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蠱毒姫は意地悪する

また少しグロテスクというか、生々しい表現があります。内臓とかが苦手な方はご注意ください。

 背中の土が湿り気を帯びていく。

 

 左腕から、お腹から、どんどん出血していく。

 

 命が流れ出ていく。 

 

 

 

 

 

 

 死ぬ。

 

 嫌だ。

 

 こんなところで、訳の分からない相手に、殺される。

 

 そんなの、嫌。

 

 せめて、何か。

 

 まだ何もしてないのに。

 

 


 

 

 土を踏む音が聞こえる。

 

 お腹の穴から無理やり視線を動かして、音の方を見る。

 

 赤ローブが私の方に歩いてきている。

 

 最初と変わらない歩調。

 

 何の意図も汲み取れない。

 

 でもわかる。とどめを刺しに来ている。

 

 逃げないと、死ぬ。

 

 「……ぁし、ぁ」

 

 足が動かない。

 

 下半身の感覚が無い。

 

 当たり前だ。お腹のど真ん中に大穴が開いてる。背骨ごと、ぽっかりと空洞になってしまっている。

 

 神経がつながっていないのに、動かせるはずがない。

 

 苦しい。

 

 痛い。

 

 怖い。

 

 もうすぐ、赤ローブが私のところに来る。

 

 逃げたい。

 

 「ぅう、ふ、」

 

 無理やりうつ伏せに体を返す。

 

 唯一動かせる右腕で、這いずるように赤ローブから距離をとる。

 

 足音が聞こえる。

 

 自分の体が地面にこすれる音が聞こえる。

 

 足音がどんどん近づいてくる。

 

 どれだけ急いで這いずっても、近づいてくる。

 

 足音が、聞こえる。

 

 苦しい。

 

 息ができない。

 

 左腕の傷が少し再生して、出血が止まった。まだヴァンパイアレイジの効果が残っている。

 

 もし、今ヴァンパイアレイジが切れてしまったら。

 

 お腹の穴が塞がらないまま、再生が止まってしまったら。

 

 赤ローブに追いつかれたら。

 

 

 

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 

 

 まだ終わらないで。

 

 まだ治ってないから、せめて治るまで、ヴァンパイアレイジの効果が続いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音が聞こえる。

 

 私のすぐ後ろから、聞こえる。

 

 振り返れない。

 

 恐ろしくて、振り返れない。

 

 必死に右腕を動かすことしかできない。

 

 足音が聞こえる。

 

 涙が、止まらない。


 「ぁ、ぁ、ふぁ」

 

 必死に伸ばした右手を、掴まれる。手首を握って上に引っ張って、私を仰向けにさせる。

 

 冬一歩手前の青空を隠すように、赤い人が……赤紫の髪の人が、私の顔を覗き込む。

 

 「エリーさんたら、こんなところで何してるんですか? せっかくお弁当を分けて差し上げたというのに」

 

 いつも笑顔を浮かべているヘレーネさんが、今日だけは冷たい目で私を見下ろしていた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城の中にある(わたくし)のお部屋に、サイバさんがやってきました。ザザイバールという考古学者の老人の変装をしていますが、今回はストリゴイのサイバとしてお話があるそうです。

 

 「それで、どうなさいましたの?」

 

 キエンドイ伯爵に用意させた紅茶を飲みつつ、要件を伺います。サイバさんの分はありません。もったいないですからね。

 

 「いや、大した話じゃない」

 

 そう前置きして、サイバさんは話し始めました。大した話じゃないのに私のお部屋を訪ねるなんて、ちょっとおかしいように思います。私はストリゴイの構成員ではなくただの協力者ですから、少々のことならばサイバさんはタザさんやスージーさんたちだけで事を済ませてしまうのです。

 

 「この前、スージーがドリーという人形を完成させた」

 

 「知っていますわ」

 

 今頃はタザさんと一緒にドリーの性能を確かめているところでしょうね。確か、北西区で冒険者5人を始末するとかどうとか。

 

 「あのあとタザとスージーがなにかしているようなんだが、僕に連絡も報告もない。お前は何か知ってるんじゃないのか?」

 

 「はい、知っています」

 

 別にサイバさんに内緒にする必要ないですよね? 偶然その時サイバさんが居合わせなかっただけですし。というかスージーさん、報告してなかったんですね。

 

 「教えろ」

 

 サイバさん不機嫌そうですわね。仲間外れにされたと怒っているのでしょうか? かわいいですね。

 

 「今頃は北西区でドリーの性能を確かめているところだと思いますわ」

 

 「早めに切り上げさせたい。もうすぐだ」

 

 「もうすぐ、ですか」

 

 「ああ、もうすぐだ。だから僕らはその時のために、ある程度まとまっておきたい」

 

 まぁ3日くらい経ちますし、そろそろ終わっているころでしょう。

 

 「アランは結局見つからなかったのが心残りだが、これ以上時間をかけられない」

 

 見つけておきましたが、言わないでおきましょう。

  

 「そうですわね。それじゃあ私は北西区でタザさんとドリーに、飛行船に戻るように言ってきますわ」

 

 「昼間だぞ」

 

