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五十六話『決着』

 僕は当たらないのは承知の上で、一発、スイセンに向かって散弾銃を撃った。スイセンは反射的に腕を身体の前で組んで防御をすると、止まらずにこちらに猛進してくる。


 僕はじっとスイセンの動きを観察し、腕が伸びてきたと同時に、思い切り右方向へと回転しながら避けた。さらに、追撃してくる尻尾も、跳んでかわす。


 そして、空を切ったスイセンの左の横腹に向かって、散弾銃を撃つではなく、突き刺す要領でぐんと伸ばした。先ほど、花さんがやっているのを見て、使えるなと思ったのだ。


 がら空きだったので当たったと思ったが、突然、がくん、と僕の体勢が崩れ、そのままスイセンの方へと引き寄せられた。僕は慌てて散弾銃を手から放すと、顔をもたげ、すぐそこまで迫ってきていたスイセンの腕を、掴んで止めた。


 もう一つのスイセンの腕は、散弾銃を引っ張ったのに使っているはず。ということは今、僕の攻撃を防ぐ術はない。


 僕は左手をぐっと引くと、皿へと狙いを定めた。しかしその時、視界の端からスイセンの腕が伸びてきているのに気付き、僕は慌ててその手首を掴んで防いだ。


 そんな、どうして。尻尾は視界の端にあり、スイセンの腕は既に二本とも塞がっているはずなのに。


 そこで出来た一瞬の隙をつかれ、蹴りを腹に食らい、僕の身体は後方へと吹き飛んだ。


 倒れたら、詰められてそのままやられてしまう。僕はバランスを崩しながらも、片手だけの後方転回で何とか転倒を回避し、そして一旦、スイセンと距離を取った。


 なるほど。僕はスイセンを見て、納得した。


 スイセンの身体からは、長い尻尾が二本、出ていた。


 横腹に向かって伸ばした散弾銃の銃身は、腕ではなく尻尾で掴まれていたのか。寸前まで二本目が出ていなかったので、全く気付かなかった。


「……二本目の尻尾を出していなかったのは、わざとか」


 スイセンはふっと鼻息を飛ばす。


「前回の戦闘で、お前がこちらの動きをよく観察しているのがわかったからな。視認しているのとしていないのでは、警戒の度合いが変わる」


 スイセンはそう言うと、「それより」と尻尾を高く持ち上げる。その先には、僕の散弾銃がぶら下がっている。


「こちらからも一つ、訊きたいことがある。……どうしてあのタイミングで、俺様の脇腹にこれを発砲しなかった? 他の人間なら、あそこで確実に撃ってきていたが、貴様は本来の使い方をしてこなかった。そしてあの場面なら、撃った方が効果的だったはず。その選択を取らなかった意図は、一体なんだ?」


 僕が答えないでいると、「そうか」とスイセンは口角を上げた。


「貴様、これを扱うのが得意ではないのか」


 僕はその犀利な洞察力に、素直に感心した。僕は長い息を吐くと、「まあ」とつま先で地面を叩く。


「言ってしまえば、そうだよ」


 それを聞いたスイセンは、散弾銃を上下に揺らす。


「なるほど。道理で貴様は、他の奴らより強いのか」

「どういうことだ?」

「相手が持っている最大の一撃ってのは、こちらも警戒する。お前らが、俺様たちの爪と牙に細心の注意を払うようにな。そして、お前以外の人間は全員、警戒している攻撃しかしてこなかったから、俺様は簡単に攻撃の手が読めた」


 尻尾で持ち上げた散弾銃の銃口を、スイセンは自身の皿へと向ける。


「本来、その最大の一撃は、確実にそれが相手に届く時に放つべきだが、奴らはそればかりを俺様に向けてきた。それはなぜか。……奴らは道具に頼り切っていて、本体はただの雑魚だからだ」


 僕の眉が、意識せずにぴくりと動いた。


「それに対して、お前は道具に頼っていない。だから強い。元々この道具を扱うのが苦手だから強くなったのか、もしくは強かったから、この道具を扱えるようになる必要がなかったのかはわからないが」


