5話 『ストレス』
あぁ見えて妹はやっぱりいいやつだ。
俺はコントローラーを片手にそう頭のなかで思っていた。ゲーム画面を見ながら今頃あいつは何やってんだろう?だなんて考えてしまう
あいつはあのあと、結局俺に部屋を譲ってくれた。駄々をこねる美月をなんとか説得して
じゃあなんのためにハッピーターンで雑学対決をしようだなんて持ちかけてきたのかなんて全く見当はつかないが、ゲームができるようになったんだ。素直に嬉しい
予定は30分ほどずれてしまったが結局部屋を譲ってくれたわけだ。今頃妹と美月はリビングに置いてあるソファーで肩を並べて一緒にユーチューブでも見ているんだろう
つまり、邪魔者はいなくなったっていうわけだ。
さあ行こう!ゲームの世界へ
俺は戦闘ゲームを開始した
ーー30分後
「ふあああぁぁぉぁマジファァック!」
ゲーム画面に向かって大きな声で罵声を浴びせた。もちろんそこには現実に存在する人間などはいない
俺はゲームに対して発言していたのだ
ゲーム画面に映る逃げ回る戦闘員たち、それを四方八方から銃弾を撃ちまくる敵軍
負けては負けてを繰り返し、俺は現在に至っている
「ああ!うろちょろしやがって、さっさと俺に殺されろよ!いちいちコソコソと隠れやがって」
ゲームコントローラーが雑に扱われ、いつも以上にダメージを負っている
ついにはそれを動かす音が乱雑に響いていた
それを操作する俺に至っては、ゲーム画面に目を見いやり大声を出しまくって発狂中だ
そして、結局今回の戦闘も圧倒的大差で負けてしまった。オンラインゲームとなると4体4のチーム戦でやっていたのだが、相手がなかなかのやり手で全く歯が立たなかった
無残にも殺され、挑発され、ここまでの侮辱を受けたのは初めてだった
もちろん俺のゲーム生活に傷を負わせた
「あーもうイライラするな!こうなったらやけ食いじゃあ!ピザと酒とリボビタン持ってこーい!」
「お兄ちゃん」
「うお!?」
イライラのあまりついつい独り言を言った俺の前に、いつものように突然妹が現れた
リビングにいるはずだというのに
こいつはいつも突然現れるから毎回の返事が『うお!?』ばっかりなんだけど。まぁ、そんなことはどうだっていい
「なんでお前がここにいんだよ。美月と一緒にリビングで動画でも見てたんじゃないのか?」
「美月が寝ちゃって、あのままじゃいけないからなんか膝掛けでもなんでもいいから被せてあげようと思って、部屋に戻ってきた」
「あーなるほど」
美月の寝オチはなんとなく想像がつく。
ていうかあいつは動画とか見てたらいつも大抵寝てしまっているような記憶があるのは俺だけだろうか
「そんなことより、お兄ちゃん。さっき言ってたの、全然意味ないよ」
「は?」
さっき言っていたの、妹が言っていたさっきとはおそらく『こうなったらやけ食いじゃあ!ピザと酒とリボビタン持ってこーい!』の部分だろう
それ言った瞬間にあいつが出てきたわけだし
それに対しての妹の発言なわけだ
「意味がないってどういうことだよ」
「ゲームをやってストレスを感じたんだよね?お兄ちゃん。だったらさっき言ったやけ食いや飲酒はストレス解消にはならないよって言ってるの」
「え?あ……だったら喫煙じゃあ!」
そう言って俺はポケットからタバコを取り出す。ライターも同時に出すという見事な早業でそれを口にくわえた
そして火をつけようとした瞬間、またもや妹の言葉が横から入ってくる
「それも意味ないよ」
「え、そうなの?あ、じゃあだったら……ゲームでもしてストレス解消じゃあ!」
「ゲームからストレスを受けたんだよね」
あ、そういえばそうだった
一周回って元の地点に戻ってきてしまった。
本当にうろちょろコソコソ逃げ回る敵はイラつくの一択だ
次会ったらボッコボコにしてやる
「なんでもう一周回ってストレスをまた受けようとしてるの?バカなの?」
妹からの爆弾発言だ
当然俺の頭の中にはその言葉が何回も流れ始める
ーーこいつにストレス感じるわ
結局ストレスが一個増えてしまっただけだった
「喫煙や飲酒、やけ食いやショッピングにギャンブル。これら全てがストレス解消に全く活躍しないというのはもう証明されていることなんだよ」
「だったら逆に何でストレス解消できるんだよ」
「睡眠や読書、自分の趣味をしたり運動をしたり、料理をしたりするのもいいと思うよ」
はぁ?何それ。俺にとったら無縁のものばかりじゃないか
読書と言ってもラノベしかないし睡眠は寝起きが悪いし、自分の趣味に今ストレス感じてるわけだし、運動や料理は疲れるからやだ
まぁ、趣味に至ってはいろんなストレス解消方法があるとは思うが
「はぁ?何言ってんの?今こうやってストレス解消してますー、気持ちよくなってますー」
コントローラーを手にゲーム画面に映る敵チームの兵の死体を無慈悲に打ちまくる。死体、をだ
なんとも清々しい気分だろうか
ストレス解消にはもってこいだ
「イライラしてんじゃん」
妹から真顔でそう言われる。妹にそんな顔で言われるとなんだかこいつにもイライラしてきたぞ
こいつこそが俺のストレスの元凶なんじゃないのか?
