半ヴァンパイアは怒る
交流特区からピュラの町に戻ってきて、忘れていたことを思い出したとき、私はマーシャさんの味方になりたいって思った。
自分がハーフヴァンパイアでも構わないとも思った。
きっと私がハーフヴァンパイアでも、マーシャさんは受け入れてくれると勝手に決めつけていた。
受け入れてくれたら、血を飲ませてもらえるかもなんてことも思った。
なんて甘いことを考えてたんだろう。
「これなんかどう? 似合いますか?」
これからも、いままでと同じように、ハーフヴァンパイアの部分はマーシャさんに見せないようにしないといけない。
「エリー?」
私はハーフヴァンパイアとしては、受け入れられていないから。
「聞いていますか? お~い」
でもそれは今までと同じ。何も変わらない。きっとそのうち、こんなこと気にならなくなる。もういい。
「エリー? ねぇエリー? ねぇって……」
私は人間にはなれない。でも、それは1度理解して、納得したことなんだから、もうこれで……
「エリザベス?」
「エリザベスって誰?!」
「やっと反応してくれた。さっきからずっと呼んでるのに」
物思いに耽って聞いてなかった。えっと、確かマーシャさんと一緒に買い物に来てたんだっけ。
「見てくださいよこのデザイン。大胆におっぴろげてますよ」
マーシャさんがハンガーにかかってる白いワンピースを持って、体に当ててどんな感じの服なのか確認してる。
「おっぴろげって……」
首周りがかなり空いてて、マーシャさんが着ると肩とか胸元とかが大胆なことになるだろうね。それにしても、"おっぴろげ"とか言わないで。
「さすが王都の店ですね」
「そう?」
「そうですよ。新品の既成服がこんなに沢山あるなんて、私の職場では考えられません」
「そうなんだ」
マーシャさんの働いてるお店、実は行ったことがない。私の服は昔のパーティメンバーにもらった物ばかりで、私自身服屋さんにはほとんど行ってない。
「あんまりわかってないでしょ」
「うん」
正直、何がどうさすがなのかよくわかってない。
「それなら後で教えてあげます。そしてフリフリがいっぱい着いたかわいい服を着せてあげましょう」
マーシャさんはそう言って、レジに向かってスタスタと歩いて行ってしまった。
「このワンピースください」
おっぴろげとか言ってたのに、買っちゃうんだ……
「ふう、いっぱい買っちゃったね」
「楽しかったですね!」
服屋さんに行ったあとは小物売りの露店を見て回り、お昼にお肉が挟まったパンを食べて、お菓子やお茶っ葉なんかも買ってしまった。どれもそんなに高くはないけど、数が多い。
「一緒に買い物に行く約束、守ってくれましたね」
「ちょっと買いすぎた気もするけど、楽しかったならよかった」
2人乗で買ってきた荷物を開封して、片付ける。そのうちピュラの町に戻るから、忘れ物しないようにいくつかのバッグに分けて1ヶ所に置いておけばいいかな。
あ、お茶は台所においておいた方が……
「エリー?」
「なに?」
呼ばれて振り返ってみると、マーシャさんは服屋さんで買ってきた、あのおっぴろげワンピースを着てた。
「どうですか?」
「……うん、良く似合ってるよ」
背の高いマーシャさんの白いワンピース姿は、涼しげな感じがして良いと思う。ただ、私の目は露出している肩から首の辺りを見てしまいそうになる。
私がハーフヴァンパイアだってわかってるくせに、どうしてこう、無防備なんだろう。
「ありがとうエリー。でも、やっぱりすこし寒いですね」
「もう秋だからね。改めて見ると、そのワンピースは夏服だと思うよ」
「改めて見なくても夏服です」
「なら何で買っちゃったのかな」
「欲しくなったからですね」
「そう……」
あんまりマーシャさんを見ると、マーシャさんの首や肩ばっかり見ちゃいそうだし、もう会話を切って片付けにもどろう。
お菓子は缶の入れ物にまとめて、小物は一個のバッグに入れて、それから服は……
「エリー」
「なに?」
買ったものが多いとは言え、片付けるのにそんなに時間はかからない。大体片付け終わったから、マーシャさんの方を振り替える。
「ハグしていい?」
唐突過ぎる。
「え、いいけど……と言うかまだワンピース着てたの? 寒いんじゃンブ」
私がまだ話してるのに、"いいけど"と言った瞬間からマーシャさんはスタスタと距離を詰めてハグを慣行する。
首もとに暖かくて柔らかいものが触れる。男の人なら大歓喜な感触なんだろうけど、私的には敗北感を感じずにはいられない。
「マーシャさん」
「なんですか?」
「いつまでこうしてるの?」
「んー? もう少し」
"もう少し"ね。美味しそうなところが目と鼻の先に来てて、正直すぐに離れたい。つい噛みつきそうになる。
「まだ?」
「まだです」
「……まだ?」
「あとちょっと」
「もう、いい?」
「はい」
10分くらいして、やっと離れてくれた。
「ふむ……」
マーシャさんはなぜか不思議そうな顔で私をみる。
「なに?」
「いえ、目が黄色くなるかなと思ったんですが、なってないですね」
……何だって?
