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半ヴァンパイアは山に向かう

 坊主頭に明るい青い瞳の、シャツに長ズボンの男。私の目の前にいるこの人はご主人様(ホグダ)の弟子の、シュナイゼルという人らしい。もともと髪は長かったんだけど、体を洗うついでに坊主頭にしてきたみたい。本人いわく、邪魔だからだそうだ。

 

 修復中の東門に向かいながら、話しかけてみる。

 

 「まだちょっと下水っぽい匂いがする」

 

 「貴様の感覚が人より鋭いだけだ。一般人には嗅ぎ取れないだろう」

 

 そうですか。坊主頭って結構目立つけど、あからさまに怪しくて下水臭い人よりマシだし、これでいいということにしよう。

 

 「じゃあまずカッセルの町まで馬車で行って、それからは歩きでオリンタス山に行くよ」

 

 「そこに師匠やギドがいるのか?」

 

 「うん。洞窟があって、ちょっとの間そこで一緒に暮らしてたよ」

 

 「夜だが、馬車は使えるのか?」

 

 「昼間のうちに予約しておいたから使えるよ」

 

 東門の一部に仮の門が設置されていて、その近くで辻馬車に待ってもらっている。行き先もあらかじめ伝えてあるしお金も先払いしておいたから、私とシュナイゼルさんが乗ればそのまま発車してくれる。

 

 「カッセルの町とやらはどんなところだ?」

 

 「私も行ったことないけど、昔オリンタス山から鉱物資源を手に入れようってなったことがあって、そのためにオリンタス山近くに作られたのがカッセルの町らしいよ。ギドがよく遊びに行ってるってご主人様が言ってた」

 

 「オリンタス山に人間が入ろうとしたのか? 無理ではないが厳しいだろう。あの山は切り立った崖のような山肌で、下手に掘り進めようとすると崩れるはずだ。あとギドが山にいるのか? 海賊の癖に?」

 

 「それは知らないけど、人の侵入は拒むって言われてるね。結局鉱物資源を採るって計画も頓挫したらしいし」

 

 そう言えばギドが冒険者に山賊野郎って言われて怒ってたような気がする。言った方がいいかな? まぁどうでもいい情報なんだけど……

 

 「ところで、いつご主人様の弟子になったの?」

 

 「師匠の生前に弟子になった。下水道で会ったときに言わなかったか?」

 

 そうだっけ? ああ、でもそうだよね。私が交流特区に行っている間に弟子になったなら、ご主人様の居所ぐらい知ってるはずだもんね。ということはやっぱりこの人も……

 

 「ゾンビ?」

 

 「違う。ちゃんと生きている」

  

 「じゃあ、人間じゃないの? めちゃくちゃ長生きで人間そっくりの魔物だったり?」

 

 「人間だ」

 

 う~ん、どういうことかよくわかんない。ご主人様が生きていたのは200年くらい前。生前に弟子になって今も生きているって、それはもう人間以外の何かってことになるんじゃないのかな。

 

 「……仕方ないから説明する。死霊術には仮死化という術がある。我々はその術を使って200年前から現在までを仮死状態で過ごし、仮死化から復活した。仮死状態というのはわかるか?」

 

 私が悩んでいると、シュナイゼルさんは見かねたのか説明してくれた。もしかしてこの人優しいのかな。でも下水道で怪しいことしてるのもこの人でしょ? う~ん……聞けば教えてくれるかな?

 

 「仮死状態は一応、なんとなくわかるよ。それより、下水道で何してるの?」

 

 「それは貴様が本当に師匠の仲間だと証明出来たら教えよう。それまでは教えない。探ろうとしたら敵とみなす」

 

 「ああうん。はい」

 

 ”敵とみなす”ね。

 

 「1対1なら、私が勝つと思うよ」

 

 死霊術にどういうことができるのか、詳しいことは知らない。でも今は夜で、馬車の中は狭くて、お互いに手を伸ばせば届く距離に座っている。この状況なら何かされる前に意識を奪えると思う。そしてそれはシュナイゼルさんも同じように思ったみたい。

 

 「ああ、この状況ならそうだろうな。魔術師が表立って戦う時点でほぼ魔術師の負けだ。だが下水道に潜む同胞たちは別だ。我が長期間戻らなければ同胞たちが何をするかわからない」

 

 脅し文句のつもりなのか、そんなことを言いだした。

 

 「死霊術士に限らず、魔術師は魔術師として人前に立つことはない。クレイド王家が魔術を悪しきものなどと身勝手なことを言いだした時からそうなった。魔術師だと見破られれば、我らが不得手とする白兵戦によって駆逐されることになる。だが、潜伏し暗躍する魔術師は貴様らにとって脅威になるだろう。だから、やめておけ」

