六話『上司と部下』
かつて、僕の命を救ってくれたヒーローは、十年経っても、あの時と何ら変わりのない姿のままだった。
いかにも屈強そうな体躯に、短髪で男らしい顔立ち。それでいて、その瞳には優しさが滲んでいて、老いは一切感じない。むしろ、若くなっているようにすら見える。
班長は口元に笑みを乗せた。
「……待ってたぞ。お前なら、きっとハンターになれると思っていた」
「え? ちょっと待ってください。二人、顔見知りなんですか?」
驚く八幡さんに、班長は「ああ」と頷く。
「前に話したことがあっただろ。十年ほど前、河童に襲われていた小学生を助けたことがあったって」
「じゃあ、瀬織くんがその時の?」
「そうだ。そして俺はあの時、言ったんだ。『十年後くらいにまた会おう』ってな。まさか、本当に十年でハンターになるとは思っていなかったが」
僕は興奮を抑え、心に留めていた言葉を放つ。
「尾角さんの言葉を胸に、そして、尾角さんのようなハンターになりたいと思って、その背中を目標にこれまで頑張ってきました。今の僕があるのは、尾角さんのおかげです。助けていただいたこと、そして僕の人生に道標を立てていただいたことに対して、ずっとお礼が言いたかったんです」
僕はもう一度、頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
すると、僕の肩に大きな手が乗せられた。
「今のお前があるのは俺のおかげではなく、全てお前自身がこれまでに積み重ねてきたことの結果だ。お前があの時河童に襲われたことも、俺が助けたことも、ただのきっかけに過ぎない」
僕が顔を上げると、班長はにっと白い歯を見せた。
「だから、感謝をするなら俺ではなく、これまで頑張ってきた自分に対して感謝しろ。しかし当然、理解しているとは思うが、本当に大事なのはこれからだ。ようやく、守られる側から、守る側に回っただけだからな」
僕は「はい」と班長の目を見て、力強く返事をした。
すると、「いやー」と八幡さんは長い息を吐く。
「それにしても、映画みたいですね。かつて助けた子供が、部下になるなんて。ハンターになるだけでも凄いのに、同じ班に配属されるって、どえらい偶然やと思うんですけど」
「僕も、尾角さんの班に配属されると聞いた時は、とても驚きました。まさか、同じ班になれるなんて」
誰がどの支部にいるかは公表されているため、僕は火伯支部に尾角さんがいることは知っていた。だから、火伯支部に配属されると知った時、こんなこともあるんだな、と僕は運命めいたものを感じた。
班長は豪快に笑う。
「まあ、人の人生なんて、偶然が重なって出来ているものだからな。そんなこともあるだろうよ。……とにかく、これからよろしくな。わからないことがあったら、遠慮なく、訊いてくれ」
僕は差し出された厚い手を、ぐっと握り返した。
すると、熱い空気に水をかけるように、「班長」と加藤さんの冷えた声が飛んできた。
「歓迎はその辺りにして、今日のメニューを教えて貰えませんか?」
班長は「おいおい」と肩を竦ませ、そっと手を離す。
「感動の再開なんだから、もうちょっと、余韻に浸らしてくれよ」
「それなら、終わってからいくらでもどうぞ」
「相変わらず、お前は冷めてるな。えっと…………」
班長がファイルを開き、加藤さんにトレーディングメニューを伝えると、加藤さんはすぐさま、トレーニングを始めた。
班長は八幡さんにも指示を出すと、ファイルに目を凝らし、眉間に皺を寄せる。
「ん。瀬織のトレーニングメニューは、『本人に任せる』とあるな」
「まだ、メニューが組めてないってことちゃいますか?」
「いや、もう組んだと聞いている。それよりも気になるのはここだな。『射撃の訓練の必要有り。加藤による指導を』とある。射撃、苦手なのか?」
僕は「は、はい」と身体を小さくする。
「施設でも、かなり下位の方でした」
「なるほど。……だそうだが」
班長が加藤さんに視線を向けると、腹筋マシンに座っていた加藤さんは、「勿論」と無表情で頷く。
「指示ならば、指導をします」
班長は「なら、頼むぞ」とファイルを閉じた。
「とりあえず、今日は無理をしない範囲でトレーニングだな。明日からは、加藤と射撃訓練を重点的に行って貰うことになるだろうから、心積もりしておいてくれ」
僕は「わかりました」と快活な返事をした。




