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半ヴァンパイアは引き付ける

 えっと、あの船の上から私めがけて飛んできたのって、この人しかありえないよね。

 いやいやいやありえないでしょ。あの速度で突っ込んでくるのは人間業じゃないし、砂浜とはいえあの速度で着地したら普通死ぬでしょ。この人普通に立ち上がってきた。人間じゃない……

 

 「あなたは何?」

 

 「(わたくし)はヘレーネ・オストワルトと申します。何やら町からの脱出を試みられているみたいですから、ほかの方と同じように私の被験体になっていただこうと思いまして」

 

 間違いないね。このヘレーネさんが、ルイアから人が消えた原因だ。

 

 

 

 

 

 エリーがヘレーネと出会う少し前。

 シトリンによってヘレーネの人形になった漁師3人は、大型漁船一隻の上で大量のカピリャータと、眠っているヘレーネを載せてルイアの町に向かっていた。

 

 夕日がルイアの町の背に沈むなか、町の砂浜に小さな船を出そうとする4人を発見する。

 

 船の揺れによって深く眠れず、日が完全に落ちる前に目覚めたヘレーネに、漁師の男は発見したものを報告する。

 

 「ルイアの砂浜に人を発見。おそらく”取り調べ”を回避した者たち」

 

 シトリンによって自我を喪失した彼らは、非常に端的な物言いをする。

 

 ヘレーネはそんな話し方を不快に思いながら、自らが乗る船の甲板に立った。

 

 「あら、海路で逃亡するつもりですわね。船の類はこの一隻以外をすべて壊したはずでしたが」

 

 ヘレーネは当然海路での逃亡の可能性には気づいていた。船さえなければそれは不可能だと考え、カピリャータの捕獲に使う一隻以外の船はすべて壊すよう命じていたが、誰かが隠し持っていたようだ。

 

 「いまさら逃亡して、ほかの町に状況を知らせても遅いのですけどね」

 

 ヘレーネの目的の一つ、被験体の確保はすでに終わっているといってもいい。シトリンによってヘレーネの命令を聞くようになった人々は、すでにヘレーネの住まう住居兼開発所に向かっている。

 

 おそらく今夜には、被験体(ルイアの人々)がすべてヘレーネの住居に集まっているだろうと考えていた。

 

 そしてもう一つの目的であるカピリャータの確保も、あとは自宅まで運ぶだけのところまで来ており、ヘレーネの人形になった彼らはそれを行う。すでにそう命じている。

 

 つまり、今海岸で逃亡を試みている彼らが、カピリャータの運搬を邪魔さえしなければ、どこで何をしてもヘレーネは構わないのである。

 

 「でもまぁせっかくですから、あの方たちも被験体に加わっていただきましょう」

 

 ヘレーネは薄く笑うと、魔力を貯め、全身を強化し、跳躍した。

 

 船の甲板に大穴を開け、すさまじい速度で海岸に跳ぶ。ヘレーネは小舟に向かって飛んだつもりだったが、運動センスのなさが祟ってわずかに反れ、船の隣で、小首をかしげながらこちらを見ていた少女に向かって突き進んでしまう。

 

 確保できる被験体が減ってしまうと危惧したが、とっさに少女は回避した。

 

 回避されたことに安堵したのもつかの間、ヘレーネは砂浜に激突した。スローモーションで見たなら、それはもう無様な着地であった。

 

 運動センスがない彼女に超速立ち幅跳びからの着地は無茶であったが、もちろんダメージはない。ルイアの町で見つけた自分好みの黒いドレスも無事。

 

 とにかく無様に砂に埋まる自分を見られまいとヘレーネは即座に立ち上がって軽く砂を払い落し、何事もなかったかのような立ち姿をとる。激突からここまで約2秒。巻き上げられた砂によって、この2秒間は誰にも見られることはなかった。

 

 「大砲? でも軍艦や海賊船には見えなかった」

 

 「大砲だなんて、私はそんな無粋なものじゃありませんわよ」

 

 飛んできた(わたくし)をはっきりと見たわけではないのですわね。と、着地時の無様な姿を見られなかったことを知って、ヘレーネは内心安堵した。

 

 

 

 

 「あなたは何?」

 

 エリーは問う。100メートル以上離れた船の上からものすごい勢いで飛んできた彼女は、間違いなく人間ではない。

 

 「(わたくし)はヘレーネ・オストワルトと申します。何やら町からの脱出を試みられているみたいですから、ほかの方と同じように私の被験体になっていただこうと思いまして」

 

 自身の名前と目的をヘレーネは答える。嘘を吐く必要を感じなかった。どうせすぐ自分の人形になる。そう思っていた。

 

 「サマラさん、コルワさんとおじさんと船で逃げて」

 

 エリーはヘレーネの名前に覚えがなかったが、彼女は間違いなく敵だと判断し護衛の仕事を全うする。


 「させると思いますの?」

 

 どこからともなくアトマイザーを取り出しながら、船を背に立つ冒険者の少女に問う。

 

 「思うよ」

 

 腰のショートソードを抜き、構えながらエリーは答える。

 

 ヴァンパイアの脚力に物を言わせ、蹴った砂を巻き上げながらエリーに近づく。船の前に立つエリーの脇を通り過ぎて、船を大破させること。ヘレーネが思いついた最もシンプルで簡単な勝利方法はそれだった。