「もしかして、ハグして、肩とか首とか、わざと見せてたの?」
わざと飢餓状態になるようなこと、してたの?
「え、」
「そのワンピース買ったのって、こんなことするため?」
季節外れなワンピースを買うなんて、おかしいとは思ってた。マーシャさんは服屋さんで働いてるんだし、その辺りは詳しいはずなんだから。
「エリー、もしかして怒ってます?」
怒ってる? うん、怒ってるよ。なんだか裏切られたような、嘘を吐かれたような、そんな気持ちだよ。
「私のこと人間だって言ったくせに、どうして、そう言うこと、」
怒り慣れてないせいか、うまく言葉が出ない。出ないけど、なんとしても言う。言わなきゃいけない。
「どうしてって……」
「私の体質で遊ばないでよ。好きで目が黄色くなったり、血を吸いたくなったりしてるんじゃないよ」
「……ごめんなさい。考えなしに行動してしまいました」
謝ってくれたけど、きっと、マーシャはまだちゃんとわかってない。
マーシャさんが私で遊ぶのなんて、考えてみればいつものこと。それだけでこんなに怒ったりしない。
「マーシャさん」
うつむいてしまったマーシャさんの手を取る。今は顔を見たくないから、私は取ったマーシャさんの手を見る。
「マーシャさんは私が我慢できなかったとき、一番危険な場所に居るんだよ?」
「……そう、ですね」
本当に、危なかったかもしれない。昨日ヘレーネさんに血を飲まされていなければ、確実に飢餓状態になってた。
もし衝動に負けて無理やり血を吸ってたらと思うと、怖くて仕方ない。
もしそうなって、マーシャさんに怖がられて、嫌われたら、きっと心が折れてしまう。
「マーシャさんは私が我慢できなかったとき、一番危険な場所に居るんだよ?」
そう、私が一番エリーに血を吸われやすい。
つまり、エリーが一番血を吸いやすいのは私ということ。
都合がいい。
レーネに教わった、相手を自分に依存させる方法。
いくつか教わったけれど、エリーが相手なら簡単だと思う。
血を吸うのはダメだと伝えておいて、そのあとエリーの意思で私の血を吸わせる。
これだけでいい。
エリーにとって、私だけが血を吸わせてくれる存在になる。
だから『血を吸ってもいい』とは言わない。
最初は『私から血を吸ってもいい、ただし他の人からは血を吸ってはならない』と言うつもりだったけど、それではダメ。エリーはきっと私から血を吸うのも我慢してしまう。
エリーが自分の意思で、あるいは衝動に負けて、私の意思や都合を無視して吸血する。それが大事。
エリーはきっと負い目に感じる。私を傷つけたと思って自分を責める。
そうなったらひたすら慰めて、蕩けるまで甘えさせて、好きなだけ血を吸わせる。
そうすればきっと、エリーの方から私を求めるようになる。
私が目指すべきはそこだと思う。
昨日、レーネがエリーに血を飲ませるところを見て、正直驚いた。
でもエリーを怖いとか、魔物だとは思わなかった。
むしろ、エリーの吸血衝動は利用できると感じた。レーネは私にそうさせるために、わざわざ私の目の前でエリーの正体を暴露したに違いない。
今日は失敗した。
エリーを怒らせてしまった。露骨にやり過ぎた。
ごめんねエリー。
私は反省しました。
次はもっと上手にやります。
きっと、血を吸わせて見せます。
遅くなりました。未だにスマートフォンで執筆してるんですが、操作ミスで何度も書いた文章が消えてしまって、モチベーションを下げてしまって遅くなりました。パソコン環境に早く戻りたいです。
誤字報告ありがとうございます。沢山誤字があって恥ずかしい。