半ヴァンパイアは遭遇する
「最初に起こった事件は三日前のことでした。この町の冒険者の店すべてが、一晩のうちに襲撃を受け、店主も、襲撃時にいた冒険者も全員殺されていたそうです」
変なおじさんは語り続ける。
「どのような殺され方だったかはわかりません。調べたのはこの町の兵士なのですが、詳しいことは街の人に知らされなかったのです。そして駐屯地から”この事件は複数人の計画的な襲撃である。この町のどこかに潜んでいる可能性が高いため、解決するまで町から出ることに制限をかける”と発表があり、取り調べのために町の人々を駐屯地に召集して、取り調べで問題ながければ開放していました」
私たちは黙ってお話を聞く。
「問題はそのあとなのです。取り調べから解放された人たちは、20人ずつの集団になって、兵士を数人を伴なって町の北門から出て行ったのです。そのあと帰ってきた人はいませんでした。不審に思った人は兵士たちや、兵士をまとめているジェイドという男に問いただそうとしました。しかし彼らは、冒険者を襲った可能性があるとして取り調べをうけ、他の人と同じように北門から出ていきました」
ふむ。具体的な理由はわからないけど、”取り調べ”とやらを受けると、自分で町から出て行って戻らないってことかな。
「この町から逃げようとした人もいましたが、門番の警告を無視して町を出ようとすると殺されてしまいました。”逃げようとしたのは冒険者の店を襲った犯人だからだ”ということにされてしまうのです。取り調べを拒否しても同じ疑いをかけられてしまい、結局この町のほとんどの人は取り調べを受けて町から出て行ってしまったのです」
ここでサマラさんが質問する。
「もしかして、今日この町に来た私たちも、今町を出ようとしたら殺されてしまうのでしょうか?」
冒険者の店襲撃事件の後に来た行商人なんだから、疑われたりしないよ。
「はい、おそらく門番に、町を出るなと警告をされるでしょう。無視すれば殺されてしまいます」
「え? 今日来たばかりの私たちも疑われるんですか?」
おかしいよ。それはおかしい。つい聞いてしまった。
「エリー、よく考えてください。そもそも町に人がいなくなったのはなぜでしたか?」
コルワさんはむしろ変なおじさんの回答に納得してるみたい。
「えっと、取り調べで何かされたからですか?」
「具体的に何をされたかはわかりませんが、そういうことです。で、取り調べをしたのはどこですか?」
あ、駐屯地だ。兵士さんの本拠地みたいなところのはず。
「ああ、町の人がいなくなったのは、つまり兵士さんたちの仕業なんですね」
「兵士の、というより兵士に命令できる何者かの仕業と考えるべきでしょう。おそらく彼らは、取り調べを受けていない人が町から出ることを防ぎたいのです」
なぜ町から外に出さないのか。町の状況を外に知られたくないからに決まっている。兵士たちの行動には後ろめたいことがあるってことだね。
私が納得すると、変なおじさんは話を続ける。
「今この町には、兵士たちに見つからずに済んだ数人と、門番をしている兵士くらいしかいません。どうかお願いです。この町の状況を、グイドの町まで行って伝えてはもらえないでしょうか」
「なぜグイドなのでしょうか? この町に一番近い町はピュラですから、そちらのほうが早く対応できるのでは?」
サマラさんが問う。
「ピュラの町は内陸ですから、馬車で向かうことになるでしょう。馬車に乗り、門番を蹴散らして町を出ようとした人はいましたが、全て馬を殺されて失敗しました。なのでお勧めできません。次にサイローンは、ルイアの北側にあります。取り調べを受けた人は北門から出て行ったので、北側に何かがあると私は考えています。なのでこちらもお勧めできません」
「つまり、消去法でグイドですか」
「いえ、なによりの理由は、グイドが海の近くにあるからです。船を一隻お譲りしますので、海路でグイドに向かっていただきたいのです。おそらく一番安全に向かえる方法です」
う~ん、門番二人くらいなら私がやっつけられると思うけど、サマラさんは考え込んでるね。余計なこと言わないほうがいいかな? いやいやちゃんと相談しよう。
「門番二人くらいなら、私が倒せると思いますよ。武器が長槍でしたし」
私が一人で門番を片付けて、それから変なおじさんも載せて馬車でピュラに帰る。これが一番いいと思うな。
それに長槍は隊列を組んでぶつかり合うならとても強い武器だけど、個人対個人だと扱い辛い武器だし、私はハーフヴァンパイアだからね。フィジカルで圧倒できると思う……夜ならね!
