半ヴァンパイアは宿に戻る
「酷い……な」
「あらタザさん。見ていましたか」
「ああ」
私のすぐそばで、タザとヘレーネさんが何か話してる。
「ああそうそう。私タザさんとドリーさんに用事があって来たんでした」
「なん……だ?」
「”もうすぐ”だそうです。なのでみんなでまとまっておきたいと、サイバさんが」
「……そうか」
なんで、ヘレーネさんがサイバやタザと、親しげに話してるんだろう。
あ、ダメだ。何も考えられない。
「エリーさん、せっかくですから一緒に来ませんか? 悪いようにはしませんよ?」
え、何? これ以上、何するつもり……?
「さんざん……酷いこと、した……だろ」
「私なりの愛情と躾けですわ。酷いだなんて心外です」
もう嫌だな。痛いのも、苦しいのも、大けがするのも……
「だが……連れて行く、のは……賛成だ」
「いえ、やっぱりやめておきましょう。元気になったエリーさんが、私たちの邪魔をしないとも限りません」
「何とか……すればいい……俺でも、お前でも……簡単だと、思うぞ」
「それじゃ面白くありませんわ。それにぼろぼろになった女の子を攫うなんて非道なこはとできません」
「……よく、言う」
何を話してるのか、わからない。耳がキーンってしてて良く聞こえない。
空が青い。
ちょっと寒い。
土が、冷たい。
……もう、わかんない。
「んぁ、う~ん……」
目が覚めて、周りを見渡して、ここが北西区の集団墓地だと気づいた。
よく覚えていないけど、なんとか生き延びたらしい。
恐る恐るお腹に振れてみると、傷がちゃんと塞がっている。撫でてみると、穴が開いたところは少し感触が違う気がする。
左腕も治っている。ちゃんと動くし、痛くない。下半身も感覚があるし、動く。
「……セバスター」
そう言えば地下室に置いてきたんだった。
立ち上がれるか不安だったけど、ちゃんと立てる。少しふらつくけど大丈夫。力もちゃんと入る。
地下室に戻ってみる。
セバスターが床に転がって寝てる。もう夜だというのに起きないのが、少し心配。
「……げ」
「げ?」
「げぇへへ、へ」
寝言で下種な笑い方してる。心配ないみたい。
「セバスター、起きて」
「ん、ん、んあ~ぁ?」
ゆすったら起きた。なんだ、大丈夫じゃん。
あ、まずい。私の今の恰好はちょっとまずい。
私のシャツは胸に2か所、お腹に3か所の小さな穴あって、おへそのあたりの手のひらぐらいの大穴も開いてる。なにより血まみれだし、ポンチョもぼろぼろになってる。
「セバスター上着貸して」
「んが! 何しやがるぅ~ぁ」
セバスターが寝ぼけているうちに上着をはぎ取って着る。
危なかった。とりあえず穴だらけのシャツと素肌を見られずに済んだ。ダボダボの上着から変なにおいがするのはこの際目をつむる。ついでにセバスターが寒そうなのも見ないことにする。
「……っは! な、なんでエリーがこんなとこに居やがる!」
「セバスターを探しに来たんだよ」
「赤いローブのやつを探してるから帰れねぇ……お前、赤いローブの奴に会っただろ」
うんまぁ、会ったというか戦ったというか、殺されかけたというか……
「会ったよ。なんでわかるの?」
「お前から血の匂いがする。髪に土がついてるし、武器もねぇぞ。戦いましたって言ってるようなもんだろ馬鹿か」
うわぁ、そこまで気が回らなかった。
「で、あの野郎どこに行きやがった? 追いかけてぶっ殺さねぇと」
自分だって疲れ果ててたくせに、寝て起きたらまた戦う気満々なんだ……私はもう、会いたくないのに。
「どこに行ったかはわかんない。たぶんしばらく出てこないんじゃないかな」
そう言えばセバスターに傷が見当たらない。赤ローブの攻撃を全部避けた? セバスターが? おかしいな、私が思ってるより、セバスターって強いのかな。でも以前アーノックもまとめてぼこぼこにしたはずなんだけど……
「っち! いつか殺す必ず殺す今殺す」
「今は無理だって」
”殺す殺す”とぶつぶつ言うセバスターに、とりあえず帰ろうと言う。そのために来たんだし。
「とりあえず宿に戻ろ? アーノック退院したよ?」
「おおそうか! アーノック退院したか! あいつと2人なら赤いローブの奴も簡単にぶっ殺せるなぁ!
