蠱毒姫は追い詰める
予想どおりというか、マーシャさんの同居人と言うのはエリーさんでしたね。髪と瞳の色を変えていましたが、一目で私だと気づいたようです。びっくりしてましたわね。
「この宿屋の部屋を借りてるんです。レーネの部屋と比べると少し見劣りするかもしれませんが」
マーシャさんはとてもフレンドリーな方で、とてもにこやかにお部屋まで案内してくれるのです。案内してくれるのですが、エリーさんからはものすごく警戒されていますね。
「ヘレーッ」
あらあら、エリーさんたら私を本名で呼ぼうとしましたわ。レーネと名乗りましたのに忘れちゃったんでしょうか? 思わずエリーさんのかわいいお口を塞いでしまいました。
「お忘れですか? 私はレーネ、ですよ?」
お口を手で塞いだまま耳打ちしますと、コクコクと頷いてくれました。どうしましょう、怯えさせてしまったかも知れません。
「どうかしました?」
「何でもありませんわ」
「そう? エリーも元気がないですね。やっぱり遠出から帰ってきて疲れてるんですね」
無理せず休んでくださいね。と付け加えて、マーシャさんはいくつかある扉の1つを開けました。そこがマーシャさんたちのお部屋なのですね。
ベッドが2つ、机が1つをに椅子が4つ。キッチンもありますね。流石南東区のお高い宿屋さん、小綺麗なお部屋ですわね。
「さ、レーネは座っててください。私が庶民のお茶とお茶菓子を用意してあげます。エリーからもルイアで何があったのか聞きたいですが、疲れてるなら無理せず休んでくださいね?」
「大丈夫! 全然つかれてないよ!」
まぁそう答えるしかないでしょうね。エリーさんは私からマーシャさんを守ろうとしてるのですから、私やマーシャさんと離れることは出来ません。エリーさんなりに色々考えているんでしょう。
まず、私の正体はマーシャさんには言わない。というか言えないと思ってますね。言えば私が口封じするとお考えなのでしょう。同じ理由で私が困るであろうことは言わないようです。
次に、私の不意をついて殺そうとは考えていないようですね。このお部屋に入るまでの間に攻撃してこなかったと言うことは、恐らくそう言うことでしょう。なぜですかね? 真っ先に考えそうなことだと思うのですけど。
「はい、紅茶です」
隣に座るエリーさんを眺めながら考え事をしていると、マーシャさんが紅茶をお出ししてくれました。
「お茶菓子はスコーンです。安く買ったものですけど、それなりに美味しいですよ」
マーシャさんは何故かものすごく急いでスコーンをお皿に盛って机の上に置きました。そんなにせっかちな方ではなかったと思うんですが、どうしたのでしょう?
「さて、ルイアで何があったのか聞きましょうか!」
「そうですわね。あ、その前に今の時間を教えてくださいな」
「門限があるんですか? 今は午後4時ぐらいですね」
「門限はありませんわ。なんなら一晩中お話し出来ますよ」
日が沈むまで、あと3時間から4時間というところでしょうか。待っていれませんわね。もういいでしょう。
「それにしても……」
私は席を立ち、机を挟んで座るマーシャさんに近寄ります。エリーさんは私から何か不穏な空気を感じたのでしょう、マーシャさんを守るべく私の前に立ちはだかります。エリーさんの身長がもう少しあれば様になっていたかもしれませんね。
「エリー? どうしたの?」
「……」
エリーさんは答えません。なんと答えれば良いのかわからないのでしょう。それなら、私が答えて差し上げましょう。
「マーシャさんを私から守ろうとしているんですよ」
「……ん? どういう意味ですか?」
マーシャさんは意味がわからないと言ったお顔で私とエリーさんを見ています。エリーさんは、面白いお顔ですわね。え? 言うの? というお顔でしょうか?
「それにしても、マーシャさんのお肌はきれいですわね」
「ええ? まぁその、ありがとうございます?」
「ちょっと、髪をこう後ろでまとめてみてくださらない?」
「は、はあ、いいですけど」
マーシャさんの長い金髪は首筋やうなじを隠していました。なので今までよく見えなかったのですけど、今はっきり見えました。
「本当にきれいなお肌ですわね。ああ、もう髪を下ろしてもらって大丈夫です。ついでに手首も見せてくださいな」
「はい、どうぞ?」
私が差し出された手首をよく見ようとしますと、エリーさんは私をマーシャさんから遠ざけようと押して来ます。ちゃっかりヴァンパイアレイジ使ってますね? 押し返せていませんけど。
「仲がいいんですね」
「いえいえ、エリーさんは私からマーシャさんを守ろうと必死なんですよ?」
「さっきからなにを言ってるんです?」
さあエリーさん、どうしますか? このままだと私、色々喋りますわよ? 私の正体も、エリーさんの正体も……
「……ぃで」
あらあらあらあら、力ずくで止めると思ったのですけど、違いましたね。
「なんですか? よく聞こえません」
「言わないで」
あ~あ、それを言っちゃうと、隠し事があるって事がバレてしまいますよ?
「エリー? どうしたんですか? 何か私に」
あ、これは面白くなりそうですね!
「そうですよマーシャさん。エリーさんはマーシャさんに隠し事があるんです」
「ッッハァッ」
おっと危ない。危なくショートソードで切り裂かれるところでした。もうなりふり構っていられないようですね。
「エリー?!」
せっかくですし、アラン対策のお薬を試してみますか。ハーフヴァンパイアなら効くはずですし。
「ふ、、、え?」
もう一度ショートソードで私を斬ろうとして、失敗しました。ショートソードを取り落とし、足腰が不安定なのか座り込んでしまいます。まぁ仕方がありません。飢餓状態ですもの。
「この臭いは……」
エリーさんは早くもお薬の正体に気づいたようですが、そんなことより私は早く言いたい。言ってしまいたいのです。
「マーシャさん。エリーさんの隠し事が気になりますか?」
「気になります」
マーシャさんたら即答ですね。それなら教えて差し上げないと
「でもまずこの状況の方が気になります。一体なんなんですか?!」
ああ、そうですわね。マーシャからしたら、訳がわからない状況なんでしょうね。エリーさんも無力化しましたし、ゆっくりお話ししましょうか。
「はあ、それじゃあ先にこの状況から説明しますわね。先に言っておきますけれど、マーシャさんは今とても危ない状況なんですよ?」