 

 

 

 

 エリーは、この状況で一番まずいことを考える。


 自分が負けて、サマラやコルワ、一緒に逃げる手はずのゾーイ商会で出会った男が、ヘレーネに連れ去られること。

 

 エリーはそう結論付け、次に持ち込みたい状況を考える。

 

 船に乗って距離をとること。具体的には、ヘレーネが先ほどのように跳んできても届かないくらいの距離をとって、そのままグイドまで逃げ延びる。

 

 最後に、その状況に持ち込むにはどうすればよいか考える。

 

 自分が負けずに、船を壊されずに時間を稼ぐこと。

 

 エリーは、敗北条件は自身の敗北、船の破壊の二つ。勝利条件は、サマラ、コルワ、ゾーイ商会の男が船でグイドまで逃げ延びることだとした。

 

 ヘレーネは自分めがけて100メートル以上離れた船上から跳んでくることができた以上、船で海の上に出ても追撃を受ける。自分がここでヘレーネを引き付け、時間を稼がなければならない。そう理解した。

 

 

 

 

 自分に向かって走ってくるヘレーネを見て、エリーは目を凝らしながらショートソードを構える。

  

 まっすぐ突っ込んでくるけど、このまま私を攻撃してくるかな? たぶん私より船を先に何とかしたいはず……

 

 ヘレーネはエリーの武器の間合いの直前で右斜め前に方向転換する。そのまま間合いに踏み込まずに船の方に進路を修正……

 

 「おっとあぶない」

 

 修正しようと体を左に向けたとき、逆手に持たれたショートソードが、自分の胸に突き刺さろうとしていた。

 ヘレーネはとっさに右に回転しながら距離をとる。


 エリーは、ヘレーネが自分から見て左側に避けようとするのを直前で察し、右手のショートソードを逆手に持って、心臓狙いの刺突をもって追撃にでたのだ。


 「並みの冒険者の方なら、今のは防御をするところでしたよ? よく追撃できましたわね」

 

 エリーは何も答えないまま、船とヘレーネの間に立つ。

 

 「いいでしょう、先にあなたから片付けて差し上げますわ。お名前をお聞きしてもよいでしょうか?」

 

 「いや」

 

 エリーが名乗るのを拒んだと同時に、サマラ、コルワ、ゾーイ商会の男が乗る船が海に出た。

 

 それを見たヘレーネは、愉快そうに目を細める

 

 「あら残念。それじゃあゲームを続けましょうか」

 

 「ゲーム?」

 

 「あの船が私のジャンプの届かないところまでいけたら、あなたの勝ち。それまでにあなたが私に負けたら、私の勝ち。そういうゲームですわよね?」

 

 「……」

 

 「まぁ勝っても負けても、あなたは私のモノになりますけどね」

 

 この町で集めたどの被験体よりも強いであろう目の前の少女を、自分のモノにする。それに愉悦を感じたヘレーネは、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 完全に日の落ちたルイアの砂浜、真っ暗闇の海のすぐそばで、エリーとヘレーネは戦い始めた。


 光源が星のみであるため、ヒトの目では暗闇の中で何かが動いているようにしか見えないが、ヴァンパイア、ハーフヴァンパイアの目であれば、はっきりと相手の輪郭と動きを追うことができた。

 

 両者の有利不利は、見ればはっきりとわかるほどに分かれていた。

 

 常に攻め続けるヘレーネと、防ぎ続けるエリー。誰が見てもヘレーネが圧倒しているように見えるだろう。

 

 なんどもヘレーネの拳や足が振り抜かれ、数メートルを一瞬で移動する。ヴァンパイアの膂力によって、稚拙な動きの攻撃も強大な破壊力とスピードを帯びていて、空ぶるたびに周囲の砂が巻き上がる。

 

 そんなヘレーネの攻撃を、エリーは予備動作を察知し、一歩先に回避を行うことで避けきり続ける。

 

 エリーはとにかく攻撃を受けないことに重点を置き、手にしたショートソードも攻撃ではなく受け流しにのみ使っていた。

 

 ヘレーネはふと攻撃をやめ、真っ暗闇の海を見る。

 

 「思ったよりも粘りますわね。もうかなりの距離を稼がれてしまいました」

 

 汗一つ流さず、呼吸も一切乱れないままヘレーネは言う。

 

 「じゃあ、あきらめてよ」

 

 対してエリーは、集中力を削り続けたせいか息が少し上がっていた。汗も少しかいている。

 

 「そうですわね。あきらめましょう……素手で戦うことは」

 

 ヘレーネはエリーに向かって一歩踏み出した。

 

 次の瞬間にはエリーの目の前まで来ていた。

 

 「なっ」

 

 とっさに後ろに下がりショートソードを振ろうとするが、ヘレーネはそれを許さない。

 ヘレーネはショートソードを持つ手をつかんで引き寄せ、今まで使わずにいたアトマイザーをエリーの顔に向け、ポンプを引いた。

先頭描写はとても難しいですね。

滅茶苦茶に動き回るヘレーネと、それに対抗するエリーを想像してもらえたらうれしいです。

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