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五十三話『友達』

 郊外、閑静な街の小さな駅。それでも、通勤時間帯だからだろう、それなりの数の疲れた顔が、改札の中へと吸い込まれていく。


 人がいない場所にある公衆電話を探したかったのだが、近年の携帯電話の急激な普及に伴って公衆電話の数が減っているためか、見つからなかった。


 そこで、却って人混みの多い方が目立たないという花さんの意見から、駅の公衆電話を使用することになった。


 僕は十円玉の筒を指の間に作ると、公衆電話の前に立った。僕の傍では、加藤さんが周囲に注意を向けている。


 メモ帳を開き、そこに記しておいた番号から瑞己へと電話をかける。近いのか遠いのか、距離感のわからない位置で鳴る呼び出し音を、僕の心音が追い越していく。


 すると、『もしもし』と警戒心を帯びた瑞己の声が、耳の中へと入ってきた。僕は受話器に顔を近付け、「もしもし」と、そっと置くように声を発する。


「僕だけど、今、大丈夫かな?」

『流かっ? お前、何やってんだよっ?』


 驚きと怒りが混淆したような、そんな反応。そして受話器の奥から、長い息を吐く音が聞こえてくる。


『……とりあえず、説明しろよ』

「申し訳ないけど、長々と説明している時間はないんだ。ただ、手短に言うと、報道されていることは事実ではないし、僕は何一つとして、間違ったことはしていない」


 毅然と言い切ると、数秒間の沈黙が訪れた。


『……わかった。信じるよ』


 その答えが返ってくるのは予想出来ていたものの、それでも安心する自分がいた。


『でも、どうしたんだ? お前、本当に大丈夫なのか?』

「今はまだ、大丈夫だ。だけどこれから、大丈夫じゃなくなるかもしれないことを、瑞己に頼みたいんだけど」

「俺に頼みごと? 何だよ?」


 僕はすっと息を吸い込むと、一連の出来事を、出来る限り手短に伝えた。


 聞き終えた瑞己は、『マジかよ』と呟いたきり、黙り込んだ。僕は少しの間、瑞己の中の整理が終わるのを待つ。


 電車が通り過ぎていく音が、不安を掻き立てる。既に、僕たちは捕捉されているかもしれない。いつ、乾いた発砲音が鳴ってもおかしくはない。そんな想像が脳裏を掠め、普段は掻かない箇所にまで、汗が滲む。


 やがて瑞己は、『よし』と何かを決意したような、太い声を出した。


『……その住所に、十九時に行けばいいんだな?』


 僕は鳩尾の辺りにきゅっと痛みを覚えながら、「ありがとう」と心から感謝をした。


「でも、大丈夫? 疑って申し訳ないけど、入社一年目の瑞己に、それを大々的に流せるだけの力はあるの?」

『いや、俺にはない。ただ、その流の言っている光景が撮れているなら、上に報告すれば、すぐに動くのは間違いない。俺の上司に、娘を河童に殺された人がいるから、その人に頼んでみる』

「わかった。頼むよ」


 すると、『でもさ』と瑞己が不安気な声を出した。


『あの住所って、俺の記憶だと確か……』

「そうだよ。今は店や人がいない、ゴーストタウンになっている」


 相模さんが受け渡し場所に指定した関東第二地区の住所は、現在、人が住んでいない亡霊の街と化している。


 数十年前までは店が並び、繁華街から少し外れてこそいたが、活気のある街だったらしい。しかし、近くの山に河童が出没するようになり、不安から客足が遠のくと、店が次々と廃業、移転していき、やがて街からは人がいなくなった。


 全国にはこういった、河童が原因でゴーストタウンとなった街がいくつかあり、それらのほとんどが、無人のまま放置されている。


 そして中には、無頼者たちの吹き溜まりになっていたり、野犬の住処になっている場所があったりと、治安の悪いイメージがついているため、瑞己が不安に思うのも無理はない。


「勿論、来てさえくれば、そこからは僕たちが瑞己を護衛するから大丈夫だよ」


 瑞己は僅かに間を空けたものの、「わかった」と返事をした。


 僕は積んでいた十円玉の束を、ぐっと握り締める。


「じゃあ、切るよ。……ごめん。こんな危険なことを頼んで」


 最後に一言謝ると、瑞己は『いや』と言下に謝罪を突き返す。


『人として、俺が協力するのは当然だろ。それに、お前たちは毎日、命を懸けて河童と戦ってんだから、それに比べたら、たった一回腹を括るくらいどうってことないさ』

「……そっか。じゃあ、今日の夜、七時に」


 瑞己は『ああ』と力強く返事をして、電話を切った。僕はそっと受話器を置き、公衆電話から離れる。


「どう? 大丈夫だった?」


 僕は加藤さんに、「はい」と頷く。


「予定通り、七時に来られるそうです」

「そう。なら、わたしたちもすぐに向かいましょう。ここから関東第二地区までは時間がかかるから」


 僕たちは駅から出て、花さんたちが待っている車両へと向かう。


 瑞己の無理に張った声が、頭の中で何度も流れ、僕は唇を噛みしめた。



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