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半ヴァンパイアは山を登る

 オリンタス山脈はクレイド王国の東海岸に沿うように横たわり、人と東の海の間を完全に断つ壁のようにそびえ立っている。険しい崖のような山肌とわずかな緑。そして山に住む狂暴な魔物の存在によって長く人の調査は入らず、入ってもすぐに手を引くこととなっている。だが一見壁のように見える山脈にも、詳しく調べれば山脈を縫うように這う海岸までを進む平たんな道が確認できるだろう。エリーはシュナイゼルを背中に乗せ、東海岸に続く平たんな道を走っていた。

 

 

 

 

 

 ここはギドの船が海岸から王都に向かって走った道。最後に通ったのはずいぶん前になるのに、いまだに車輪の跡が残ってるね。まぁ船滅茶苦茶重いし、深い溝がついてそのまま固まったみたい。

 

 シュナイゼルさんは最初こそおんぶされるのを嫌がってたけど、あきらめたのか私の背中の居心地がよかったのか、何も言わなくなった。でもこの道に入ってから質問し始めた。

 

 「なんだここは? オリンタス山にこんな場所があったのか」

 

 「ご主人様(ホグダ)は永い間オリンタス山に住んでたから、こういう行き来しやすい道をいろいろ知ってるんだよ」

 

 「(わだち)がいくつもある。馬車が通っているようだな」

 

 「通ってないよ。これはギドの船が通った跡。普通の馬車にしては溝が深すぎるでしょ?」

 

 「意味がわからない。船がこんなところを走るものか」

 

 ああうん。いろいろ説明端折りすぎたかな。まぁギドに会って直接ギドから聞けばいいよね。

 

 「で、なぜ東海岸に向かう? 山に洞窟があるんだろう?」

 

 「その洞窟が東側の山肌にあるからだよ。そんなに高い位置じゃないから、西側から登っておりていくより東側に行ってから登る方が楽」

 

 「そうか」

 

 それっきり、また黙ってしまった。いっぱいしゃべって舌を噛む心配がないから、その方がいいのかもね。 

 

 

 

 

 しばらくして、山脈を抜けた。朝焼けに向かってしばらく進むと海岸に出て、その海岸には懐かしい骨製の海賊船が浮かんでいた。

 

 「ボーンパーティか。貴様の話は本当みたいだな」

 

 「懐かしいね。あの船のそこに馬車を6台も引っ付けて、陸を進んで王都に行ったんだよ」

 

 「あの轍はその時の物か。そう言えばアンデッド襲撃の時に海賊船が王都を襲撃したという情報があったな」

 

 「知ってたんだ」

 

 知ってるならなんでさっき馬車の通った跡のことを説明したとき納得してくれなかったんだろう。忘れてたのかな。

 

 船は海岸のすぐ近くに留まっていて動いていない。たぶんギドは船にいないと思うけど、ギドの部下の1人くらいは船に残ってると思う。会ってギドの居場所を聞いてみようかな。ギドの部下は喋れないけど、ジェスチャーはしてくれるし。

 

 シュナイゼルさんをおんぶしたまま船のすぐ近くまで行ってみると、船の上から3体のスケルトンが顔を出してこっちを見た。最後にギドの部下を見た時は冒険者風の装備をしていたけど、今は白いカッターシャツに茶色いベストを着ていて海賊っぽい。

 

 「ギドはどこー?」

 

 ちょっと離れているから、大きめの声で質問する。ギドの部下はそろって洞窟のあたりを指さしてくれた。攻撃してこないしちゃんと答えてくれるってことは、私のこと憶えててくれたみたい。もしかして攻撃して来るかなとか思ってたけど、杞憂だった。

 

 「やっぱり洞窟にいるみたい。何してるんだろうね」

 

 「当たり前のようにスケルトンと意思疎通するな」

 

 なんでちょっと怒ってるのかな。

 

 私の背中でちょっと怒った雰囲気をだすシュナイゼルさんを背負ったまま、何度も行き来した洞窟への山道を登る。傾斜が他の山肌より緩くて、足を滑らせるような草も生えていない道。懐かしい。

 

 ほどなくして洞窟に着いた。木の枝や葉っぱで遠くから見ただけではわからない洞窟。奥には祭壇とか化粧台とかクローゼットもあるはず。

 

