五十五話『再会』
狭い空から、乾いた発砲音と鈍い爆発音が聞こえてくるものの、路地には僕たちが走る足音だけが響いている。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「何や? 一つでも二つでもええで」
「あのスキンヘッドと長髪の方は、北陸支部の班長と班員ですよね?」
「せや。スキンヘッドが班長で、長髪がヘリウムや」
「えっと、『ヘリウム』って?」
「何もかもが軽い、軽い男やから、ヘリウム」
なるほど。確かに、あの僅かな間だけでも、その片鱗を見せていたような気はする。
「まあでも、あいつもやる時はちゃんとやりよるから。それよりも、ウチらはウチらのやらなあかんことに集中せな。……ほら、来たで」
僕たち三人は立ち止まり、空を見上げた。
雲の間隙からようやく顔を覗かせた月を背景に、二つの真っ黒な影と、四つの翡翠の玉が、こちらに向かって降ってくる。
僕たちはそれを避けると、花さんが間を空けずに、「真五郎」と叫んだ。すると、真五郎さんは何の躊躇いもなく、散弾銃を二匹に向かって撃ち放った。
皿ではなく、最初から腹を狙ったらしく、河童の薄緑の腹に小さな穴が空き、そこから一筋の血が流れた。
ただ、あれではまだ致命傷にはなっていない。すると、花さんが立て続けにまた二発、河童に向かって散弾銃を発砲した。しかし、さすがに今度は警戒していたらしく、河童はそれを避け、二手に分かれた。
すると花さんが、「あんた」と僕のお尻を蹴った。
「ここはウチらがやっとくから、隙を見て抜けてまい」
「は、はい。しかし、気をつけてください。おそらくですが、傷を負ってしまうと、血清が効かないので死んでしまいます」
花さんは「わかっとる」と言いながら、自ら河童に向かって突っ込んでいった。本当にわかっているのか、と僕が困惑していると、花さんは手に持った散弾銃を撃たずに、槍で突くようにして、皿へと向かって腕を伸ばした。
意表を衝かれた河童は、何とか寸前でそれをかわしたものの、花さんはすぐさま伸ばした腕を引っ込め、至近距離から、がら空きになった河童の腹へと弾を撃ち込んだ。
距離が近かったため、二つ目の穴は大きく、流れる血も多かった。しかし、河童はその場に片膝を着いたものの、まだ倒れない。河童は、皿を割れば簡単に死ぬものの、本体の耐久性は非常に高く、皿を割らずに倒すのはかなり時間がかかる。だからハンターはみんな、皿を割ることを目的とする。
しかし、二人の戦闘を見ていると、二人は端から、皿を割るつもりなんてないようで、とにかく腹に向かって、隙があればあるだけ撃ちまくっている。どうやらそれが二人の戦闘スタイルのようだ。
花さんは「ごめんな」と、穴が二つ穿たれた河童に対し、謝罪の言葉を投げる。
「ウチら、不器用やから、皿を狙われへんねん。せやから、苦しんで死なせてしまうかもしれへんけど、それが嫌やったら、さっさと自分で爆発してな」
それは皮肉ではなく、本心で言っているように聞こえた。
やはり、誰だって。
すると、花さんが「こらっ」と僕に銃口を向ける。
「何、ボケッと突っ立ってんねんっ。片膝着いた時、チャンスやったやろ。それともあれか、運動会のかけっこみたいに、合図鳴らさなスタート出来へんのか?」
「あ、いや、すみませんっ」
「しっかりしいやっ。ほら真五郎、時間作ったんでっ」
真五郎さんが「了解」と頷くと、花さんの「撃ちまくれー」という合図と共に、二人は河童に向かって、とにかく弾を撃ち始めた。
僕は怯んでいる河童の間隙を抜けると、激しい発砲音を背中に、そのまま走り出した。
空を裂く、命を奪い合う音。顔を覗かせている月は、一体、何を思いながら、この光景を見ているのだろうか。
やがて、路地を抜けると、大きな道へと出た。どうやら、交差点になっているようで、四方に広い道が伸びている。
しかし、そこには予想していた光景は広がっておらず、重く湿った風が吹いているだけで、人の姿は見当たらない。
その時、僕の鼻が異臭を捉えた。何度も嗅いだことのある、生臭さ。目を凝らすと、地面に黒い影がいくつも横たわっているのを見つけた。
それは、散乱する河童の血肉の隙間に、だらりと四肢を投げ出す、人の姿だった。
見渡してみると、かなりの数の遺体が転がっている。彼らは全員、河童ハンターの迷彩
服に身を包んでいて、彼らの傍には、ライフル銃や散弾銃が、彼らの亡骸へと寄り添うよ
うにして落ちている。
すると、建物の陰から、笑い声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある、掠れた笑い声。視線を向けると、切れ長い楕円の形をした翡翠色が二つ、真っ直ぐと僕を射抜いていた。
「……スイセンか」
月光の下へと現れたスイセンは、その身体を赤く染めていた。しかし、それはスイセン本来の色ではなく、彼が奪った命を纏って得た、偽物の色だ。その証拠に、赤はスイセンの身体から離れようと、爪先から次々と身を投げている。
スイセンは舌で上唇を舐めると、「幸運だ」とその爪を僕へと向ける。
「会いたい奴が向こうから来てくれるとは。勝ち逃げされたままだと、癪だからな」
「逃げたのは僕じゃなくて、そっちだろ」
スイセンはふっと鼻息を飛ばす。
「……確かにそうだな。俺様が逃げたのは事実だ。しかし、それはお前に勝てないと思ったから逃げたわけじゃねえ。数的不利になったからだ」
すると、スイセンの後方から、三匹の河童が現れた。
計四匹か。
前回、やり合った感触からすると、スイセンは一匹でも手強い。それが四匹同時となると、僕が勝てる見込みはかなり低くなる。
冷たい手汗が滲んで、上手く散弾銃が掴めない。集中しようと息を深く吐くものの、それ以上の不安が押し寄せてきて、鼓動が落ち着いてくれない。
すると、スイセンがゆっくりと腕を上げた。一瞬、僕に向かっての行動かと思ったが、どうやら河童たちに対して何か指示を出したようで、前に出てきていた三匹の河童たちが、一斉に後ろへと下がった。
「……一体、何を?」
「あ? 邪魔だから、どいてろって言っただけだ」
「邪魔? 一緒に戦った方が、キミに有利になると思うけど」
「そんなこと、貴様に言われなくてもわかってんだよ。ただ、有利な状況で貴様に勝っても、気持ちよくなれねえだろうが」
プライドが許さないということか。しかし、それを聞いて、僕は何だか不思議な気持ちになった。今、僕は河童と向き合っているはずなのに、どこかそうではないような。
「……キミ、河童らしくないね」
僕が口元に笑みを乗せると、スイセンは指を交互に動かしながら、僕を睨み返した。体表は所々、紫に染まり、既に長い尻尾を出している。
「河童なんて関係ねえ。俺様は、俺様だっ」
スイセンはそう言うと、地面を蹴ってこちらに向かってきた。




