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閑話 マーシャとレーネ

閑話のつもりだったのに筆が乗って長くなってしまいました。時間のあるときにどうぞ。

 わずかにカールした長い茶髪の、レーネと名乗る女は、先日知り合ったマーシャという女性と待ち合わせをしていた。時刻は昼少し前、場所は王城付近の広場だった。

 

 「眠くて仕方ありませんわね」

 

 昼間でありながら、レーネは強烈な睡魔と脱力感に襲われていた。昼間に外を出歩くことは彼女にとって大きな負担であったが、蠱毒姫ヘレーネ・オストワルトという彼女の正体を隠すにあたり、昼間に出歩く姿を多数の人に見せることは重要だと考えていた。

 

 「レーネ! お待たせしました」

 

 よくとおる声が背後から聞こえ、レーネは笑顔になって振り返る。

 

 「こんにちわマーシャさん」

 

 「こんにちわ。相変わらず顔色が悪いですね。薬師なのですから、自分の体調もしっかり管理してください」

 

 「(わたくし)にしては、今日は元気な方なんですよ? それに自分用のお薬はちゃんと使っていますわ」

 

 マーシャに笑顔で語り掛け、手を取って歩き始める。向かう先は王城の一室。王弟ジークルードが薬師レーネに貸し与えた、彼女が自由に使える部屋だ。今日はそこでマーシャと楽しくおしゃべりをする予定なのである。

 

 

 

 

 

 

  

 王城内の私の部屋の扉の前に、一人の兵士の方が立っています。私がいない間に他人が勝手に私の部屋に入らないよう見張っていただいているのですが、ちょっとうっとうしいですわね。

 

 「そちらの方は?」

 

 平民を城内に連れ込んだことをよく思っていないのか、兵士さんは睨むように私を見ながらマーシャさんについて尋ねます。

 

 「え、えぇっと」

 

 マーシャさんは自分が歓迎されていないと思って萎縮(いしゅく)してしまいました。たかが人間相手に怯える必要はないのですが、マーシャさんも人間さんなのでしょうがないのでしょうね。

 

 「私のお客様です」

 

 ニコリと笑って答えます。兵士さんは舌打ちでもしそうな顔をして扉の前からどいてくれました。扉を開けてマーシャさんを招き入れます。

 

 「さ、どうぞ」

 

 「お邪魔します」

 

 マーシャさんは肩を丸めながらそそくさとお部屋に入っていくのを、扉を開けたまま見送ります。長い金髪がふわりと風に乗って、首筋がチラリと見えました。とても、おいしそう。

 

 マーシャさんを部屋に入れたらすぐに扉を閉めます。せっかく楽しくおしゃべりするのに、外にいる臭い連中は邪魔ですからね。香水と油と(のり)の匂いばかり身にまとう貴族連中からこのお部屋を隔離しなくては。

 

 「これがレーネの部屋なんですね。もっと薬品とか薬の調合に使うものがゴロゴロ転がってると思ってました」

 

 このお部屋は私が夜まで待つときによく使う部屋で、ソファーや机くらいしかありません。お薬は別の場所で作っていますから、この部屋にそういった類のものは置いていませんね。

 

 「ここはくつろぐ時に使わせてもらっていますからね。あ、せっかくですしお茶とお菓子を用意してもらいましょう」

 

 「あ、気を使わなくていいですよ」

 

 「いえいえ、私がお茶したいだけですし、ちょっとお願いするだけですから」

 

 マーシャさんをソファーに座らせ、私は一度席を立ちます。お部屋をでて扉の側で突っ立っている兵士さんに声をかけるのです。

 

 「キエンドイ伯爵にお茶とお茶菓子を持ってくるように言って来てもらえますか? 一番高価な品でお願いしますとも言っておいてください」

 

 「わかりました」

 

 兵士さんは私を一瞥(いちべつ)して、キエンドイ伯爵のいる部屋に歩いていきます。私はさっさと部屋に戻って、マーシャさんの対面に座ります。血色のいいお顔が不安そうになってしまっていますね。どうしたんでしょう?