 「対策済みですわ」

 

 お茶を飲み干してからヴァンパイア用の日焼け止めを見せつつ、席を立ちます。

 

 「早く出て行ってください。これから塗るんですから」 

 

 「露出しないところまで塗るのか?」

 

 「当たり前ですわ」

 

 布越しでも日光はお肌を焼くのです。ヴァンパイアにとってはわずかな日焼けでも十分な脅威なのですから。それに私は厚着するのがきらいですし。

 

 サイバさんを部屋から追い出し、日焼け止めを全身に塗っておきます。

 

 ヴァンパイアの肌は人間と比べ非常に強靭です。人間と同じ強度の肌では、軽い力で何かを殴ったり蹴ったりするだけで裂けてしまうので、当然です。ですが、ヴァンパイアの皮膚は日光に当たると強力な毒素を生成してしまうのです。強度と引き換えのような弱点ですわね。

 

 なぜかヴァンパイアは日光に当たると燃え尽きて灰になるとか、白い煙を出しながら溶けて骨しか残らないとか、訳の分からない伝承が広く信じられています。不思議ですわね。

 

 一通り塗り終え、いつものドレスを着て、お弁当とシトリンと日傘を持てば準備完了。さっさとお使いを済ませてしまいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 あ、タザさんを見つけました。煙突の上にいますわね。タザさんの体は煙突より太いですから、遠目に見てもすぐにわかります。もうすこし隠れたほうが良いのではないかと思います。

 

 「タザさん」

 

 「……様子を見に……来たのか」

 

 「そんな感じです。ドリーはどうですか? 冒険者5人の始末、終わりました?」

 

 「……まだ、だ」

 

 「今はどこに? あの辺りの民家の中ですか?」

 

 「そうだ」

 

 「相手は1人ですか?」

 

 「……ああ、おそらく……な」

  

 「何人目ですか? 5人目ですか?」

 

 「最後の……1人だ」

 

 なるほど。

 

 タザさんとの会話はコツが必要です。いえ普通に話してもいいのですけど、時間がかかってしまいます。なので、YESかNOで答えられる質問をすると、短い時間で聞きたいことを把握できます。

 

 「どの民家の中ですか?」

 

 「あれ……だ」

 

 タザさんが指差した民家に意識を向けると、確かに気配がします。私では見えませんが、タザさんの身長なら、もしかしたら目視できるかもしれませんね。

 

 「……女、だな」

 

 意外そうにそうつぶやくのが聞こえました。 

 

 それからしばらくして、血をまき散らしながら墓地の土の上に転がる、茶髪の女の子が見ました。

 

 「え……エリーさんではありませんか」

 

 「……知り合い、か?」

 

 ああ、どうしましょう。なんて説明しましょう。いえ、悩んでいる暇はありませんわね。

 

 「あの女の子はハーフヴァンパイアのアランです。ドリーを止めてください」

 

 「なん……だと?」

 

 タザさんはすぐに下におりて、ドリーに行動を中止させてくれました。ドリーがエリーさんにとどめを刺す直前でしたが、ギリギリ間に合いました。私もエリーさんの方に近づきます。

 

 近くで見ると、予想よりずっと酷い怪我をしているようです。

 

 地面を這いずるように逃げる様は本当に無様ですわ。それにヴァンパイアレイジを使っているはずなのに傷の治りが遅いようですね。左腕は骨が見えていますし、腹部に空いた穴から背骨の断面と内蔵が見えてしまっています。よく意識を保っていられますわね。

 

 痛くて苦しくて、悲鳴すら上げられないような大怪我をして……私はそういう方を見るのが好きなのです。

 

 好きなはずです。

 

 それなのに、今のエリーさんの姿を見て、愉悦ではなく怒りを感じるのはなぜなのでしょう?

 

 とりあえず、血を飲ませましょう。ハーフヴァンパイアは今の時代とても珍しいですし、もうすぐらしいですし、見殺しにするのはもったいないですからね。

 

 エリーさんの必死に伸ばした右手、その手首を掴み、引っ張って上を向かせます。

 

 酷い顔してますね。

 

 青ざめ、涙にまみれ、土に汚れ、恐怖に歪む表情。

 

 私の大好物。

 

 「エリーさんたら、こんなところで何してるんですか? せっかくお弁当を分けて差し上げたというのに」

 

 なのに、そんなことを言ってしまうのはなぜでしょう?

 

 愉悦を感じないのは、笑顔になれないのはなぜでしょう?

 

 ああ、わかりました。この感情は怒りではなく呆れなのですね。

 

 ルイアで私と戦った時のエリーさんはとても面白く、ある意味で強かったのです。必死に考え、私を観察し、体を張ってお仲間さんを逃げ延びさせ、私の隙をついて一撃を加えた。そんなエリーさんがよかったのに。

 

 こんな人気のないところに1人で来て、ドリーと戦って、負けて、地面にはいつくばって逃げようとする。

 

 こんな愚かな娘でしたか?

