半ヴァンパイアは事情を知る
PCで執筆できる環境に戻りました。
久しぶりにPCが使えるので、執筆より放置していた他のことを優先してしまい遅れました。
物乞いのおじさんについて歩いていく。北西区の大通りから細い路地を進み、また大通りに出る。見かける民家はみんな白い壁に薄黒い染みがあって不気味で、生っぽい匂いは相変わらず私の鼻を突く。
ぼろぼろの服を着た物乞いさんたちを何人も見かけたけど、物乞いのおじさんについて行っているのを見た瞬間ギラギラした目を向けなくなった。すこしだけ、ほっとする。
「はじめはここじゃった」
一軒の民家の前で、物乞いのおじさんは立ち止った。
「おおい、居るか?」
「いるよ。客かい?」
「ある意味客じゃ」
民家の中に声をかけ、そんな会話を終えた後、仲から女の人が出てきた。
雑に切りそろえられた短い金髪の、褐色の肌の女の人だった。
「なんだ女じゃないか。そっちの趣味の人かい?あたしは構わないけどね」
んと、何の話?
「セバスターっていう性格の悪い金髪のイケメンを探してるんだけど」
私がそう言うと、女の人は物乞いのおじさんをみる。
「客じゃないじゃないか」
「まぁそういうな。客みたいなもんじゃ」
物乞いのおじさんは私があげたパンと水を少しだけ女の人に渡す。
「ふぅん? まぁいいよ。で、イケメンの性格の悪い男ね」
どうやら何か知ってて、教えてくれるらしい。
「名前は聞かなかったけど、たぶんあたしの客だね。憶えてるよ。酷い奴だった」
うん。解ってたけど、何かしら誰かに酷いって言われてるね。
「一発銅貨10枚ってことでヤらせてやったよ。金持ってそうだったからね」
うん?
「そしたらあいつ、一発終わった後も抜かないのよ。そのまま動き出したから『追加で金取るよ』って言ってやったの。そしたら『抜いてないから一発分だ』とか言って結局四発も」
「そんな話はしなくていいよ! その後どこに行ったかが知りたいの!」
何の話かやっと分かった。この人は娼婦なんだ。でもセバスターがどんな感じの情事をしたかなんて知りたくないよ。
「なんじゃ、恋人の浮気について聞きたかったんじゃないのか?」
「え、何言ってるの?」
え、恋人? 浮気? 私とセバスターが?
「ないない。というかなんでそう思ったの?」
「女受けしそうな顔だったからの。ほだされてコロリといっちまって、捨てられた口かと思ったんじゃが」
「あんな犯罪者みたいなのになびく女の人なんているの?」
「そうね。言動がまともならともかく、あれじゃあね」
つまり、”物乞いおじさんは私とセバスターが恋仲で、私はセバスターの浮気を調べに来た”と思ってたということらしい。だからわざわざセバスターが”遊んだ”相手を紹介してどんなことをしたのか教えようとしてたんだね。
勘弁して。
ほら、娼婦の人すらお断りな人だよ? いや娼婦の人たちを貶すつもりはないんだけどね。というか一晩で”あれ”とか言われるって、セバスターは何やったんだろう。
「『腹減った』とか言って勝手にあたしの夜食食べちゃうし、うちは宿屋じゃないのに勝手にベッドで寝るし、あんな傍若無人な客は初めてよ」
食欲、性欲、睡眠欲、全部に忠実だね。
「じゃあ次のとこ行くかの」
「次はどこに行ったの?」
「次も娼婦んとこじゃな」
「あの、最終的にどこに行ったか教えてくれない?」
「五件目の娼婦んとこまでは後をつけてみたが、飽きてやめてしもうたな」
そんなに娼婦のところに行ってたから”性欲が強い”とか言われるわけだね。というか王都に来る前に娼館に行ったんじゃなかったっけ? どれだけ持て余してるのかな。
しょうがないので、セバスターが五件目に訪れた娼婦の人に話を聞きに行った。
「ああ、ウチもあいつに一晩買われたよ」
うん知ってる。
「その、終わったあとのことが知りたいんだけど」
「ヤったあと? 確か、冒険者に会ってたね」
