四十四話『反撃の一手』
普段、早く食事をすることに慣れているからか、全員、十分もしないうちに、全ての皿を空にした。何も頼んでいない状態で居座るのも店に悪いので、全員アイスを頼み、相模さんの空咳から、本題へと入った。
「まず、現状の報告をすると、幹部が王の一族と関わりがあるのは、ほとんど間違いないだろう。そう考えられる理由は二つ。一つは、今回の件が一切表に出ていないことだ」
「表に出ていない?」
相模さんは「そうだ」と僕に視線を向ける。
「言葉を話し、生殖機能を有する王の一族の存在も、和平交渉があったことも、幹部以外は誰も知らない。害獣対策課の職員も世間も、加藤が横領をし、その加藤を瀬織が留置施設から連れ出し、二人で逃走しているとしか思っていない」
「それは、幹部が情報を伏せているということですか?」
「ああ。おそらく、上にも報告せず、自分たちのところで留めているのだろう」
「ちょっと待ってください。なら、幹部全員が共犯なのですか? 和平交渉の前、幹部会議が開かれたんですよね。だとしたら、幹部は全員、王の一族のことも、和平交渉のことも知っていて、その上で全員がその情報を伏せているということになりますよね」
相模さんは「いや」と首を横に振る。
「そうとも限らない。その会議は完全非公開のため、詳しい内容や参加者についてはわからないが、参加していない管理官も数人いることがわかっている。だから、幹部全員が、河童と繋がっているとは言えない」
「わたしもそう思います。少なくとも、あの時、和平交渉へと向かった管理官たちは命を落としているので、彼らは河童との繋がりはなかったのでしょう」
加藤さんの言葉に、僕は頷く。
「確かに、あの時いた管理官たちに、河童と面識があったような様子はありませんでしたし、全員、河童に怯えていました。勿論、演技をしていた可能性も否めませんが、やはり殺されている点を考えると、あの場にいた管理官たちは、何も知らなかったと思います」
相模さんは「そしてもう一つ」と人差し指を立てる。
「一部の管理官が出入りする、謎の施設を見つけた」
「謎の施設、ですか?」
「ああ。全国の支部からそう遠くない場所にある施設だ。建物の大きさはコンビニほどで、一見すると、ただの倉庫のような外観をしている。しかしその倉庫から、低周波音が出ているのが確認出来た」
「低周波音? 確かそれって、王の一族が、連絡手段に用いているという……」
加藤さんは「なるほど」と頷く。
「それを使って、王の一族と連絡を取っている可能性があるというわけですか」
「ああ。ずっと、疑問だった。もし王の一族たちと幹部たちが繋がっていて、ハンターの探索範囲を幹部が王の一族に伝えているとしたら、どういった形で接触しているのか。しかし、あれを用いることで連絡が可能ならば、わざわざ会う必要もなく、毎日、簡単に探索範囲を伝えることが出来る」
「まさか、僕たちの知らないところでそんなことが行われていたなんて」
僕の背筋を、アイスが溶けるように、冷や汗がゆっくりと伝っていく。
「まあ、まだ確証ではないがな。だから私はその証拠を掴むために、とある料理店へと潜入していた」
「料理店、ですか?」
僕が小さく首を傾げると、相模さんは「そうだ」と僕を一瞥する。
「幹部たちが、いつも隠れて使用する料理店を見つけた。どうも、奴らはそこで表には出せない話をしているらしい」
伏魔殿に入り込んでいるということか。僕は唾を飲み込む。
「つまり、その様子を押さえようというわけですか」
「ああ。しかし一つ問題がある。というのも、元来の予定では、そこで証拠を入手し、尾角さんの知り合いのマスコミ関係者を通して、世間に大きく公表して貰うはずだった。しかし、尾角さんが亡くなってしまい、私はその知り合いについては何も聞いていなかったため、伝手がなくなってしまった。最悪、どこかのマスコミに持ち込んでもいいが、万が一を考えると間に信頼出来る人間を挟みたい。……お前たちの知り合いに、そういった職業に就いている人物はいないか?」
マスコミ関係者。僕の頭に、すぐ一人の人物の顔が思い浮かんだ。
「あの、僕、心当たりがあります」
相模さんは「本当か?」と少し大きな声を出す。
「はい。古くからの友人が、大手広告代理店のK社に勤めています。ただ、まだ今年入ったばかりの新入社員なので、そんなことが可能かどうか」
「いや、問題ない。もし、その証拠を入手出来れば、世間が震撼するような大きなニュースとなるから、その友人から上に流せば喜んで動くだろう。それに、K社ほどの大手なら幹部たちが手を回して防ぐことも出来ないだろうから、都合がいい」
「では、相模さんから証拠を受け取ったあと、そいつに渡せばいいんですね? 予め、友人に連絡をしておいた方がいいですか?」
「いや、証拠が手に入るまでは、伝えない方がいい。キミの友人を疑うわけではないが、漏れる穴は一つでも少ない方がいいからな」
僕は「そうですね」と納得する。
「そしてその日時だが、幹部がその料理店の予約を取っているのが、三日後の夜になる。だから、四日後の早朝には渡したい。場所は……」
相模さんはポケットからペンを取り出すと、割り箸の袋にとある住所を書き、それをテーブルの中央へと置いた。
「とりあえず、朝の四時にこの場所へと来てくれ。そこで直接、手渡しする」
割り箸の袋に書かれている住所は、近畿に近い北陸地区。相模さんはペンを仕舞うと、僕と加藤さんに視線を向けた。
「本当はお前たちの面倒を見てやりたいが、俺は自分のことで精一杯で、何もしてやれない。だからお前たちは何とかして、三日間、逃げ続けてくれ。……ただ、気をつける必要がある。今、奴らはお前たち二人を、血眼になって探しているはずだ。裏社会の人間も使って、おそらく人海戦術でお前たちを捕らえようとしてくる。そして勿論、捕まったら最後、命はないぞ」
加藤さんは「それなら」と鋭い眼差しを、相模さんへと返す。
「相模さんも気をつけてください。きっと、彼らは周辺にも、過敏に神経を尖らせているはず。わたしたちが無事でも、相模さんからその証拠を受け取れないと、何の意味もありませんから。たとえ死んだとしても、渡しに来てください」
加藤さんの言葉に、相模さんは苦笑を浮かべる。
「お前は相変わらずで、安心したよ。……しかし、任せてくれ。何としてでも、届けるから。尾角さんと八幡のためにも、絶対に失敗は出来ない」
相模さんはそう言うと、半分ほど溶けたイチゴのアイスを、スプーンで崩した。崩れたアイスの欠片は、薄紅色の液体の中でひっくり返り、眩い照明の下、光沢のある断面を露わにする。
僕はそれを見てふと、爆発して肉片と化した、河童を思い浮かべた。




