半ヴァンパイアは墓参りをする
オリンタス山の洞窟で、喋るスケルトンのギドに今まで起こったことをいろいろ話した。シュナイゼルさんと会ってここに来るまでの経緯だけじゃなくて、初めて王都に来ることになったきっかけのルイアでヘレーネさんと戦ったところから今日までの出来事のほとんどを話した。
「めちゃめちゃ苦労してんなぁ」
という感想をもらえた。一言で済まされるとちょっと悲しくなってくる。というかその苦労の一部はギドが私を間違えて攫っちゃったせいでもあると思うんですけど。ねぇ? そのあたり何か一言ないの? 今となっては文句もないけど。
「で、地下でシュナイゼルに出くわして、シュナイゼルがご主人様に会いたいのと、エリーがご主人様や吾輩の仲間だってことを証明するためだけにわざわざ来たのかぁ?」
「だけって……下水道で何してるのか聞けるからいいの」
ギドはバンダナ帽子の上から頭をカリカリとひっかいて、それからこう言った。
「聞かなくてもわかりそうなもんだけどなぁ。ギルバート様を連れ帰ったとき、ご主人様から200年前のことをいろいろ聞いてただろ?」
そう言えば聞いた。
「話の中でクレイド王国がヴァンパイアを滅ぼそうとしたとき、魔術師のご主人様が普通に傭兵やってただろぉ? 当時は魔術師が悪しきものだなんて思われてなかったんだ。ご主人様がギルバートを取り返そうとアンデッドで王都を襲撃したのがきっかけで、クレイド王家が死霊術士、ひいては魔術師を悪しきものと決めたんだ」
「え、ご主人様がきっかけでそうなったの?」
「まぁそれだけが理由じゃないだろうけどなぁ。人間至上主義で排他的な王様だったはずだぁ。元から魔術師が嫌いで、きっかけさえあれば迫害したと思うぞ。気に食わねぇ奴はみんなお国の敵にしちまえって感じでな」
「酷い王様だね」
「それを踏まえて、200年前のことをちゃんと覚えている魔術師のシュナイゼルが王都の下水道で何かをしているわけだぁ。目的は何だと思う?」
なんだろう、もう200年越しに王家に復讐する、とかかな。
「まぁ本人に聞け。今のはただの推測でしかねぇし、教えてくれるってんなら聞けばいいだけだぁ」
「うん、そうだね。聞いてみるよ」
聞いて、どうするんだろう。単純に気になるし、たぶん下水道の異臭と関係がある。でも、聞いて何になるのかな。もう依頼は受けていないし、聞いても何にもならない。それに私の予想通り王家に復讐するため、なんて言われたら、それこそどうしていいかわからないよ。
「私には、関係ない」
そんな言葉が口をついて出てしまった。逃げるみたいに、言い訳みたいに、ポツリとつぶやいた。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
別にいいよ。シュナイゼルさんの目的が何であっても、関係ない。というかまだ聞いてすらいないのに、何を考えているのか。
「シュナイゼルさんは?」
「墓参りするっつうから、ご主人様とギルバート様を埋めた場所を教えておいたぜぇ。エリーも墓参りするかぁ?」
「する。というかここに着いたら真っ先にするべきだったね」
「別にいいと思うけどなぁ」
ギドと一緒に洞窟の出口に向かう。ギドの革靴のカツンカツンという足音が洞窟の中で反響する。前に一緒にこの洞窟で暮らした時はギドは裸足だったから、今とは少し足音が違う。一緒に洞窟を歩くのは懐かしいけど、今と昔は別物なんだって思わされる。ちょっと寂しい。
洞窟を出ると一気に明るくなる。目に悪い眩しさ。結構長くギドに話を聞いてもらっちゃってたけど、まだ午前中だから太陽は東側にある。すごく日が眩しい。もっと曇ってほしい。
「こっちだ」
「うん」
黙ってギドについていく。海賊っぽい格好になったギドが山道を進むのがおかしくて、ちょっと笑いそうになった。山道を歩きなれてるのが目に見えてわかるから、なおさら面白い。たぶん本人に言ったら”吾輩は海賊だ!”とか言って怒るんだろうね。
ギドは洞窟からほんの1分も歩くか歩かないかのところで足を止めた。シュナイゼルさんが座り込んで、じっと土が盛り上がったところを見ている。たぶん、そこにいるんだろうね。
「ギド、墓石くらい置いたらどうだ」
「そんなもん置いたらそれが墓だって一目でバレちまうだろぉが」
「誰も来ないだろう」
「もしものことがあるかもしれねぇだろぉ? 備えを怠るのはご主人様が嫌うことだったと思うぜぇ?」
「墓だと気づかれなければ踏みつけにされるかもしれない。それでいいのか」
「死霊術士が何言ってんだぁ? 死体の冒涜なんぞ気にしてんじゃねぇ」