 「ギドー、いるー?」

 

 洞窟の入口から声をかけてみる。私の声が反響して、”いるー?”の部分だけが小さくなりながら何回か聞こえる。

 

 「あぁん? その声はエリーかぁ?」

 

 懐かしい陽気な声の返事が返ってきて、ちょっと嬉しくなった。

 

 カツンカツンという足音と、カチャカチャという骨がぶつかり合う音が近づいてきて、真っ黒なバンダナ帽子を付けたギドが出てきた。ダボダボのズボンに茶色の先がとがった革靴、白いカッターシャツに黒いベスト。私が知らない間に海賊っぽさを磨いていたみたいだね。

 

 「久しぶりだなぁ、で、そいつは誰だ?」

 

 「え? 知り合いじゃないの?」

 

 「吾輩の知り合いはたいてい死んでるぞ。生きてる知り合いはエリーくらいなもんだなぁ。坊主頭の知り合いなんざいねぇ」

 

 坊主頭なのは髪を切ったからで、元は結構ぼさぼさだったんだよ。髪型だけで判断しないで。

 

 「シュナイゼルだ。憶えてないのか?」

 

 「シュナイゼルぅ? ……ああ居たなそんな奴。なんで背負われてんだ?」

 

 ”そんな奴”って、200年ぶりの再会じゃないの? そんなんでいいの?

 

 「それより師匠はどこだ。それとこいつはこっち側なのか?」

 

 こっち側って、魔物とか魔術師側の人ってこと? う~ん、どっちでもない気がする。あと私も久しぶりにご主人様に会いたい。

 

 「ご主人様ならもういないぜぇ。愛しのギルバート様と仲良く土に還った」

 

 「え……いつ?」

 

 「エリーが山を下りてすぐだな。吾輩を封印もせず成仏もさせず、ほったらかして逝っちまったぁ」

 

 ……そっか。そうだよね。ゾンビだもんね。未練がなくなったら、そうなっちゃうよね。

 

 「私、普通にまだ生きてると思ってた」

 

 「ずっと前から死んでるけどなぁ!」

 

 ギドはそう言って”ハッハッハァ”とちょっと笑った。確かにちょっと言い方が間違ってたけど、そんなに笑うようなことじゃないよ。

 

 「そうか、師匠は還ったか」

 

 「ご主人様に用事があったのかぁ? 吾輩で良ければ代わりに聞いてやるぞ。吾輩も死霊術使えるからなぁ」

 

 私もシュナイゼルさんも、ちょっとしんみりしてる。ギドだけは陽気で、いつも通りって感じ。たぶんギドは、”元から死んでいるご主人様がちゃんと死ねた”みたいに思ってるんだと思う。そしてそれが正しい。ずっと昔にご主人様が死んでるってことを一番理解してる。私なんかよりずっと理解してたんだと思う。

 

 それとも、ご主人様が還る時に立ち会ってたから、悲しいとか寂しいって気持ちをもう乗り越えた後なのかもしれないね。

 

 「で、用事はなんだぁ?」

 

 「えぇっと、用事自体はもう済んだ、のかな?」

 

 「ああ、貴様は間違いなくこちら側だ。今はっきりと証明された」 

 

 こちら側かどうかは一考の余地があると思うけど、とりあえず私がご主人様やギドの知り合いってことは信じてくれたみたい。そのためだけにここまで来たんだっけ。労力に見合ってる? ……見合ってる見合ってる。下水道で何してるか教えてもらえるし、これでよかったんだよ。

 

 「話が見えねぇ、エリー、説明しろ」

 

 「するする。とりあえず中に入っていい? 朝日が眠い」

 

 「朝日が眠いって、初めて聞いたぜぇ」

 

 ギドには何の隠し事も必要ない……うん。ないない。私がいろいろ忘れちゃってたのだって、元はと言えばギドが私を攫ってきちゃったのが原因だし、いろいろ思い出したことも含めて全部話して大丈夫だと思う。でもまずは、下水道でシュナイゼルさんと会ったところから話そう。そのあと、いろいろ聞いてもらうことにしよう。私が何も隠さず話せる相手って、もう会えないご主人様とギドくらいしかいないからね。

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