 

 「もうすぐお茶とお菓子が来ますわ」

 

 「レ、レーネ? ちょっと聞こえてしまったんですけど、伯爵様にお茶とお菓子を、それも一番高いのを頼んだりして大丈夫なんですか? わ、私まだ死にたくないです」

 

 「あらあら、大丈夫ですわ。私、キエンドイ伯爵ととても仲がいいですから。お茶もお菓子も快く融通してくださいますよ」

 

 そう言えばあの兵士の方も、今でこそ素直に伝えてくれますが最初は大変驚かれましたね。”貴族にそんなこと言えるわけない”とか”貴族相手にそんな要求をするなんて常識知らずだ”などと吠えていましたが、慣れたものです。キエンドイ伯爵はシトリンで私のお人形になっていますから、私の要求はなんでも飲みます。むしろ”お願いします”なんて付ける必要はないのですよね。

 

 「そ、そうですか。というかいまさらですけど、私平民なのに王城に入っちゃっていいんですか?」

 

 本当にいまさらですわね。

 

 「私のお客様ですから大丈夫ですよ。このお部屋の中にいる間は、外のことは考えなくても平気ですわ」

 

 ”さて”と一度話を区切り、本題に入ります。

 

 「それで、相談というのはどういうものなのですか?」

 

 マーシャさんは一度姿勢とただし、すぅっと息を吸って話し始めました。

 

 「私には同居人が1人いるという話をしたのは、覚えてますか?」

 

 そう言えば、初めて会った時にそんなこと言ってましたわね。確か冒険者と同居しているとかなんとか……

 

 「ええ、覚えていますわ」

 

 「私、その同居人に冒険者を辞めてほしいんです」

 

 「それはまた、なぜです?」

 

 「それは……」

 

 マーシャさんが理由を話そうとしたとき、私のお部屋の扉がノックされました。お茶とお菓子を持ってきてくれたのでしょう。

 

 「ああ、お茶とお菓子を持ってきてくださったようですわね」

 

 お話の腰を折られた感じがしますが、こればかりはしょうがありません。ソファーを立ち、扉を開けます。案の定2人分の紅茶とクッキーを持った兵士さんが立っていました。

 

 「ありがとうございます」

 

 一言お礼を言って受け取り、さっさと扉を閉めます。これでもうお話を中断されることもないでしょう。それにおいしいお茶を飲みながらお話しできます。

 

 テーブルの上にクッキーの乗ったお皿を置き、マーシャさんに紅茶をお出しして私もソファーに座りなおします。紅茶の香を楽しもうとソーサーごと持ち上げますと、マーシャさんがお茶を見て固まってしまっているのが見えました。

 

 「どうなさいました?」

 

 同居人のお話をしているときの真面目な感じがなくなって、また萎縮してしまっているようです。どうしたのでしょう? 

 

 「こ、これ私が飲んでも大丈夫? 平民が飲んでも死んだりしませんよね?」

 

 紅茶に身分は関係ないでしょう。マーシャさんは必要以上の王城や貴族というものを恐れているようですわね。

 

 「安心してください。この紅茶ですと160杯ほどの量を一度に飲まなければ死にませんわ」

 

 「え、紅茶って飲み過ぎると死ぬんですか?」

 

 「死にますわよ? 紅茶の種類によりますが100杯ほどで死ぬ場合もありますね」

 

 紅茶を濃くし続けて一杯で死ぬ紅茶を作ったことがありましたね。被験体に飲ませてみたらすぐに吐き出してしまって死にませんでしたが、かなり苦しんでいました。今度は別の飲み物でも試してみましょう。

 

 おっと、マーシャさんが青い顔になっています。その紅茶を飲んでも大丈夫だと伝えたかったのですが、逆効果になってしまいました。

 

 「1杯飲んだって大丈夫ですわ。むしろ体にいいくらいですわよ」

 

 「そ、そうよね。1杯くらい大丈夫ですよね!」

 

 マーシャさんがグイっと紅茶を飲んだところで、お話の続きを促すことにしましょう。

 

 「それで、冒険者を辞めさせたい理由は何なのですか?」

 

 「あ、はい。それは、危ないからです。あと、私の同居人は冒険者に向いていないと思うからです」

 

 ”危ないから”と言うのはわかります。魔物や、時には人間同士で殺しあうこともあるそうですからね。気になるのはもう1つの理由の方。

 

 「冒険者に向いていないというのは、なぜそう思うんですか?」

 

 「その同居人は2年以上冒険者をしているんですけど、昨日私と押し合いになったんです。経緯は省きますが、私が押し倒す結果になってしまって、筋力とかが弱いみたいなんです」

 

 「経緯について聞きたいですわ」

 

 「それは省きます」

 

 ふむ。2年冒険者をやっていて、一般人に押し負ける。おかしいですわね。

 

