半ヴァンパイアは試される
マーシャさんにピュラに帰ろうと提案すると、少し待ってほしいとのことだった。
マーシャさんからしたら、突然帰るなんて言われても困るよね。それでも明日には帰ると言ってくれた。だから今日が、王都で過ごす最後の日になる。次にいつ来るかわからないからね。
できれば、もう来たくない。いつまでストリゴイの連中やヘレーネさんがいるか、わからない。
会いたくない。
関わりたく、ない。
「私は職場や友達へのお土産を買いに行きますけど、エリーも来ますか?」
行きたくない。
外に出たくない。
またヘレーネさんに出くわしたりしたらと思うと……足がすくむ。
「うん。一緒に行く」
でもマーシャさんを一人で外に出す方が、怖い。ヘレーネさんがいつ口封じをしに来るかわからないのに、独り歩きなんてさせられない。
私はこんなに心配しているのに、マーシャさんはなぜかそういう心配はしてないみたい。一応私たち、蠱毒姫の所在と容姿を知っているという危険な状態なんだけどね。
「お土産って、どういうのがいいのかな」
昼間の王都を2人で歩きながら、マーシャさんに話しかける。話題は何でもいい。とにかく、返事をもらえればいい。
「そうですね……王都ならではの何かとかですかね。無難な消耗品でもいいですが、王都っぽさを感じられる何か……王都っぽさってなんですか?」
「私に聞かないでよ」
いつも通りのマーシャさんと話していると、少し安心する。
結局私は小銭入れやハンカチをお土産としていくつか買って、マーシャさんは紫と白の生地を買った。お土産に生地って言うのはどうなんだろうと思ったけど、マーシャさんはたぶん生地を使って何か作って渡すつもりなんだろう。お土産が手作りの品なのもどうなんだろうね?
宿に帰ってきた私たちは、明日にチェックアウトすることを受付に言って部屋に戻って来た。
王都に来てからいろいろ買ったから、今日のうちにある程度荷物をまとめておく。私の荷物にマーシャさんの荷物、買い置きしてた食料品、机の上に出しっぱなしのマーシャさんの化粧品、買って来たお土産……それなりの量になってしまった。
王都から帰る時は、宿の近くまで馬車に迎えに来てもらおう。私なら全部持って歩いてピュラの町まで帰れると思うけど、目立つし、面倒だし……
明日の使うもの以外の荷物をまとめ終わり、私もマーシャさんも体を洗って、それぞれのベッドの上に横になる。
「今日で王都観光もおしまいですね」
「ごめんね。急に帰るなんて言い出して」
「いえ、いいんですよ。十分楽しみました。エリーと一緒に旅行なんて初めての経験でした」
そっか、旅行。私は仕事のつもり出来てたけど、マーシャさん的には旅行だったのかな。
「それじゃ、明日の朝出発だしもう寝よっか」
「久しぶりに一緒に寝ましょうよ」
「え、でも」
マーシャさんは私がハーフヴァンパイアだと知ってから、一緒に寝ることはしなくなった。私を縛ったり猿轡したりもしていない。
きっと、私を試してたんだと思う。
夜、自由になった私がマーシャさんを襲って血を吸ったりしないか、確かめるつもりなんだと。
「良いじゃないですか。久しぶりに、ね?」
……今夜で、はっきりさせようってことなのかな。
何の拘束もなく、無防備に眠るマーシャさんのすぐ近くで一晩過ごす。その時私が血を飲むのを我慢出来たら、マーシャさんが以前言っていた、『エリーは血を吸いたいと思っても我慢出来て、血を吸いたいからと言って人を傷つけたりしない』という言葉が本当だったという証明になる。
私が一緒に居ても安全な魔物だと、認めてもらえる、のかな。
「……うん、わかった」
にっこり微笑んだマーシャさんが、毛布を広げてベッドに私を招く。
マーシャさんのベットに一歩近づくたびに、不安がどんどん大きくなる。
もし今夜、マーシャさんを襲って、噛みついて、血を一滴でも吸おうものなら……
さよなら、しよう。
傷つけるくらいなら
拒絶されるくらいなら
もう、会わないほうがいい。
ギドのところでも、交流特区でも、どこでもいい。とにかくマーシャさんに会わないところに行こう。
でももし
我慢出来たら
その時は、一緒に居たい。
長かった四勝も次話か次次話で終わりになりそうです。
四章で広げた風呂敷は、今後の章で畳み切るつもりです。