五十二話『白日の下』
車内の静寂は、花さんの声が混じった長い溜息で掻き消された。
「……ほんま、絵に描いたようなクズ共やったな。途中からは怒りを通り越して、憐れみながら見てたわ」
花さんはそう言ったが、僕の感情は怒りで止まっていた。
幹部たちの私利私欲が、この現状を生んでいる。そしてそれによって、これまでに多くの尊い命が失われてきたことを思うと、僕は絶対に彼らを許すことは出来なかった。
花さんは「でも」とビデオカメラのモニターを閉じる。
「これで、事の全容は把握出来たな。要するにあいつらは、王の一族と組んで、『河童』という生き物を存続させることによって、自分たちの立場を守ってたわけや」
「河童がこの世界からいなくなると、獣害対策課はともかく、特定動物捕獲管理班は存在意義がなくなりますからね。当然、幹部の席も失われてしまう。それを防ぐために、王の一族に探索範囲の情報を教えていた」
「彼らが守ろうとしているのは、それだけじゃないわ。彼らはおそらく、多額の裏金を受け取っている」
「裏金、ですか?」
加藤さんは険阻な表情で、小さく頷く。
「ええ。話の中で、彼らは特定動物捕獲管理官枠拡充の計画を積極的に進めようとしていた。仮に、枠が拡充されてハンターや幹部の数が増えたとしても、彼らにとって表面上のメリットはない。しかし、枠が増えると、喜ぶ人たちがいることを考えると、自ずと答えは見えてくる」
「……銃器製造メーカーやな」
加藤さんは「そう」と花さんに視線を向ける。
「獣害対策課が銃を仕入れている相手メーカーは複数あるけど、戦後、その面子はずっと変わっていない。一応、銃器の購入は随意契約ではなく、入札契約制度となっているものの、これまでにそれら既存のメーカー以外から選ばれたことは、一度もなかったはず」
「でも、それに対して、これまで批判はなかったのですか?」
「当然、他の銃器メーカーから、官製談合ではないかという声が上がることは何度かあったみたい。しかしどうしてか、その火種は大きくなることはなく、全ていつの間にか鎮火しているそうよ」
「その都度、濁った水をかけて消してたんやろうな」
真五郎さんは「怖いねえ」と大げさに腕で肩を抱える。
加藤さんはじっと一点を見つめながら、何かに気付いたように「そうか」と呟く。
「元々、特定動物捕獲管理班枠の拡充は、河童が協力して人間を襲うという新たな事実が発覚し、わたしたち火伯支部が要請していたものだった。その時、やけに久千管理官が積極的に協力するなと感心していたけど、そういうことだったのね」
「枠が広がれば当然、銃器の取引量も増える。銃器メーカーに恩を売って、その見返りを求めるってことやろうな」
「あれもおかしいもんね。施設生全員に、個人の銃を所有させるの。ぼくたちハンターはともかく、施設生に個人の銃なんて不要だと思うんだけど」
真五郎さんの言う通りだ。施設生が実際に銃を撃つ機会などまずなく、訓練所で貸し出せば済むはずだ。きっとそれも、幹部と銃器メーカーの間で、裏取引が交わされた結果なのだろう。
「……それにしても、厄介なのは久千管理官ね。幹事長もいたけれど、実質彼らを取り仕切っているのは、あの人だわ」
「相模さんが生きていることもわかっている様子でしたし、僕たちが火伯に忍んでいことも、勘付いていましたもんね」
「だけど、そんな久千管理官も、まさかその遣り取りを撮られているとは思っていなかったのでしょう。そしてその僅かな油断が、わたしたちに切り札を与えた」
加藤さんは、じっとビデオカメラを見つめる。
「でも、相模さんが追われてたってことは、あのあと管理官たちに見つかってしもたってことやんな?」
「久千管理官の警戒網に引っかかったのかもしれない。しかし、相模さんは命を懸けて、これをわたしたちに届けてくれた。だからわたしたちは、必ずこれを白日の下に曝さなければいけない」
花ちゃんは「よっしゃ」と真五郎さんの肩を叩く。
「とりあえず真五郎、どっか公衆電話を探すんや」
真五郎さんは「了解」と頷くと、エンジンをかけ、車を発進させた。
発進して少しすると、加藤さんが僕に横目を向ける。
「……彼らの会話から、瀬織くんの友人が張られているのは間違いない」
「それはつまり、今日の夜、その友人と会う時、簡単にはいかへんってことやな」
「ええ。だけど、少なくとも瀬織くんのその友人が、わたしたちと接触する前に殺されることはないこともわかった。そして、接触さえしてしまえば、あとはわたしたちが何としてでも、その子を守るから」
その加藤さんの言葉は、暗に僕に何かを伝えようとしていることがわかった。それを察した僕は、「大丈夫です」と強く頷く。
「覚悟は出来ています。僕だって、命に代えてもあいつを絶対に死なせはしませんから」
当然、思うことはたくさんある。
だけど今は、僕は一人の河童ハンターとして、そして一人の人間として、前に進まなければいけない。瑞己に対する申し訳ない気持ちや、友人を危険な目に遭わせなければいけない自分に対する不甲斐なさは全て、これから先、背負っていくつもりだ。
僕は花さんからビデオカメラを受け取ると、紙袋に仕舞い、ICレコーダーを取り出した。それを再生してみると、映像の中で交わされていた会話が、より明瞭に録音されていた。ビデオカメラの音声が遠いことを考えて、相模さんが補完的な意図で用意していたのだろう。
頭の中に、班長、八幡さん、そして相模さんの顔が浮かぶ。
僕は抱えるように紙袋を膝の上に乗せると、口の部分をぐっと握り締めた。




