半ヴァンパイアは嘘を吐く
体を洗い終わり、穴だらけで血まみれのシャツも処分した。ポンチョも血を洗い流しておいたし、これでマーシャさんに私が大けがして死にかけたことは隠せるはず。
「ふぅ」
「今日はちょっと長かったですね」
部屋に戻ると、マーシャさんはスープを作って待っていてくれた。
「ちょっと汚れちゃってたから、念入りに洗ってた」
ウソじゃない。何がとは言わないだけ。
「で、何があったんですか?」
椅子に座った私にスープを出してくれながら、マーシャさんはそう聞いてくる。なんて答えようか……
「えっと……今日アーノックが退院して、みんなでこれからどうするか相談するはずだったんだけど、セバスターが遊びに行ったっきり帰ってきてなかったの。それでちょっと探しに」
「そうじゃなくて」
真剣な顔で、私の対面に座ったマーシャさんが遮ってしまう。
「エリーに何があったの?」
「だ、だから、セバスターを探しに北西区に行って、ちょっといろいろあって」
「いろいろって?」
「その、いろいろだよ。物乞いの人にセバスターを探す手伝いをしてもらったり、集団墓地の方に行ったり」
「エリー」
「な、なに?」
「これは誰の血ですか?」
……え?
マーシャさんは私が脱衣所に置いてきた、セバスターの上着を見せてきた。裏返しになっていて、背中の部分に血がついている。
血まみれのシャツの上から上着を着たから、血が付いちゃったんだ。
気づかなかった。そこまで気が回ってなかった。
「え、あ、いや、私の血じゃないよ」
「じゃあ、誰の血なんですか?」
誤魔化さないと。心配させちゃ、ダメだから。
「セバスター、だよ。たぶん」
「なんでエリーがセバスターの血が付いた上着を着て帰ってきたんですか?」
えぇっと、えっと、え、と。
「寒かったから、借りてきただけだよ」
「エリー?」
「な、なに?」
「どうして、嘘つくの?」
はっとしてマーシャさんの顔をみる。すこし、悲しそうな顔だった。
「そんな、なんで嘘だって、思うの?」
寒い。
「私には、本当のことが言えないんですね」
「そんなこと、ないよ」
背筋が凍る。
「さっきセバスターに会って、エリーに上着を返すよう言えと言われました。セバスターはどこも怪我してませんでしたよ」
「い、や。それは……」
胸の奥がズキズキする。
「……」
そんな顔で、見ないで。
「マーシャさんに心配かけると思ったから」
「だから?」
私はただ心配かけたくないだけなのに。
「だから、言わないほうがいいと、思って」
「思ったから、なに?」
なんで、こんなに裏目にでるのかな。
「……嘘、ついた」
「そうですか」
いつも通り笑顔でいてほしかったのに、なんで、つらそうな顔にさせてるんだろう。
大事にしたいって思いながら、傷つけてしまった。
「……わかりました」
「……」
どうしよう。私のこと嘘つきって思われちゃったかな。
信用されなくなったら。
一緒に暮らせなくなったら。
嫌だな。
「スープ飲んでみてください。おいしく作れたと思うんです」
「……うん」
重い空気の中、マーシャさんがスープを飲むよう勧めてくれた。ちょっと飲んでみると、あったかくて、塩の風味が体に染みる感じがする。
「ごめんなさい」
「え……なんで、マーシャさんが謝るの?」
本当に、なんで謝るのかわからない。私が誤魔化そうと、隠そうとしたことが悪いのに。マーシャさんは悪くないのに。
悪いのは私なのに……
「何か辛いことが、あったんですよね」
「そんなことないよ」
「ちょっと目元が赤いですよ。泣いた跡に見えるのですけど、違いますか?」
そう、かな。鏡がないから自分ではわからないけど、そんな跡が残るほど泣いてないと思う。
「……違わない、よ」
でも、嘘は言いたくない。
「それなら」
マーシャさんは、柔らかく微笑んでくれた。
「私は慰めてあげるべきですよね。それなのに責めるようなことばかり言ってしまって」
またちょっと泣きそうになったのは、バレてないと良いな。
というか、私ってこんなに涙脆かったっけ。今日はほんと、泣いてばっかりだ。
一夜明けて、ユーアさんたちの部屋で4人で集まってこれからどうするか決める。
「あの赤いローブのやつぶっ殺す。ピュラの町には帰らねぇし、トレカーとかいう貴族の依頼も受けねぇ」
とセバスター。
「僕はもう少し稼ぎたいです。治療院での治療にかなり使っちゃいましたから。あとトレカーではなくトレヴァー伯爵です」
とアーノック。
ユーアさんは何でもいいらしい。
「依頼は後でも受けられるだろうが。さきに赤ローブぶっ殺しに行くぞ」
「トレヴァー伯爵がいつまで依頼を出しているかわかりませんから、今のうちに受けておくべきです。だいたい赤いローブの奴って何ですか」
セバスターとアーノックがあれこれ話し出した。まだ私の意見言ってないんだけど……
「で、エリーはどうしたいんだ?」
ユーアさんが聞いてくれた。よかった。このまま無視され続けるかと思ったよ。
「私は、ピュラの町に帰りたい。もういいんじゃないかな。アーノックだって治療にお金使ったとはいえ、稼げたんでしょ?」
「……」
「……」
あれ? なんでこっち見て黙っちゃうの? 私変なこと言った?
「赤ローブぶっ殺すか依頼を受けるかの話してんだよ」
「そうですよ。どっちがいいんですか」
えぇ……
「……それぞれやりたいことが違うなら、もう別行動でいいだろう。既に4人で2回依頼を受けた後だ」
「そうかよ」
「魔女の入れ墨亭で受けた依頼は、トレヴァー伯爵のところに行って何かしろ、というものでしたから、終わりでいいでしょう。報酬ももらいましたし」
そっか。もう4人でまとまって行動する理由無いんだ。じゃあ私はマーシャさんとピュラの町に帰ってもいいよね。
「それじゃ、解散でいいよね」
「まて」
私が部屋を出ようとすると、セバスターが止めてきた。
「何? 上着ならさっき返したでしょ?」
この部屋に入って真っ先に上着は返しておいた。今はセバスターの荷物の上に雑にかけられてる。
「お前も赤ローブぶっ殺すの手伝え。アーノックもだ」
「はぁ……」
さっき別行動でいいって話したのに、なんでそうなるかな。アーノックなんか諦めてため息ついてるし……
「えっと、やだよ。なんでそんなことしなきゃいけないの」
「お前も赤ローブと戦ったんだろ? 俺だけで探すのは面倒だし、見た目を知ってるやつと戦力は多い方がいい。あ、そうだユーア、お前も来い」
「俺が別行動を提案した意味、無くなったな」
なんでこう、セバスターを止める人がいないんだろう。
「……止めても無駄だからだ」
ユーアさんが口に出してない疑問に答えてくれた。顔に出てたらしい。
「そう言うわけで、お前も来い」
「やだって言ったじゃん。私に何の得もないよ」
「良いから来いっつってんだろ!」
「絶対に嫌」
もう、アレに会いたくない。
ストリゴイに関わりたくない。
帰りたい。
「おい! 待てよ!」
セバスターが止めようとしてくるけど、構わず部屋をでて扉を閉める。
アレに関わらないほうがいいと、言ってあげればよかったかな。
いや、いってもたぶん無駄だと思う。
もういいよ。
マーシャさんとピュラの町に帰ろう。小人の木槌亭を随分ほったらかしちゃった。早く帰って、前みたいに、いつも通りの生活をしたい。