あのローブをてめぇの血で染め直してやる!」
ほんと、元気だなぁ……私は帰って休みたくて仕方ないよ。なんでそんなに元気なのかな。
「寒いから上着返せ」
「やだ。宿で休むまで貸してよ」
「それ着たままヤりまくってたんだぞ。嫌だろ」
この変なにおいは淫臭か。すごく嫌ですけど、しょうがないから着ててあげる。
「服着たまま、その、そういうことしてたの?」
「寒いからな。この辺りの家は隙間風がひでぇ。まぁ熱くなってきたら脱ぐけどよ」
「そうですか」
とりあえずセバスターは十分元気みたいだから、宿に戻ることにしよう。
「行くよ」
「おい待て、返せ」
セバスターにはこの服や血のことを隠せるとして、問題はマーシャさんだよね。大けがしたって知られたら、心配させちゃう。どうやってこのシャツを見られずに処分するか、考えておかないと。
私のショートソードはすぐに見つかった。帰る前に探さないとと思って家を出たら、すぐ近くに落ちてた。切っ先が少し刃こぼれしてる。あとで修理に出すとして、今はセバスターと一緒に宿に帰ることにする。
日が沈んだ後の暗い北西区を歩きながら、ぼんやりと、いろいろ考えてしまう。
ヘレーネさんは、ストリゴイの仲間なんだろうね。サイバやタザも知ってるみたいだったし。それからあの赤ローブもストリゴイで間違いないはず。タザと一緒に降りてきたし、ヘレーネさんかタザの言うことを聞いているみたいだった。
タザと赤ローブはどこから来たんだろう?
……そう言えば、タザはサイバを抱えて空高くジャンプして、そのまま消えたことがあった。もしかして、上に何かある?
「……」
「なに見上げてんだ? いい年こいて星空にお願い事か?」
星と、雲。それ以外は、王城の塔くらいしか見えない。でももしかしたら、何かあるんじゃないかな。
「そんなわけない……いい年ってどういう意味かな?! 私まだ17なんだけど」
「ババァじゃねぇか」
「バ……このロリコン!」
「な?! ちげぇよ本気じゃねぇよ死ね!」
墓地で見つけた足跡、あれはたぶん高いところから着地してできた足跡なんだ。タザや赤ローブ、もしかしたら他の誰かが、高いところからあの場所に飛び降りた。でも、墓地周辺に背の高い建物はなかった。
やっぱり、空に何かあるのかな。
「おい、着いたぞ」
「え?」
「なにぼーっと歩いてんだ。宿に着いたから上着を返せっつってんだ」
しまった。今着てるシャツの処分の方法を考えてなかった。
「も、もうちょっと貸して」
「あぁん? 俺の上着で何するつもりだコラ」
「何もしないよ。寒いからさ、部屋に着くまで貸しててよ」
「俺も寒いんだぞ」
悪いけど、まだ返せそうにないかな。
「あとで返しに行くから!」
「あ、おい!」
セバスターを宿の入口に置いて、急いで私とマーシャさんの部屋に駆けこむ。そしたらマーシャさんがコートに鞄を持った姿で部屋を出ようとしているところに出くわした。
「ただいま。遅くなってごめんね」
「エリー!」
私を見た瞬間抱き着いてきて、そのまま私の頭をグイグイと胸元に押し付ける。
「帰りが遅いから心配しました。今探しに行こうとしてたんですよ!」
「ごめん」
なんというか、子供が夜になっても帰ってこない時のお母さんみたいだね。
……それくらい、大事に思ってくれてるのかな。
マーシャさんに抱きしめられると、なんとなく安心する。
「髪に土がついてますし、なにか変なにおいがします。どこで何してたんですか?」
「ちょっと、いろいろ。とりあえず体洗ってくるね」
「あ、ちょっと」
安心したら、急に、涙が出そうになった。
赤ローブに殺されかけて、ヘレーネさんにお腹の中をグチャグチャにされて、怖かったし、痛かったし、苦しかった。その時の気持ちとマーシャさんに抱きしめられて安心したときの気持ちの温度差に、ちょっとびっくりしちゃったんだと思う。
涙が止まりそうにないから、急いで体を洗いに行く。
落ち着いたら、このシャツの処分のしないといけないね。
焚火ができるなら燃やして処分するんだけど、宿の庭で焚火をするのはダメだし、何かに包んでゴミ箱に捨てておこうかな。




