三話『火伯支部』
獣害対策課の車両に乗り、火伯支部へと向かう。
助手席に乗った僕は、圧迫感すら覚える緑を、窓からじっと眺めていた。
近畿地方火伯地区は、その総面積の約八割が山地で占められており、古くから『山の国』などと呼ばれることもある。中央を規模の大きな山脈が縦断、そこから血管のように小さな山脈が枝分かれし、山塊を形成している。さらに、山間部を複数の川が蛇行するように流れていて、場所によっては深い峡谷が形成される。
八幡さんが小さく笑う。
「めっちゃ田舎やろ」
「話には聞いていましたけど、山に囲まれているんですね」
「そりゃ河童もようさんおるわな」
僕は「そうですね」と頷いた。確かに、これだけ山が広がっていると、河童にとっては住み易いだろう。実際、火伯地区は全国に二十五ある支部の中で、最も河童が多く生息している地区だと言われている。所々に立っている、『河童出没注意』の看板も、どこか他の地区のものに比べると、警告の度合いが強いように思える。
「ところで、どうして八幡さんが迎えに来てくださったのですか? 話では、加藤さんという方が迎えにくると聞いていたのですが」
すると八幡さんは、「ああ」と苦い表情を浮かべる。
「オレもそう聞いとったんやけど、支部でコーヒー飲んで全く迎えに行く気配がないから、『行かへんのですか?』って訊いたんや。そしたら、『子供じゃないんだから勝手に来るでしょ』って。……で、可哀想やから、優しいオレが迎えに来てあげたってわけ」
「あ、ありがとうございます」
「いや、かまへんよ。オレも、初めて来た時は班長に迎えに来て貰ったからな」
八幡はそう言うと、「おっと」と突然、僕の肩を手で押さえ、急ブレーキをかけた。何事かと思い、ふと前方を見てみると、一匹のたぬきが道路の端でこちらを見ていた。
「ほら、はよ通りや」
八幡が顎で行け、と示すと、たぬきは小走りで道を横断して行った。たぬきが完全に通り過ぎたのを見て、車がゆっくりと動き出す。僕が住んでいた関東第三地区ではありえない光景に、ただただ驚く。
「ごめんな。……それで、何の話してたっけ?」
「えっと、八幡さんが優しい話です」
八幡は笑いながら、「せやせや」と頷いた。
僕はここで、気になったことを訊ねる。
「あの、加藤さんって、同じ班の人ですよね?」
「ああ、せやで。班員は尾角班長、オレ、織江くん、そんで加藤さんの四人や」
「加藤さんってどんな方なんですか?」
八幡は「どんな方」と呟き、軽く眉間に皺を寄せる。
「うーん。一言で言うと、鬼やな」
「お、鬼、ですか?」
「そう、鬼や。いや、そんなこと言ったら鬼が可哀想か」
「鬼が可哀想って……、それはつまり、怖いということですか?」
八幡さんは信号で停止すると、「まあ」と仔細顔を僕に向ける。
「会えばわかるわ。ほら、言うてる間に着くから」
八幡さんが指差した遠くに、六角形の建物が見えた。隆々と広がる緑の中で、申し訳なさそうに灰色が埋もれている。あれが、火伯支部だろう。
自然と、腹の辺りに力が入った。