「死霊術士だからこそ言ってるんだ! 師匠やギルバートの体が誰かに踏まれてもいいのか!」
「墓荒らしに荒らされるよりずっとマシだろぉが」
「どうせ誰も来ないに決まっている。ちゃんとした墓にした方がいい」
だんだんと剣呑な雰囲気になってきた。あんまり仲が良くないのかな。死霊術士の倫理観はよくわかんないから、無視してお墓参りしよっと。
シュナイゼルさんがギドと言い争いみたいになって、お墓の前から立ち上がって口論し始めた。私はシュナイゼルさんが座っていたあたりに座って、ご主人様の冥福を祈る。どんな言葉で祈っていいのか知らないけど、ご主人様には未練がなさそうだから、私なりに祈る。
「あの世でギルバート様とラブラブしてますように」
「それはなんか、違くないかぁ?」
”なんか願い事みたいになっちゃったな”とは思ったけど、口論を中断してまで突っ込まなくていいよ。
お昼を過ぎて、ギドとシュナイゼルさんに挟まれる形で洞窟の入口に座り込む。仲が悪いのかもしれないけど、私を盾みたいにするのはやめてほしいな。
「シュナイゼルさん」
「なんだ?」
下水道でなにしてるの? って聞こうとしたら、ギドが割り込んできた。
「エリー、そいつに”さん”はいらねぇ。兄弟子である吾輩を呼び捨てなら、そいつも呼び捨てにしろぉ」
「え、ギドって弟子なの? 従僕でしょ?」
「吾輩もご主人様に教わったから死霊術がつかえるぞぉ。従僕でもあり弟子でもあるってことだ。シュナイゼルより達者だ」
「そうなの?」
「……」
シュナイゼルさんはこっちを見ずに黙ってしまった。ギドの方が死霊術が上手らしい。そう言えば魔術師は白兵戦が苦手なんだっけ。ギドは剣持って戦えるし、死霊術もギドの方が上……ギドはシュナイゼルさんの上位互換? 絶対に言わないでおこう。間違いなくシュナイゼルさんの機嫌が悪くなるだろうから。
「それで、なんだ?」
「ああうん。下水道で何してるのか、教えてくれる?」
「そう言う約束だったな。いいだろう」
ギドがボソッと”偉そうだなぁ”って言ったけど聞こえないふりをする。
「我らの目的は、この時代に魔術師の存在を認めさせることだ。我々魔術師たちを悪しきものとし迫害してから200年たった。時代が変われば考え方も変わる。今の王に我らを認めさせ、今の魔術師たちが魔術師として、かつてのように大手を振って町や都を歩けるようにする。それが目的だ」
ここまでを一呼吸の内に言い切って、深く息を吸い込む。
「そのための準備を下水道でしている。力を見せつけるため、下僕を増やし、情報を集めている」
そっか。シュナイゼルさんはご主人様が生きた時代のように、魔術師が当たり前にいる国にしたいんだね。
「無理だろうなぁ」
「な、なんでそんなこと言うの?」
あまりにもあっさりと無理だと言い切ったギドに、思わず聞き返す。シュナイゼルさんは憎々しげにギドを睨む。
「力を見せるために下僕を増やしてる時点で間違いだっつってんだぁ。そんなことしても誰も認めねぇ。認められたきゃ利益を示せ。力を示せば脅威とみなされ潰されるだけだ」
淡々と、そう言った。
シュナイゼルさんはギドを睨むだけ睨んで、スッと立ち上がった。
「王都に戻ろう。ここでの用事は済んだ」
「う、うん……ギドはずっとここにいるの?」
「いや、今日はたまたま戻って来ただけで普段はいないぞぉ。商船を探して海をあちこち移動してるからなぁ。大体2週間に1回はここに戻って来るから、吾輩に会いたきゃ何日か洞窟で待ってればいいからな」
「海賊だもんね」
「おうよ」
もう少ししたらピュラの町に帰ることになると思うけど、それまでにもう1回会いに来ようかな。時間があればだけど。
「それじゃあね」
「ちゃんと血ぃ飲めよ」
「う、うん。善処するよ」
「ああ待て、海辺の方にスケルトンホースが何頭かいるはずだぁ。帰りに乗っていけ。カッセルの町の近くまで行ったら降りてほっといていいぞ。勝手に戻って来るからなぁ」
「うん、ありがと」
ギドは優しい。気が利くしいろいろ教えてくれる。私はギドのことを詳しく知らないけど、優しいのだけは知ってる。そんなギドがシュナイゼルさんには厳しいような気がする。なんでだろう?
「ほら、早く行け。シュナイゼルが待ってる」
シュナイゼルさんはいつの間にか山を下り始めていて、私が話すばっかりで山を下りないから待ってくれていた。急いで追いつかないと。
「またね、ギド」
「おう」
坂道は上る時は怖くないけど下る時はちょっと怖い。だけど、先に行ったシュナイゼルさんを追いかけるためにちょっと駆け足で降りる。
予定より早く王都に帰れそうだね。