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四十話『加藤さんの変装』

 服屋に戻ってきた加藤さんを見て、僕は「あれ?」と驚いた。


「化粧、されたんですね」

「女が最も簡単に、かつ自然に出来る変装だから」


 加藤さんは普段、眉毛を描いているくらいでほとんど化粧をしていないので、とても新鮮に感じた。それでも、元の顔が整っているので、化粧をしてもそこまでの変化はない。ただ単純に、綺麗になったといったところだ。


 そんな加藤さんは、手に黒いリュックサックを持っていた。中身を訊ねると、下着や生理用品などで、どうやら加藤さんはこの逃亡生活が長引くと予想しているようだ。


 下着は僕の分まで買ってくれたらしいが、何だか少し、むず痒い気分になった。


 加藤さんは「それで」と僕の手元に視線を向ける。


「結構な時間があったから、選べたでしょう」

「あ、はい。一応、これはどうかなと」


 僕は、水色のワンピースを広げて見せた。すると、加藤さんはしばらく硬直したあと、無言で懐から拳銃を取り出そうとしたので、僕は「待ってくださいっ」と慌てて説明する。


「これでも、かなり落ち着いたものを選んだつもりですよ。最初はピンクや花柄、フリルがついたものにしようとしていたんですから」


 加藤さんは軽く眉間に皺を寄せ、僕を睨む。


「……どうしてワンピースなの?」

「いや、加藤さんが普段、絶対に着ないだろうなと思って」

「確かに、着たことないけれど……。でも、少し丈が短くない?」

「長過ぎると、動き辛いのではないかと」


 加藤さんはしばらくワンピースをじっと見つめていたが、やがて、決心するように深く息を吐いた。


「……わかった。これを着るわ。ただ、バイクに乗るから、中にレギンスは履く」


 加藤さんはレジへと向かってワンピースとレギンスを購入すると、荷物を僕に預けて、御手洗いへと入っていく。そして数分後、御手洗いから出てきた加藤さんを見て、僕は思わず噴き出しそうになるのを、何とか堪えた。


 僕が知っている加藤さんからあまりにかけ離れ過ぎていて、最早別人に見える。街ですれ違うと思わず振り返ってしまいそうなほどの美人だが、綺麗になったというより、普段の加藤さんがいかに無骨な装いをしているのかが、よくわかった。


 加藤さんは照れ隠しからなのか、仏頂面で、「それで」と僕に視線を向ける。


「どう? ちゃんと変装になってる?」

「あ、はい。少なくとも、テレビで出ていたあの写真から加藤さんを探しても、絶対に見つけられないと思います」

「そう。ならいいけど」

「どうですか? 初めてワンピースを着てみて」


 僕が問いかけると、加藤さんは「そうね」と不愉快そうな表情で、裾を引っ張る。


「何だか、何も履いていないような感覚で気持ちが悪いわ。それに、山に入ったらすぐに枝に引っかかって、破れてしまうでしょうね。防護にも、防寒にもならないから、着ていると損した気分になる」

「それは、実用性の話でしょう。ファッションとしては、どうなんですか?」


 すると加藤さんは、珍しく困惑した反応を見せた。


「……わからない。自分に何が似合って、何が似合わないのかなんて、これまでに考えたことがなかったから」


 それを聞いて、僕は吸っていた息を吐き出すタイミングを見失う。


 ああ、そうか。


 この人は本当に、人生の全てを、河童に捧げてきたのか。


 加藤さんの両親が河童に襲われず、加藤さんが河童とは全く無縁な人生を送っていたとしたら、加藤さんも他の女性と同じように、お洒落をして、綺麗な化粧を施して、この姿が当たり前になっていたのかもしれない。


 そう考えると、僕は何とも遣る瀬無い気持ちになった。


 僕はすっと息を吐き出すと、真っ直ぐ加藤さんを見つめて微笑んだ。


「……僕は、とても似合っていると思います」


 加藤さんは一瞬、目を丸くしたものの、すぐにいつもの加藤さんに戻り、そげない口調で、「そう」と頷いた。



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