の肉体は200年の眠りの間に腐ってしまったのだろう。余の目覚めを望んだ者が、核となる心臓をこの者に移植し、腐りはてた肉体の代わりとしたのだ。どうやってジャンドイル本人に気づかれずにそれをやったのかわからないが、そこはどうでもよいな。

 

 ……そうだ。いろいろ思い出してきた。なぜ余が眠りについたのか。

 

 ヘレーネに問わねばならない。余が眠った後、我が子らはどうなったのかを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ご機嫌麗しゅうございます、国王陛下。この度はどのようなご用件でしょうか」

 

 余の呼び出しに応じ、ヘレーネが我が自室にやってきた。

 

 「弟のことについて聞きたいことがある」

 

 そう言って、側仕えの者たちに命ずる。

 

 「レーネと2人きりで話がしたい。話が終われば呼ぶ、今は下がれ」

 

 「は、失礼いたします」

 

 一様に同じ返事をした側仕え共が、またも一様にならんで部屋をでて長い螺旋階段を下り始める。塔の一番上の部屋が自室なのはなぜなのかいまだにわからないが、おそらくヘレーネ、または余の復活を望む者の計らいだろう。なにせ都合がよい。

 

 「ヘレーネ」

 

 「はい」

 

 ふむ、動じないか。つまらぬ。200年前はもう少し可愛げがあったのだがな。

 

 「久しぶりだな」

 

 「そうですわね。真祖」

 

 嬉しい。

  

 久しぶりの我が子との会話だ。楽しくないはずがない。

 

 「ヘレーネ、聞きたいことが山ほどある」

 

 「そうですわね。何からお聞かせすればよいですか?」

 

 ヘレーネは片膝をついた姿勢を止め、余のすぐ近くまで歩み寄る。そしてすぐ近くの椅子に座る。

 

 これでよい。子と親の会話に身分などいらぬ。そもそも余は国王などではない。

 

 「我が子らの現状について、まず知りたい。余が眠った後どうなったか教えよ」

 

 ヘレーネのニコニコ笑いながら”ん~”と考えを巡らす姿は懐かしい。昔もよくしていたな。思わず頬が緩んでしまう。

 

 「そうですわね……」

 

 「まぁ200年も前のことだ、詳しく覚えていなくても」

 

 「お茶とお菓子、用意してきてもいいですか?」

 

 「……ふ」

 

 そんなことで悩んでおったのか。相変わらずマイペースな娘だ。思わず笑ってしまった。

 

 「側仕えを控えさせた直後だ。我慢するがよい」

 

 「わかりましたわ」

 

 ”それでは”と前置きし、ヘレーネは真面目な顔で余に語り始めた。

 

 「真祖が眠りについた後、多くの同族は狩られましたわ。当時の傭兵と国の兵士や騎士に追い詰められ、数を減らし続けました」

 

 「……そうか」

 

 「はい。今ではこの国にどれ程いるのか、私にはわかりません」

 

 ジャンドイルの記憶を見た時から、うすうすそんな気はしていた。これでは余が眠った意味がない。

 

 「余は和解のために眠ったはずなのだがな」

 

 ヴァンパイアが各地で人間を襲い、血を吸いつくして殺す事件が発端だった。それまでのヴァンパイアも危険なモノだと思われてはいたが、黙認され共に暮らす者も多かった。だがその事件以降完全に敵と見なされることとなった。

 

 「無意味な睡眠でしたわね」

 

 なぜこの娘はいい笑顔でそう言うことを言うのか……

 

 「親である余が責任をとって死ぬ……ことができないために、永眠に近い眠りにつくことで手打ちとすると、当時のこの国の王と決めたのだが」

 

 「守るわけないじゃないですかそんな約束。本気で信じていたのは真祖だけですわ。この国の宗教についてご存じないのですか?」

 

 耳が痛い。

 

 それより宗教だと?

 

 「知らん」

 

 「人間至上主義の教えですわ。エルフやドワーフやワービーストはご存じですわよね?」

 

 「当たり前じゃ」

 

 当時は普通にこの国に居たぞ。今は交流特区とやらにしかいないようだが。

 

 「エルフの耳が尖っているのは悪魔の血が混じっているからだ。エルフは邪悪だ。ドワーフの背が低いのは、人殺しの魂が重い枷を背負って生まれ変わったからだ。ドワーフは悪人だ。ワービーストは獣と交わった者の子孫だ。ワービーストは獣と同じだ。人間こそが清らかで正しい生き物だ……と、こういう教えの宗教です」

 

 「そんな教えを信じておるのか?」

 

 「国教ですわ。交流特区という地区がこの国にあることが奇跡のようですわね」

 

 あの地区は他国との戦争を避けるために仕方なく置いていると、ジャンドイルの日記に書いてあったな。攻め込まれた際に人間以外の種族にも影響が出るため、交流特区を攻めれば第3国まで巻き込むことになる。そう言う場所を国境付近に置くことで戦争回避に努めることにしたとか。

 

 「そのような教えの国が、私たちヴァンパイアは魔物だとしたのです。まぁ人間かと言われると、違うと答えることになりますけれど」

 

 「それが理由で余との決め事を反故にされ、我が子らは人間たちの手によって数を減らしたというわけだな」

 

 「もともと約束など守る気が無かったのでしょう」

 

 だからなぜにっこりと笑いながらそう言うことを言うのか。責めておるのか? 人間の国と口約束をして、我が子らが殺されまわる時に眠りこけておった余を責めておるのか? 