「お前にイライラしてんだよ!」
************************************************
「んで、結局俺にはどういうストレス解消方法が合うんだよ。言っておくがお前がさっき言ったストレス解消方法は俺に合わないからな」
「やれやれ。どうしようもないダメ人間だよ、お兄ちゃんは」
またもや妹からの爆弾発言
やはりこいつが優しいわけはない。人をダメ人間呼ばわりするとはなんて嫌な奴なんだ
「んだとてめぇ!」
俺の怒りの声はいつものように妹には届かずそそくさと彼女は話しを進め始めた
だから怒ること次第にもストレスを感じるようになってくる。いい加減俺が怒っていることに気づいて欲しいものだ
「そんなダメダメ人間のお兄ちゃんに5つのストレス解消方法を教えてあげるよ。」
「あ、ああ。もうなんだっていいから話を進めてくれ」
ダメダメ人間という言葉も聞き心地のいいものじゃないが、こいつの言うことは基本間違っていないからな
とにかく5つのストレス解消方法とやらを聞いてみようじゃないか
「まず1つ目としては何に対してストレスを感じたのか紙に書いてみること。できれば客観的にその出来事を書いてみることだ」
「何に対してストレスを感じたのか、か」
俺はペンを握って適当にそこらへんに転がっていた丸まった紙を伸ばした
そいつにストレスになったことを書けと言うことだ
つまりーー、俺は迷わずストレスになったものを書いた
ゲームに、妹っと
「書けたぞ」
「だったら2つ目、その紙をビリビリに破れ」
「……お、おう」
妹とに言われるがまま紙を破りに破った
破っている間、自然とゲームに対して、妹に対して、清々しい気持ちになれた気がした
ふわっとした感覚に体が満たされていく
「なんかこれ気持ちいわ」
「ただの紙だけじゃスッキリしなかったらダンボールとかでもいいよ。とにかく壊してもいいものを存分に壊すことがいいんだよ。海外ではそのための有料サービスがあるくらいだ」
ものを壊すために金を払うのはよく分からないが、紙を破るだけでもそれなりにスッキリした
親とかと喧嘩した後に物を殴るとかいう行為はストレスを解消しているっていうことだったのか
だから少しスッキリした気になれたのかあれは
「3つ目は仲のいい人と一緒に過ごすことだ。大好きな恋人や気のおけない友人、お兄ちゃんの場合は彼女がいないからゲーム仲間でも誘ったらいいと思うよ」
ん、俺ちょっとバカにされた?
彼女がいないことに対して侮辱されたのかな?
俺はな、つくらないだけでつくろうと思えば彼女ぐらいすぐにできるんだよ!