  

 「それはもう下水道で身に染みてわかってるから」

 

 ”下水道で何をしてるかを探ったりしないよ”という意味を込めて手を軽く振る。暗闇で仲間と分断されて敵に囲まれる。どこに敵がいてどの方向からどんな攻撃が来るのか全く分からないなんて状況はもうごめんだね。怖かった。

 

 「カッセルの町までどのくらいだ?」

  

 わからないので、窓を開けて御者さんに聞いてみる。『あと2時間ってところだね』と教えてくれたので、そのまま伝える。

 

 「2時間か、では少し寝る」

 

 シュナイゼルさんはそう言って腕と足を組んだ体制で眠り始めた。馬車は結構揺れるのに、そんなあっさり眠れる? 私は無理だから、窓の外でも眺めてぼうっとしておくことにする。

 

 

 

 

 

 

 カッセルの町に着いた。ただ町の中に用はないから、そのままオリンタス山に向かって歩き始める。

 

 「ここから師匠のところまでどのくらいだ?」

 

 「10時間くらい」

 

 「じゅ、10時間だと?!」

 

 そんなに驚かないでよ。山のふもとまで結構あるし、山登りにも時間がかかる。そして馬車は通ってない。歩いて向かうとなると半日くらいはかかるよ。

 

 「歩いていくのか?」

 

 「ほかに行く方法無いでしょ?」

 

 シュナイゼルさんが滅茶苦茶嫌そうな顔してる。そんな途方もない距離でもないと思うんだけど……

 

 「もしかして体力に自信ない?」

 

 「普通の人間にはかなりの距離だ」

 

 「魔術師って普通の人間なの?」

 

 「当たり前だ。魔法と違って学べさえすれば誰でも使えるのが魔術だ。魔術を抜きにすれば一般人と変わらない」

 

 へぇ、私も教えてもらえば使えるのかな。

 

 10時間歩くしかないとあきらめたシュナイゼルさんと一緒にオリンタス山を目指す。オリンタス山まで行く道程で一番時間がかかるのがこの歩くところ。ここも馬車で行けるなら1日でオリンタス山と王都を往復できると思う。どうにかできないかな。一旦カッセルの町に戻って馬車を借りるとか……

 

 「あ、シュナイゼルさんスケルトンホースとか作れない?」

 

 「動物の骨があれば作れるが、この辺りに野生動物など居るのか?」

 

 いない……ね。見渡してみてもただの平地しかない。もっと山に近づけば狂暴な魔物がいるけど、まだまだ町に近すぎて野生動物なんかいるとは思えない。

 

 「いないなら、一度カッセルの町に戻るのもありだ。馬小屋から馬を攫うか一頭潰してスケルトンホースにしてしまえばいい」

 

 うん。なしだよ。

 

 「しょうがないね。はい」

 

 しゃがみこんで、手を後ろに突き出す。

 

 「何をしている?」

 

 「おんぶするよ。走って行けば5、6時間で着くと思う」

 

 正直私も歩きっぱなしは嫌だった。10時間暇だしね。走って向かおうかと思ったけどシュナイゼルさんを置いて行っちゃうからできない。でも私がおんぶすれば解決するよね。

 

 「いやそれくらいならカッセルの町で馬を」

 

 「それが困るからこうしてるの。10時間歩くの嫌なんでしょ? 私も嫌」

 

 オリンタス山の洞窟から交流特区に行くときにカッセルの町まで歩いて行ったけど、そのときは退屈だった。それにシュナイゼルさんも人間にはかなりの距離だって言ってたし、馬を攫うなり潰すなりするよりこっちの方がいい。

 

 「困らないだろう。むしろ楽になる。カッセルの町に戻るべきだ」

 

 シュナイゼルさんがなかなか背中に乗ってこない。もう面倒だからおんぶ待ちを止めてシュナイゼルさんの腕を掴む。

 

 「何をするつもりだ」

 

 「おんぶするつもりだよ」

 

 一本背負いの感覚でつかんだ腕を引っ張って、無理やり背中に担ぐ。掴んだ腕を離してシュナイゼルさんの両足に手を回して、おんぶ完了。

 

 「行くよ」

 

 「待て、降ろせ」

 

 思った通り大して重くない。というかハーフヴァンパイア的に人間1人くらい余裕で支えられる。私は”降ろせ、やめろ”というシュナイゼルさんの声を聞こえないふりをして、オリンタス山に向けて走り出した。たぶん夜明け前には着くと思う。

 

 「ちゃんとつかまっててね」

 

 「話を聞け!」

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