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五十一話『久千管理官』

『しかし、どうなのかしら。あの二人は一体、どこまで知っているのか、それによっても対応が変わってくるわよね。王の一族に関することだけなのか、もしくは、わたしたちと河童たちの関係性についても、知っているのか』


 全員の顔が久千管理官へと向けられ、久千管理官は僅かに顔を傾ける。


『どこまで知っているかについてはわかりませんが、瀬織が加藤を強行的に脱走させたところから考えるに、我々のことを疑っていることは間違いないでしょう。……そしてそれはおそらく、尾角の指示です。死に際に、何やら二人で遣り取りをしていたので』

『そういったことにならないよう、キミが和平交渉の席に帯同したのではないのかね』

『それに関しては、申し訳ありません』


 久千管理官は素直に否を認め、小さく頭を下げる。


『しかし、となると尾角は今回の件が起きる以前から、我々のことを疑っていたというわけか。ドクダミが我々のことを、加藤に話したのか?』

『いえ、ドクダミは否定していましたし、私もそれはないと思います。ドクダミが加藤のことを我々に伏せていたように、ドクダミは我々の存在も、加藤に黙っていた』

『じゃあ、なんで尾角は俺たちのことを疑ってたんやろか』

『尾角は、探索範囲の決定権限を自分たちに委ねるよう、しつこく要請していましたので、そこから不審に思ったのでしょう』

『ってことは、俺たちと王の一族の関係についてまでは、知らんかったんやろか』

『まあ、尾角班の動向については注意していたけど、瀬織を含め、あの四人がわたしたちの周囲を嗅ぎ回っているような様子はなかったから、さすがにそこには気付いていないでしょう』


 すると久千管理官は、『いや』と硬い声を出す。


『それが、そう安心していられない悪い情報があるんです』


 画面越しに、部屋の空気が張り詰めたのが伝わってくる。


『……どういうことだ?』

『全国、複数箇所の低周波音発生施設の監視カメラに、怪しい男が映っていたことが確認されています』

『怪しい男? 誰だそいつは?』

『わかりません。警戒しているのか、顔を隠していたので。しかし、それは裏を返せば、顔を隠す必要があること。つまり、その人物は、ただ好奇心から建物を眺めているのではなく、明確な目的の下で、何かを調べていた。……複数箇所でその人物らしき姿が確認されていることから、それは間違いないでしょう』


 その言葉に、管理官たちが一斉にざわつき始めた。


『一体、誰なんだそいつは?』

『あの施設を調べるということは、我々と河童の関係にも気付いているということではないのかね?』

『尾角たちの他にも、わたしたちを疑っている者がいるということ? だとしたら、それはまずいんじゃないの?』


 久千管理官は焦る管理官たちに、落ち着くよう掌を向ける。


『確かに、状況は芳しくありません。しかし、私はその人物に心当たりがあります』

『心当たり? 誰だね』

『……元尾角班、相模です』

『相模? 相模と言えば、半年ほど前に殉職した奴ではないのか』


 久千管理官は『ええ』と頷く。


『そうですが、私、ずっと怪しいと思っていたんです。尾角たちからの報告によると、相模は探索活動中、突然、河童に襲われ、そのまま連れ去られた。そのあと彼らはすぐに追いかけたものの、結局、見失ってしまったとのことです。そのため、相模の遺体は発見されていないまま、しかし生きている蓋然性は限りなく低いので、殉職という形になっているのです』

『なるほど。相模が生きている可能性があるわけか。しかし、どうしてキミは、その報告が怪しいと?』


 久千管理官は、人差し指で眼鏡を上げる。


『尾角班には、八幡という人間離れした耳を持った人物がいたからです。その報告を聞いた時、八幡がいながらそんなことが有り得るのだろうかと疑問を抱きましたが、確認のしようがなかったので、何も出来ませんでした。しかし、和平交渉の際、実際に八幡の能力を目の当たりにして、あの報告は嘘だったと確信しました。……だからおそらく、相模は生きている。そして、尾角の指示で、我々の周辺を探っているのだと思います』