 スイセンは「まあ」と尻尾から散弾銃を離した。


「ただ、どちらにしろ、勝つのは俺様なんだけどなっ」


 散弾銃が地面に触れたと同時に、スイセンは何かを勢いよく蹴り上げた。それにより、僕の視界が黒い影に塞がれ、前が見えなくなる。


 落ちていた河童の臓物か。


 そう気付いた時には、既にスイセンは眼前まで迫ってきていた。


 だが、何とか避けられる。


 僕は咄嗟に、後方へと地面を蹴り出す。しかし、僕の身体はイメージとは異なる動きを見せた。


 血溜まりに、足を取られて滑ったのだ。


 しまった。


 次の瞬間、胸元に激しい痛みが走った。そして僕はそのまま仰向きに倒れると、スイセンに両腕を押さえられ、肩を噛みつかれた。


「っつ…………」


 鋭い牙が、僕の肉にめり込んでいく感覚。言葉にならないほどの痛みに、僕は一瞬、気を失いそうになる。


 僕は「らあっ」と何とか気を保つと、エビのように身体を丸めて足を伸ばし、スイセンの皿を目がけて蹴りを入れる。しかし、スイセンはそれを予想していたのか、こちらを見ずに足を尻尾で受け止めると、そのまま立ち上がり、尻尾の力で僕の身体を投げた。


 足を掴んで投げられた僕は、受け身もろくに取れず、地面に叩きつけられる。しかし、ここで追いうちをかけられると、やられてしまう。僕はすぐに立ち上がると、スイセンに向かって構えの姿勢を取った。


 脈動の度に、裂けるような痛みが走る。そっと胸に手を当てると、生温い感触が指先に伝わってきた。


 傷を負ってしまった。


 班長と八幡さんは傷を負ったあと、血清を打ったものの、効かずに死んだ。そのことから、河童の持つ毒の成分が変わったことはほとんど間違いない。そして、血清は製造するのに長い時間がかかるため、現在、解毒する方法は存在しない。


 だから、絶対に爪と牙による攻撃を受けてはいけなかったのに。


 ああ、あの時と同じだ。


 小学生の頃、河童に襲われた時に感じた、心が闇の底へと落ちていくような感覚。これまであまりに大き過ぎて見えなかった『死』が、現実のものとして僕の前に現れ、僕の手を引いていく感覚。


 ただ、あの時と違うのは、怒りの感情の有無だ。あの時、僕は河童に対して激しい怒りを覚えたが、今は不思議と全くない。


 それは、今、僕が戦っているのは河童であって、河童でないからだろうか。


 その時、僕の足が、がくっと崩れた。


 それを見たスイセンの目が怪しく光り、こちらに向かってくる。


 思ったよりも、受けた傷が深かった。すぐに構えなければと思ったものの、痛みから、反応が遅れた。


「じゃあな。これで終わりだ」


 スイセンの爪先が月光を反射し、僕は不覚にも、綺麗だと思ってしまった。爪先が僕の喉を真一文字に裂き、僕の赤い生命が迸る様子が、脳裏に浮かんだ。


 本能が諦め、指先一つすら動かない。


 僕の負けだ。


 そう悟った次の瞬間、スイセンの身体が、ぴたりとその動きを止めた。


 一体、何だ。


 すると、僕とスイセンの見開いた瞳が交錯する下から、「……くそが」と掠れた声が聞こえてきた。視線を下げると、気息奄々たる状態のハンターが、スイセンの足首を掴んでいた。


「……誰が雑魚だ。人間舐めんじゃねえっ」


 ハンターはそう言うと、もう片方の手で、「頼んだ」と僕に向かって散弾銃を投げた。それを見たスイセンは「ちくしょうっ」と叫ぶ。


「余計なことしやがってっ」


 僕は散弾銃を受けとると、素早くスイセンに向かって突き出した。スイセンは反射的に皿を庇おうとしたものの、僕はそこを狙っていない。


「これなら、僕でも当てられるでしょ」


 僕がそっと引き金を引くと、スイセンの口内に潜り込んだ銃口から、絶対に外れない弾が発射された。


 乾いた音と湿った音が、同時に聞こえた。


 銃創を身体で固定していなかったため、撃った反動で、僕は尻もちをついた。


 見上げると、そこには緑の三日月が二つ、浮かんでいた。本物の月は見世物が終わったからか、また雲の奥へと姿を隠している。


 スイセンの身体がゆっくりと後ろ向きに倒れていく。そして、隠死が始まったため、僕は僕のことを救ってくれたハンターの身体を抱え、その場から離れた。


 やがて、スイセンの身体は膨張し、他の河童たちと同じように爆発した。すると、小さな肉片が僕の目の前まで飛んできた。見ると、その肉片はぴくぴくと痙攣している。それはまるで、彼が僕に対し、何かを言っているように見えた。


 僕はふっと苦笑を漏らす。


「キミの勝ちだよ……」


 ふと視線を落とすと、ハンターは満足気な表情で息絶えていた。僕は頭を下げ、そっとその目を閉じてやった。


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