 「あと、体も小さいですし、なにより、事件とかに巻き込まれやすい体質みたいなんです」

 

 「事件に巻き込まれやすい体質?」

 

 初めて聞く体質ですわね。一体どんな感じなのでしょう。

 

 「ルイアに護衛依頼を受けて向かえば蠱毒姫に会い、王都に行けばアンデッド襲撃事件に合い、新しい冒険者の店に行けば、過去に自分を襲った冒険者と一緒に依頼を受けることになっていたりしたみたいなんです」

 

 へぇ、ルイアで私に会って生き残った人なのですね。それで冒険者となると……

 

 「もしかして、その同居人は女の方ですか?」

 

 「あ、はいそうです。なんでわかったんですか?」

 

 確定ですね。エリーさんですね。あの時私から無事に逃げ切ったのは4人。そのうち私と戦った冒険者は1人だけですものね。他の3人は冒険者に見えませんでしたし、逃げるばかりで戦いもしませんでしたものね。こんなところでエリーさんについて聞けるなんて思っていませんでした。

 

 それにしても1つ引っかかりますわね。

 

 エリーさんはヴァンパイアに近い何か。そしてアンデッド襲撃事件の時王都にいた。アランはハーフヴァンパイアで、エリーさんはヴァンパイアに近い何か……どうしましょう、同一人物としか思えなくなってきました。これも後で面白く使えそうな情報ですわね。あ、でも性別が違いますわね。後でサイバさんに念入りに聞いてみましょう。

 

 「いえ、なんとなくそう思っただけです。それより、マーシャさんはその人に冒険者を辞めてほしいんですね?」

 

 私が確認すると、マーシャさんは少し迷いながらも頷きます。

 

 「本人は冒険者を続けたいんだと思うんです。でも、私はもっと安全な仕事をしてほしいんです。長く一緒に居たいんです。怪我とか病気とかしてほしくないんです」

 

 どうしましょう。エリーさんが冒険者を辞めて、私にメリットはあるでしょうか? デメリットは? ……せっかくならより強いエリーさんの体で実験したいですね。エリーさんがアランだとするなら、彼女はハーフヴァンパイアということになりますから、そう簡単には怪我をしたり病気になったりしないでしょう。マーシャさんに力で押し負けたのは、単純にエリーさんが手加減をしたと考えるべきですわね。

 

 「マーシャさんはエ、その同居人さんが好きなんですよね?」

 

 「はい。好きですよ」

 

 あら、あっさり答えちゃいますか。でもそれなら簡単ですわね。

 

 「なら、その方の好きなことを受け入れてあげてはいかがですか? 冒険者のお仕事が好きなら、支えてあげるのです。その代わり、ちょっとだけマーシャさんのことも受け入れてもらう」

 

 「ちょっと受け入れてもらう?」

 

 「そうです。仕事以外の時間に何かしてもらったり、マーシャさんの望みを少し優先させてもらうのです。お互いに少しづつ優先しあう、よい関係だと思いませんか?」

 

 マーシャさんは顎に手を当てて少し考え始めました。私はクッキーを食べつつ、マーシャさんのお返事を待つことにします。

 

 「割と、今がそんな感じなんですよね」

 

 ボソッっとマーシャさんがこぼしたのを、私の耳ははっきりととらえました。

 

 「レーネ、相談の内容を少し変えてもいいですか?」

 

 「え? ああはい。いいですけど」

 

 予想と全く違うことを言いだして、少し驚いてしまいました。

 

 「同居人が私から離れられないようにするには、どうしたらいいですか?」 

 

 「離れられなくする、ですか?」

 

 「そうです。レーネに色々話してもらって、私の本当の望みに気づきました。私はあの子と離れたくないんです」

 

 ごめんなさいエリーさん。ちょっと面白そうなので、あなたの同居人にいろいろ入れ知恵しようと思います。

 

 「離れられなくする、つまり依存させたいということですね?」

 

 「そうなりますね」

 

 「大まかに分けて、依存させる方法は2つあります。1つは精神的に依存させる方法。もう1つは肉体的に依存させる方法です。どちらが聞きたいですか?」

 

 「両方聞きたいです。さすがレーネは物知りですね!」

 

 「それほどでもありませんよ。ではまず精神的に依存させる方法から……」

 

 これは紅茶1杯では足りませんね。追加のお茶と昼食も用意してもらいましょう。

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