いや、嘘つきました。そんなことは決してありません、ごめんなさい
「みんなと一緒にご飯でも食べてストレスを忘れる、それが大事なんだよ。ゲーム仲間だったら今日ストレスに感じたことを話題にして語り合うっていうのもストレスを発散できると思うよ」
俺はポケットからスマートホンを取り出した。手馴れたものの指紋認証でパスコードを解除し、迷わずラインの方から電話をかけた
「もしもし、俺だけど。今日よかったら俺ん家こねぇか?」
************************************************
「では、4つ目。それは大声で叫んでみたり歌を歌ってみたり、とにかく声を使ってみたらいいストレス解消になるよ。
お兄ちゃんがゲーム中に発狂していたのも実はいいストレス解消だったんだよ」
あの発狂には自然とストレスを解消するものだったのか
確かにゲーム中に発狂している奴や暴言を吐いている奴なんかもいるな
そういうのがいいストレス解消になるのか
「スポーツ選手だと試合前に大きな声を出して気合を入れたりしているよね。大声を出すことには脳を刺激し、心と体をリフレッシュしてくれる効果があるんだよ」
つまり、ドラゴンボールのサイヤ人たちは超サイヤ人になる時とかに発狂しているあれは、ストレスを解消するための行為だったのか
確かに『クリリンのことか!』って言ってからフリーザをボッコボコにできるようになったもんな
心と体をリフレッシュできたからこそ超サイヤ人になれたということなんだろう
「(なんか間違った解釈してそうだけど、そっとしておこう)……あ、歌を歌うこともいいストレス解消になるよ」
「歌か……」
俺が知っている歌となればアニソンとか最近の流行りのものだろう
歌を歌う、カラオケとかでストレスを発散するとかはよく聞く言葉だ
俺はスマホを手にイヤホンをはめて音楽を流し始めた。曲の前奏が流れ始める
大きく息を吸って、大きく口を開けて
「あの日のかなーしみーさえ、あの日のくるーしみーさえ♪」
妹の耳にはきたない音程と兄の音痴な歌声が響いていた。
歌はわりかしできるかと思っていたけどここまでとは思ってもいなかったのだ
もちろん
「………………。」
無言でその光景を見ることしかできなかった
「はぁ、歌ったらいい気分になったぜ。んで最後のストレス解消法はなんなんだ?」
そう問いを述べると妹の顔が目に飛び込んできた。自然的に
すっかりノリ気の俺に対してなんだか妹が少しやつれて見えるのは俺だけだろうか。
「それじゃあ、最後のストレス解消方法を言うね……」
思ったよりも兄の歌声でダメージを負った妹だった
*************************************************
「5つ目は、お兄ちゃんの大嫌いな体を動かすことだ。」
「うぇー」
聞きたくもない二文字だ。俺はそれと言って太っているわけでもない。どちらかというと少し細身で筋肉も標準ぐらいにはある
そんな俺は、運動が面倒臭いし辛くて何より疲れるから嫌なのだ
だから高校生の時とか、持久走の授業は大抵歩いていた記憶がある
「お兄ちゃんにも多少なりと運動したことはあると思うけど、運動をしている時ってとても集中しなかった?」
「ああ、そういえば中、高とバスケをやっていたからな。必然と動く機会があったからそのときは集中していたなぁ」
運動が嫌いなくせに部活でバスケを選択しているなんて矛盾しているじゃないか、と思うだろうがもちろん俺は試合で走ったことはほとんどない
とにかくシュートだけをひたすら練習してレギュラーになれたぐらいだ
適当に誰もいない場所に居ればほとんど点を取ることができたし
「バスケをしてたのに運動したくないとかよくわからない理屈だけど、それなら尚更わかるんじゃないかな。体を動かしているときは自然と気分がよかったんじゃないの?」
「んーー。どちらかといえばそうだな。バスケは普通に楽しかったのを覚えいる」
「じゃあ毎日30分だけでも歩いたらストレスは解消できるよ。動くだけでいいんだからお兄ちゃんでも簡単にできると思うよ」
「いやいやいや、動くのとか絶対嫌だから。俺はプロゲーマーになるのが夢なんだよ。ps-4のコントローラーは俺の命なんだよ」
そう言って俺はコントローラーを妹に見せつける。さっきまで乱雑に扱われていたやつだ
「プロゲーマーになるんだったらみんなの前でゲームするんだからすごいストレスを感じると思うよ。最高のパフォーマンスをお客さんに見せるためには運動をして最高のコンディションでゲームをするべきなんじゃないかな」
妹からひどく考えさせられる言葉が聞こえた。『最高のパフォーマンス』、『最高のコンディション』、『お客さんのため』、『プロゲーマーになるためには』
そのどれもが俺にとって大事なものだった。
「ーーーー歩くか」
俺は愛用しているパーカーを羽織って、外に行く準備をした
今はまだ5時だ、それに季節は昼だからまだまだ日は昇っている時間のはずだ
運動するにはもってこいだろう
「……ちょろすぎ」
妹の小さな声はもちろん俺にまで聞こえるはずもなかった
俺はいつもの口調と雰囲気はそのままに、やる気だけは充分に持って玄関へと行った
靴はランニングシューズだ
俺は運動することにした