半ヴァンパイアは脅される
王都に帰って来たのは、お昼を過ぎた頃になった。
「下水道に戻るとする。貴様はどうする?」
門をくぐってすぐ、シュナイゼルさんはそう聞いてきた。どうする? というのはもしかして、一緒に下水道に来る? という意味だったりするのかな。
「私は宿に戻るよ」
「そうか」
マーシャさんが待ってるし、ユーアさんやセバスターも……私がいない間にマーシャさんがナニかされてないか心配になってきた。
「シュナイゼルさんは、どうするの?」
一応聞いてみる。
「やることは変わらない。下僕を集め、来るべき日に備え、認めさせる。ギドには無理と言われたが、それでも止めるわけにはいかない」
「そっか」
思ったよりしっかり答えてくれた。シュナイゼルさんは下水道に降りる場所に向けて歩き始める。
「それじゃあね」
「何かあれば下水道に来るがいい。ギドに会いに行くより容易いだろう」
振り返らずに、そう言ってくれた。ありがたい事なんだけど、下水道をマイホームあつかいなのはどうなんだろうね?
南東区にある私達が部屋を借りている宿に向けて歩く。改めて見てみると王都は人が多い。物も多い。ピュラの町より道が広いのに、人や露店が多くて狭く感じる。
白い髪の人、私と同じ茶髪の人、金髪の人、赤い髪の人もいる。キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、長い金髪の女の人が、同じく長い茶髪の女の人と歩いているのが見えた。金髪の方は間違いなくマーシャさん。後ろ姿でも見間違えない。
買い物でもしてるのかな? 隣にいるのは誰だろう。この前言ってたレーネって人かな?
「マーシャさーん」
とりあえず近づいて声をかける。わざわざ宿で帰りを待つ理由もないし、一緒にいる人がどんな人なのか気なるからね。
「エリー? ああ、帰ってきたんですね。お帰りなさい。」
振り返った姿はやっぱりマーシャさんで、私を見つけてお帰りを言ってくれる。
「ただいま。そっちの人は?」
「前に少しお話しした、レーネです。王城に出入りできるすごい薬師なんですよ?」
マーシャさんに紹介されて、茶髪の女の人はゆっくりと私の方を見た。わずかにカールした長い髪と、白すぎる肌、切れ長の目。
「やっぱり、エリーさんでしたか。実はそうじゃないかと思っていたんですよ?」
髪と瞳の色が違う。でも、それ以外は完全に一致する。数ヶ月前に私が初めて遭遇したヴァンパイア。
「なんで、」
今は昼間で、晴れていて、普通にお日様に照らされてるのに、なんで当たり前のようにここにいる。おかしい。ヴァンパイアが昼間にこんな往来を歩くなんて、あり得ないはず……
「お久しぶりですね? ルイアで一緒にゲームをして以来ですか。レーネです。覚えています、よね?」
間違いなく、この人はヘレーネさん。ルイアでゲーム……というのは、砂浜でヘレーネさんが勝手に言い出したこと。それを知ってるってことは、間違いない。
こんなところでヘレーネさんと再開するなんて思ってなくて、知らない間にマーシャさんと親しくなってるなんて知らなくて、どうしていいか、わからない。
今すぐヴァンパイアレイジを使って、マーシャさんを連れて逃げれば、もしかしたら逃げ切れる? 無理。私1人じゃ、マーシャさんを守りきれない……勝てる気も逃げ切れる気もしないよ。
「覚えてるよ」
しらを切ることも考えたけど、それは危ないと思う。今はヘレーネさんの思う通りに返事をするべき。
「ええ?! レーネはエリーと知り合いだったんですか?」
「はい、実はルイアの町で出会っています。マーシャさんから色々聞いているうちにもしかしたらとは思っていました」
だって、マーシャさんが手を伸ばせば届く距離にいて、ヘレーネさんはいつでも暴れることが出来るから。
「そうだったんですか。ところで、ルイアの町でエリーと何をしたの?」
「ゲームをしました。それはもう楽しかったですよ。夜遅くまで、2人きりで楽しみましたよね?」
きっと、ここで私がヘレーネさんにとって困るようなことを言えば、ヘレーネさんは暴れると思う。
だって今も、マーシャさんに気付かれないように、私にだけ、見えるように、あの香水吹きを手で弄んでる。
「そう、だったね」
『いつでも殺せるんですよ?』
そう、伝えているように見えるから。
私を見下ろすヘレーネさんは、真っ赤ではなく茶色の瞳で嬉しそうな笑みを浮かべている。本当に嬉しそうで、凄く、怖い。
「どんなゲームしたんですか? 詳しく聞きたいです!」
「それはもう熱い夜でしたわ。ねぇ? エリーさん?」
「う、うん」
「詳しくです! 何がどう熱かったのか知りたいです! ここじゃなんですね。私達の部屋で詳しく教えてください!」
「待って! そ、それは」
ダメ。危なすぎる。ヴァンパイアを招くなんで、住んでいる場所も知られるなんてダメに決まっている。
「あら、是非うかがいたいですわ。いいですよね? エリーさん」
「ダっ」
ダメと言おうとして、言えない事をもう一度理解させられた。肩を抱けるほどマーシャさんとヘレーネさんは近くにいて、ヘレーネさんの袖から針のようなものが飛び出している。針の先はマーシャさんの首を指していて、ヘレーネさんがその気になればいつでもマーシャさんを……
「……うん。いい、よ」
スッと針が袖の中に引っ込んだのが見えて、本の少しホッとした。
「じゃあ早速行きましょう。夕食まで時間がありますし、じっくり2人がどんな夜を過ごしたのか聞かせてもらいますね!」
もう、ヘレーネさんを宿に招くことは阻止できないかな。でも、なんとしても、ヘレーネさんからマーシャさんを守らないといけない。ホッとなんてしてられない。
「ええ、詳しくお話ししますね」
楽しそうなヘレーネさんの声を聞きながら、私はどうやってヘレーネさんを早く帰らせるかを考えはじめた。