 

 「すまなかった。我が子らが大変な時に、余は」

 

 「いえいえ、真祖は何も悪くありませんわ。(私たち)を守るために眠りにつくだなんて、立派な親の姿そのものではありませんか」

 

 やはり笑顔でそう言うと、”それで、他にも聞きたいことがございますでしょう?”と問う。この話はとりあえず終わりらしい。

 

 「なぜこの体に余の心臓を入れた?」

 

 「それは、まぁストリゴイの企みとでもいえばよいでしょうか」

 

 ストリゴイ? 知らぬ名だな。

 

 「ストリゴイとはなんだ?」

 

 「人鬼(じんき)調停の間者を覚えておりますか?」

 

 覚えておるな。ヴァンパイアと人間をうまく共生させようと頑張ってくれた、ヴァンパイアと人と、ダンピールの集団だった。

 

 「覚えておる」

 

 「真祖が眠った後、彼らが名前と目的を変えた姿がストリゴイですわ。真祖復活と、ヴァンパイアやハーフヴァンパイア達が人間を支配する国を作ること、それが彼らの目的ですね」

 

 なんとまぁ大それた……いや、さほど大それてはいないのかもしれぬ。

 

 「一度国を滅ぼして望む国を作り直すより、国王を別人にすり替えて今ある国を望む国に変えてしまう方法を選んだわけじゃな」

 

 「その通りですわ。今私たちが居る王都はいろいろあって力が弱まり、そしてその弱まった力を取り戻すため、各地から位の高い者が集まっています。どうします?」

 

 「どうするとは?」

 

 「ストリゴイは真祖に国を支配させるつもり満々のようですけれど、支配するかどうかを最終的に決めるのは真祖ではありませんか。復活を果たし、ちょうどよい器に収まり、都合の良い土台まで用意できていますが、どうするかは真祖が決めるのですわ」

 

 「うむ」

  

 人間を支配し、ヴァンパイアにとって暮らしやすい国を作る、か。

 

 大それているような気がするが、きっとそうではないのだろう。

 

 放っておけば、我が子らは今以上に数を減らし続ける。いずれ途絶える。それをよしとするのかしないのか。よしとしないのなら、どうするのか。

 

 どのようにすれば、我が子らは安寧を得られるのだろう。人間無くしては生きてゆけぬのが我が子らだ。だが人間は我らを滅ぼそうとする。国がそう決め、宗教がそれを推し進める。なにか、うまく共存する方法は……

 

 「ありませんわ」

 

 ヘレーネが珍しくまじめな顔でそう言う。

 

 「私は人間の町を何度も襲って、何百人も攫って、お薬の実験に使ってきました。私が吸血鬼であることは、蠱毒姫の名とともにで国中に知られていますわ。恐怖の対象だそうです」

 

 なるほど、では共存は無理であろうな。

 

 「少しは悪びれろ」

 

 他人事のように言いおって。ヘレーネのせいで200年たった今も共存が不可能になっているではないか。

 

 「いやですわ。私は私のしたいようにしただけのことですもの」

 

 「ぐ……そう言えば、眠りにつく前に『望むように生きよ』と言い遺したな」


 「はい。なので悪いのは真祖です」

 

 余は子の失態は親の責任ともよく言っていたな……いい笑顔だなヘレーネ。

 

 「真祖」

 

 「なんだヘレーネ」

 

 「200年前とは比べ物にならないほど、私たちヴァンパイアは危機に瀕しています。どうしますか? もう一度人間との共存を試みますか? それとも、諦めますか?」

  

 ……そうだ。我が子らの危機に、余は何もしてやれなかった。復活した今も同じなのか? また何もできないまま、我が子らが殺し尽くされるのを待つのか?

 

 「諦める」

 

 「あら、即答ですか」

 

 「無論だ。無能な親と呼ばれては自殺したくなってしまう。此度こそ我が子の危機を救い、安寧を得られる国を作ってやろうではないか」

 

 「真祖は死ねないのに自殺したくなるなんて、なんてお可哀そう」

 

 ヨヨヨとウソ泣きをするヘレーネに一通りやらせてから、真面目に声をかける。

 

 「ヘレーネ」

 

 「はい」

 

 「大事なことが聞きたい」

 

 「……はい、何なりとお聞きください」

 

 うむ。さすがヘレーネだ。頼りになる。

 

 「この体で用を足すにはどうすればいい」

 

 「……はい?」

 

 体の支配はつい先ほど成功したばかりだ。男の体の用の足し方など知らぬ。

 

 「大事なことなのだ。もう限界故、早く教えるのだ」

 

 「……はい?」

 

 「だから、用の足し方を教えるのだ、早く」

 

 「……はい?」

 

 「聞こえないふりをするのをやめよ」

 

 「……はい?」

 

 「おい! 誰かおらぬか!」

 

 「ここは王城の一番高い塔の最上階。そんな人間並みの声では誰にも聞こえませんわ」

 

 「聞こえておるなら答えよ! 用の! 足し方を! 教えるのだ!」

 

 「……はい?」

 

 ああ思い出した。ヘレーネはこう言う子だった。

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