半ヴァンパイアはお見舞いに行く
マーシャさんが午前中から出かけてしまって、一人になった。暇になるかな~なんて思っていたけどそんなことなかった。今夜下水道で会ったご主人様の弟子の人を、オリンタス山にあるご主人様やギドのいる洞窟まで案内することになっているから、その準備をしなければいけなかった。
まず隣の部屋にいるユーアさんに、2、3日王都の外に出ることになることを伝える。
「そうか。またトレヴァー伯爵のところで依頼を受けるにしても、アーノックの感染症が治ってからになるだろう。それまでは自由にしていいと思うぞ」
とのことだった。セバスターは部屋にいなかったけど、ユーアさんと同じ部屋だし直接言わなくてもユーアさんが伝えてくれると思う。
次に買い物……と思ったけど、一応、念のため、用心のために、アーノックのお見舞いに行くことにした。
治療院で寝ているアーノックのところに行ってみる。アーノック以外にも病人やけが人が数人いて、床に敷かれたシーツの上で雑魚寝状態だった。
「アーノック、起きてる?」
アーノックの糸目は寝ているのか起きているのかわかんないから、一応声をかけてみる。
「エリーですか。何の用ですか?」
普通に起きてた。顔色は悪いし汗もかいていて、当たり前だけど体調は悪そうに見える。
「一応、お見舞いに来たよ」
「そうですか。見ての通り気分が悪いですよ。まぁ僕が弱かったせいですけどね」
体調が悪くなると気持ちも落ち込んでしまうのか、アーノックの声には覇気もないし後ろ向きなことを言う。もしかして下水道であんまり役に立たなかった私に皮肉を言ってるのかと思ったけど、どうやらそう言う意図はないみたい。
「僕なんかじゃなくてレイウッドの野郎だったら、きっと調査もうまくいってたんでしょうね」
「そんなことないよ。アーノックがいなかったら最初に襲って来たあの剣に撤退することになってたと思うし、私たちの中で一番活躍してたよ」
と、フォローしてみる。実際アーノックの魔法のおかげで何とかなってたところがある。特にネズミの時とか。
「レイウッドなら、きっと僕よりずっと役に立って」
「なんですぐレイウッドとかいう人と比べて自分を卑下するの? そんなのわかんないじゃん」
マイナス思考なアーノックにちょっとイラっときて、アーノックの言うことをさえぎって聞いてみる。
「エリーもレイウッドのことを知らないんですか? 空を飛べる唯一の」
「門の修復の時に空飛んで作業してた人でしょ? 知ってるよ」
空を飛ぶことができる唯一の人間ということで有名なレイウッド。冒険者なら知らない人なんていない。そんな人といちいち自分を比べて卑下するなんてバカみたい。
「レイウッドは風魔法使いで、アーノックは氷魔法使いでしょ? 比べても意味ないよ」
なんで私はアーノックにこんなこと言ってるんだろう? お見舞いに来たはずなのに説教みたいになっちゃった。まぁこれだけ話せるならそのうち元気になるだろうし、いっか。
「じゃ、私もう行くから。2、3日王都にいないけど、アーノックが元気になるころには戻ってきてると思うよ。それじゃ」
アーノックがまた後ろ向きなことを言いだす前に出口を振り返って、そのまま治療院を出る。そう言えばもしかしたらセバスターもお見舞いに来てるかと思ったけどいなかったね。どこに行ってるんだろう。わざわざ探すつもりもないけどね。
王都からオリンタス山まではそれなりに距離がある。馬車でカッセルの町を経由していくことになるとしても、往復で1日半くらい。食べ物と水と着替えを用意しておこう。
いろいろ買い物していたら、夕方になってしまった。夜になる前にマーシャさんにも2、3日出かけることを話しておかないとね。もう宿に戻っているころだと思う。マーシャさんに話すついでに着替えも持っていこう。
「ただいま」
「おかえり、エリー」
思った通りマーシャさんはすでに帰ってきていて、笑顔で迎えてくれた。昨日みたいに襲い掛かってくることもなくて一安心。
「あら? いろいろ買って来たんですね。何買って来たんですか」
「いろいろ買って来たよ、食べ物とか火口の補充とか。私ちょっと2、3日出かけてくるね」
「私も行きます」
マーシャさんは急に真顔になって、即答でそう言った。マーシャさんは基本笑顔だけど、突然真顔になったりする。そういうところが最近ちょっとだけ、怖い。
「ごめんね、一緒に来るのはダメかな」
こればっかりはダメ。これから会って一緒にオリンタス山に向かう相手は魔術師だし、向かう先にいる相手はゾンビとスケルトン。マーシャさんが会っていい相手じゃない。
「一緒に行きます」
「ダメ」
「どこに行くの?」
「えぇっと、カッセルの町」
これは嘘じゃない。目的地じゃないだけ。
「何しに行くの?」
「人に会いに行くの」
誰かを案内することは言わないでおく。
「誰に会うんですか?」
「えぇっと」
「どうしても一緒に行っちゃダメですか?」
「うん。ごめんね?」
マーシャさんはしばらく考えるそうなそぶりを見せて、にっこりと笑った。
「わかりました。私ばっかりわがまま言うのも、よくないですね」
マーシャさんはそう言いながら私に近づいてきて、抱きしめてくれる。どうやらわかってくれたみたい。いやほとんどの質問にちゃんと答えてないけど、私がマーシャさんを連れて行けないことは解ってくれたんだと思う。
「ううん、わがままじゃないよ。心配してくれてるんでしょ?」
「ふふふ」
私を抱きしめたまま、マーシャさんは優しく笑う。
「じゃあ、一緒に買い物に行くのは帰ってきてからですね」
「うん」
「わかりました。いつ出発するんですか?」
「この後。夜になる前」
「ちゃんと、帰ってくるんですよ」
「うん」
マーシャさんはそう言って、ぎゅっと腕の力を強くする。たった2、3日出かけるだけなのに、そんなに別れを惜しまなくてもいいと思う。口には出さないけど。
数日分の旅の用意を済ませ、荷物を持って、下水道に降りる。ランタンが残っている道を適当に進むと、あっさりと弟子の人に出会うことができた。
「約束通り来たな。では、師匠のところに案内してもらおうか」
「わかってるよ」
相変わらず灰色のローブを着ていてあからさまに怪しい。誰がどう見ても不審者。ユーアさんも似たような感じだけど、雰囲気が違う。
「とりあえずここを出ようよ。体洗って、着替えて」
「なぜだ」
「怪しくて臭いから」
ローブで表情が見えないけど、かろうじて見えている口元が嫌そうな感じに歪んだように見えた。