冒険者に会った? それだけじゃよくわからないから、詳しく聞きたい。
「もうちょっと詳しく教えて」
私がそういうと、物乞いおじさんが水をもう少しわけてあげた。そうしたら続きを話し始める。なんというか、強かだね。
「ウチの家から出たら、ぼろぼろになった冒険者がちょうど通りかかったんよ。何があったのか聞いたら、赤いローブの変な奴と出会って、襲い掛かって来たって言うのさ。その冒険者の仲間3人かやられて、そいつは一人逃げてきたってわけだね」
赤いローブの変な奴ね。
どうしよう、ただ遊びまわってて帰ってこないだけだと思ってたセバスターが、もしかしたら厄介ごとに巻き込まれてるかもしれなくなってきた。
「で、セバスターは『仇討ちしてやるから見返りに金貨10枚よこせ』って言って、冒険者は頷いちまってね。それからどうなったかは知らないよ」
うわ、絶対なにかあったよ。無理やりにでもユーアさんやアーノックを連れてくればよかったかも。私一人でなんとかなるかな……
「いつの出来事?」
「確か3日ほど前だね」
「そのあとどっちの方向に行ったかは覚えてる?」
「集団墓地の方だね」
そう言って北西区の西の方を指さして教えてくれた。集団墓地というのは、アンデッド襲撃事件の時に作られた墓地らしい。
かつて民家がたくさんあった場所で、墓標とかもない、ただ死体を埋めただけの集団墓地。お墓参りをする人も滅多にいなくて、物乞いも寄り付かない。瓦礫と土ばかりで建物も少ない。そういう場所らしい。
私が物乞いおじさんと一緒に歩いた辺りは、いわば物乞いさんたちの監視の目がある。いつもどこかから誰かに見られてるから、意外にも犯罪とかが起きにくい。でも、セバスターが向かった場所はそうじゃないんだろうね。
「ちなみに、そのぼろぼろの冒険者はどうなったの?」
「死んだよ。腹に穴が開いてたからね。どうしようもなかったよ」
「……そっか」
えらくあっさりとそう言った。きっとこの地区じゃ珍しくないんだと思う。なんの感傷もない感じだった。
「教えてくれてありがとう」
「次は客連れてきてね」
娼婦の人とさよならして、物乞いおじさんに話しかける。
「おじさんもありがと、助かったよ」
「案内はもういらんのじゃな?」
「墓地のあたりは物乞いさんたちいないんでしょ?」
この物乞いおじさんは私があげたパンや水を交渉材料にして、ほかの物乞いさんや娼婦の人からいろいろと話を聞いていた。持ちつ持たれつの横のつながりを持ってる人っぽい。でも、こういう言い方は良くないと思うけど、物乞いさんのいない場所ではたぶん役に立たない。
なにより、危ないかも知れない。
「そうじゃな。わしが行ってもやることがないじゃろう。また北西区に用事がある時はわしのところに来るんじゃぞ」
物乞いおじさんはそう言って、私が最初に話しかけた通りの方に帰っていった。定位置でもあるのかな。
「さて」
空を見上げてみる。ちょうどお昼ぐらいの時間だと思う。
実は王都の南東区で、ピュラの町のパン屋さんと同じくらいカチカチのパンが売っているのをを見つけて、買ってきている。ちょっと味が違うけど、久しぶりのこの歯ごたえを味わいつつ、集団墓地の方に歩き始める。
「こんな昼間に幽霊なんて出ないよね」
明るいうちにセバスターを見つけて連れ戻したい。幽霊がどうのこうのじゃなくて、マーシャさんに心配をかけたくないから、夕方には帰りたい。でもセバスターが変なことに首を突っ込んでるっぽいんだよね。
一度戻ってユーアさんやアーノックにわかったことを伝えようかとも思ったけど、やめておくことにする。
話に出てきた赤いローブの変な奴は、冒険者4名をあっさりと倒して、殺してしまうような奴らしい。だから、できればすぐに見つけてあげたい。
昼間で効果が弱まるとはいえ、ヴァンパイアレイジはちゃんと使える。大丈夫、なんとかなるよ。