 男性管理官が、舌打ちをする。


『くそ。死んだ人間を警戒することはないから、完全にノーマークだったか』

『それを狙ったのでしょう。そしてそれは、加藤たちが居酒屋で会っていたという、謎の男の正体にも繋がるのではないかと』


 管理官たちが、『そうか』と納得した声を上げた。


『なるほどな。加藤たちは相模と合流したというわけか』

『ということは、三人は確実に消さないといけないということね。では、見つけた場合は生け捕りではなく、殺してしまってもいいのかしら?』

『まあ、仕方ないでしょう。出来れば生きた状態で捕らえたいですが、そう簡単にいく相手ではありませんし、逃げられるくらいなら、殺してしまった方がいい』


 管理官たちはその意見に賛同した様子で、一斉に頷いた。


『そしてもう一つ、私たちが最も警戒しなければならないのは、決定的な情報を握られ、それを大々的に流されることです。おそらく、彼らはこれからみなさんへと近付き、証拠を入手しようとするはずですから、これまで以上に気を引き締めて、情報の漏洩には注意してください。万が一のことがあったら、全てが終わってしまいますから』


 久千管理官の緊張感を纏った言葉が、一瞬の無音を作り出した。画面越しに、管理官たちの息を呑む音が、聞こえてきそうだ。


 一人の男性管理官が、空咳を挟んで口を開く。


『……その三人の知人関係を洗う必要もあるな』

『はい。しかし、三人ではなく、尾角、八幡を含めた五人です。その五人の交友関係から、特にマスコミ関係者がいた場合は、マークしてください。万が一、彼らが私たちに関する情報を手に入れた際、その人物を通すことが考えられます』

『じゃあ、その五人と繋がるマスコミ関係者を見つけたら、先に消してしまっといてええんか?』


 久千管理官は、『まさか』と呆れるように、大げさに驚く。


『とんでもない。そんなことをしてしまったら、囮に使えなくなるじゃないですか』

『ああ、そうか。すまん。確かにそうやな。そいつらを張ってたら、加藤たちと接触するかもしれんもんな』

『はい。そこで一気に始末してしまった方が、効率がいいでしょう』


 久千管理官は、まるで雑務を処理するかのような軽い口調でそう言うと、肩に入っていた力を抜いた。


『……というわけで、とりあえず、今回の件についての対応は以上で宜しいでしょうか。異議、意見のある方は挙手を』


 久千管理官がゆっくりと全員の顔を見渡すも、手を上げる者はいなかった。それを確認した久千管理官は、『では』と声のトーンを僅かに上げる。


『次に、特定動物捕獲管理班枠拡充についてですが、先日、予定通り反対派の四名が死亡したことにより、現在、幹部の総数は十六名となり、私たちで過半数の票が取れる状況となりました。ですので、新たに幹部が補充される前に正式な幹部会議を開きたいのですが、幹事長、日程を出来るだけ早めていただけませんか?』


 すると、画面手前、頭だけ映っていた人物が小さく頷いた。


『わかった。善処しよう』


 初めて口を開いたが、それは確かに、幹事長の声だった。まさか、幹事長までもが黒だなんて。僕はもう、何を信じていいのか、わからなくなってきた。


 久千管理官は、『さて』とリラックスした様子で、腰に手を当てる。


『大まかなところは、これくらいでしょうか。細かな調整などはまた後程、煮詰めていくことにしましょう』


 久千管理官が着席すると、管理官たちの伸びていた背中が丸まっていく。


『それにしても、あほやな。拡充に賛成しとったら、坂本管理官たちも死なんかったのに』

『無理もないんじゃないかしら。彼らからしたら、特定動物捕獲管理班の枠が拡充したところで、面倒ごとが増えるだけで、メリットなんてないのだから』

『わしが向こうの立場だったとしたら、間違いなく反対しとっただろうからな。ま、運が悪かったと言うしかない。彼らも今頃、ただの幹部に留まった自分たちの人脈と運のなさに、臍を噛んでいることだろう』


 管理官たちの野卑な笑い声が、小さい機械の中に響き渡る。


 それから管理官たちは食事を取り、誰がどの地区の捜索を行うかなどを決め、モニターは真っ暗になった。


 僕たちはしばらく、その真っ暗になった画面の先を、黙ってじっと見つめていた。



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