 

 せっかく血を飲ませて、少しでも楽をさせて、真祖と向き合わせて、それからおもちゃにしようと思っていたのですけどね。

 

 大体ハーフヴァンパイアがこんな人形風情に……

 

 ああ、言いたいことがいっぱい出てきてしまいました。イライラします。

 

 エリーさんのせいです。

 

 ちょっとくらい、意地悪してもいいですよね。

 

 「まだ死にたくありませんか? それとも死んで、痛みと苦しみから逃れたいですか?」

 

 「ぃ、ぁ」

 

 「ああ、お腹に穴が開いているからしゃべれませんか。それでは」

 

 持ってきたお弁当を開け、口にねじ込みます。力任せにグイグイねじ込みます。

 

 「しゃべれるようになってくださいね」

 

 必死になって血を飲むことからして、まだ死にたくなかったようですわね。左腕の傷の再生が早まりました。腹部の穴も少しずつ塞がってきているようです。

 

 「はい、もう一本」

 

 空になった瓶を口から引き抜いて、もう一本をねじ込みます。

 

 左腕はだいぶ治りましたわね。傷口が完全に塞がりました。まだ骨や筋肉はつながっていないでしょうけど、とりあえず傷口はなくなりました。

 

 腹部はまだ塞がっていませんね。ですが血はもう十分でしょう。血を飲んだわけですからヴァンパイアレイジもまだ続くでしょうし。

 

 私の手首ほどの太さまで穴が塞がったので、予定通り意地悪しましょう。

 

 「ちゃんと治ったか確認しますわね」

 

 そう言って、エリーさんの腹部の穴に右手を突っ込みます。

 

 「ひ、ウ、ァ」

 

 エリーさんの体温が直に伝わってきます。想像より高いですし、治りかけの腹筋と腹膜貫いた感触、それから内臓がねっとりと私の手を撫でて……何といえばいいでしょうか。う~ん、一番近い表現で言えば、気持ちいい? でしょうか。

 

 「腹筋はまだ薄っぺらいですね。ですが腹膜はちゃんと治っていましたよ、今しがた破りましたけど。あと、それから」 

 

 「ひがぁ、、、ぬ、抜いて、動かさないで」

 

 あらあら、まだちゃんと治っていない腹筋がギュウッと私の手首を締め上げてきました。抜いてほしいなら動かしやすくしていただきたいですわ。

 

 「それからこの背中側にあるのが腸ですわ。腸詰肉の皮の部分です。ちょっと握ってみましょうか?」

 

 「うぁ、あ、アアアア」

 

 痛そうですね。ちょっと半狂乱になっているようです。

 

 ああ、愉悦を感じます。自分の手で苦しめるというのは、すごく楽しいですわ。

 

 「それからここ、この丸いのが……なんだと思います?」

 

 「抜い、抜いて……触ら、ないで」

 

 「はい、時間切れです。これは膀胱と言って、おしっこを貯めておく場所です。ちゃんと治っているようですね。握ると漏らしちゃいますけど、試してみますか?」

 

 エリーさん腹筋がヒクヒクと痙攣し始めました。まぁずっと力を入れ続けるなんて無理ですよね。

 

 「い、いや」

 

 「そうですか。じゃあ次はここ、膀胱のすぐ近くにある、柔らかいところ。ここは子宮です。赤ちゃんを育てる場所ですね。握ってみてもいいですか?」

 

 エリーさんはフルフルと首を振って嫌がります。

 

 やっと自分の立場がわかったようです。

 

 今のエリーさんは体の中を好きに触られるだけの存在。

 

 私は好きなようにエリーさんを弄ぶ存在。

 

 理解していただけたようですね。

 

 「そうですか。じゃあ最後に」

 

 ”ズボッ”と音を立てて、内臓を描き分けて背骨を触ってみます。

 

 「あ゛」

 

 背中をのけぞらせながら変な声を出すエリーさんを無視しつつ、背骨のあたりを探ってみます。

 

 一応、骨も再生できているようです。神経まで再生できたかどうかは触っただけではわかりませんが、先ほどからエリーさんの足がピクリとも動いていないあたり、神経はまだのようですわね。

 

 「こんなものでしょう」

 

 ”ジュボ”と音を立てて右手を引き抜きます。

 

 右手が血まみれです。そう言えば、ハーフヴァンパイアの血は飲んだことがありませんでしたね。

 

 ペロリと右手の血を舐めてみますと、人間の血よりすこしとろみがあり、わずかな苦みがありました。それに少し違和感もあります。人間の血がパンとお水とするなら、ハーフヴァンパイアの血は味の付いたお水、といったところでしょうか。栄養の無い食事という感じです。

 

 「は……は……」

 

 エリーさんはぼんやりしてますわね。気絶一歩手前に見えます。気絶できた方が楽だったのに、残念でしたわね。

 

 イライラもすっきりしましたし、これでいいことにしましょう。腹部の穴もいつの間にか塞がっていますし、もう大丈夫ですね。

 

 「エリーさんには本当にがっかりですわ。これに懲りたら、ちゃんと日常的に血を飲む習慣をつけてくださいね」

 

 苦しむエリーさんを見て愉悦を感じた私は、いつも通りの笑顔で笑いかけることができました。まぁすこし呆れを含む笑顔ですけれど。

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