「いえ、ここは海路で行きましょう。門番が二人だけとは限りません。安全な方法があるなら、そちらにするべきです」
あ、そうですか。はい……まぁもし私がやられちゃったら困るのはサマラさんたちだしね。
「それでお金の話なのですけど……」
サマラさんお金を要求し始めたよ。ひどい! こんな状況でもお金を取るなんて! っと思わなくもないけど、注文の商品を運んできたから巻き込まれたわけだし、その商品のお金も払われないままお使いを引き受けることになっちゃったからね。報酬の約束くらい取り付けるのが普通なのかも……?
変なおじさんから町のことを聞いたあと、私たちはその商店、ゾーイ商会っていう名前らしいんだけど、そこから小さな船を馬車にのせて海岸に向かっていた。
太陽が後ろから馬車を照らしていて、あまり大きくない船が、海に向かって縦長の影を落としている。
町の白い壁が夕日を受けて赤みがかり、反対側に濃い影を落とす。人のいない町の風景は殺風景に見えて、キレイなようにも感じる。
石畳の上を走る馬の蹄と、馬車の車輪がたてるガタガタという音以外は何も聞こえなくて、私はただ暗く染まっていく東の海を見ていた。
誰もしゃべらないまま東の海の砂浜付近まで来た。日は沈みかけていて、足元の砂浜が灰色に見えてちょっと怖い。
「船を降ろすわ。コルワ、エリーちゃん、手伝って」
同行した変なおじさんの指示に従って、ゾーイ商会の馬車の荷台の壁を外してスロープを設置して、ボートベースごと船を降ろし、砂浜の上を押していく。
あと少し押せば海に浮かぶところまで押したら、馬車に積んできた最低限の荷物を船に積み込む。馬車とは結構距離があって、4人ではぁはぁ言いながら船と馬車を往復していると、太陽はほとんど町の西側の防壁に隠れてしまっていた。
最後の荷物を私が持って船に向かうとき、ふと海が気になってみてみた。
「……何か浮かんでる?」
あれはたぶん船だと思う。結構離れているけど、ハーフとはいえヴァンパイアの視力を舐めてはいけない。間違いなく船だと思う。
私の独り言だったのだけど、コルワさんが聞いていた。
「浮かんでるって、海にですか? 暗くて私には何も見えないのですけど」
私は船の上にいるコルワさんに最後の荷物を持ち上げて渡しながら、じっと海の上に浮かぶ何かに目を凝らしていた。
「船が見えます。こっちに向かって来てますね。町の異変を察して海に逃げた人がいて、戻って来たとかですかね?」
コルワさんは”ん~?”って目を凝らしながら答えてくれる。
「あ、私にも見えました。私も船で間違いないと思います。でも海に逃げた人がいたとして、戻って来る理由は何でしょう? 私たちのようにグイドあたりの町に逃げるはずでは?」
「それもそうですね」
二人そろって首をかしげながら、近づいてくる船を眺めていると、サマラさんが後ろから声をかけてきた。
「ほら二人とも、いいから船に乗っちゃって。何が見えるのか知らないけど早くこの町から」
サマラさんがそこまで話したあたりで、海の上の船が突然大きく揺れた。
私はその瞬間、私の方に向かって大砲のような速度で飛んでくる、赤紫の何かが見えた。
「危ないっ」
とっさにサマラさんを船の方に突き飛ばす。私も一緒に船の後ろに転がり込む。
直後、私とサマラさんが立っていたあたりに、何かが、恐ろしいほどの殺傷性を持つ速度で着弾した。
聞いたことないような風切り音と強烈な風圧をまき散らして、大量の砂をぶちまけてくる。
声が出ないくらいびっくりしてるサマラさんを、とにかく抱きしめて風圧と砂の嵐から守る。船の上にいるコルワさんは、守るのが間に合わなかったけど、距離的にいきなり死ぬような衝撃は受けてないと思う。
風圧が収まって、巻き上げられた砂が雨のように降ってくる。サマラさんの顔を胸で覆うように抱きしめていたので、念のため収まるまでこうしていよう。
……収まったかな?
サマラさんを離して立ち上がる。振り返ると見事に砂浜がえぐれて、そこに海水が流れ込んでいた。
「大砲? でも軍艦や海賊船には見えなかった」
そもそも大砲って船の横方向にあるものじゃなかったっけ? 艦首をまっすぐこっちに向けて撃てるものなの?
「大砲だなんて、私はそんな無粋なものじゃありませんわよ」
私の独り言に返事が返ってきた。もちろん今回はコルワさんじゃないよね。
声のした方、飛んできた何か着弾したところを見ると、赤紫の髪と赤い瞳、夜でもよく見える白い肌に真っ黒なドレスを着た人が立っていた。
ヘレーネとエリーの話では書き方少し違いますが、どちらがいいのでしょうかね。
次話からはとりあえずヘレーネの話のように書いてみます。