三十九話『加藤さんとの逃亡生活』
僕と加藤さんは公園を出ると、関東地区から出来るだけ離れてビジネスホテルを探し、念のために二人で一つの部屋を取って、一晩過ごすことになった。
僕はいくら加藤さんと言えど、女性と二人で同じ部屋に泊まることに戸惑ったが、心身共に酷く疲れていたらしく、シャワーを浴びたあと、すぐに泥のように眠りに就いた。
翌朝起きると、既に加藤さんは起きていたものの、僕はその加藤さんの姿に驚いた。
「……おはようございます。か、加藤さんですよね?」
ベッドの上でストレッチをしていた加藤さんは、怪訝な表情を僕に向ける。
「その質問の意図は何? この状況で、わたし以外に誰がいるの?」
「い、いえ、すみません。ただ、いつもと雰囲気が違うので」
僕はこれまで、おさげで白い眼鏡をしている、飾り気のない加藤さんしか見たことがなかったが、今の加藤さんは、眼鏡もしておらず、髪は下ろしていて、そして所々に枝毛などが立っていて、それが何とも言えない色気を醸し出していた。
それに、僕は半年経って、初めてそれに気付いた。
「……加藤さんって、意外と美人なんですね」
加藤さんは一瞬、目を丸くしたあと、冷たい視線を僕に投げつける。
「そんなことどうでもいいから、見ていなさい」
加藤さんはテレビを指差した。映っていたのは朝のニュース番組で、昨夜、北海地区で老人が河童に襲われて死亡し、周囲に避難命令が出されたという報道を、アナウンサーが淡々と読み上げている。
そして次のニュースへと移った時、僕は「ん?」と前のめりになり、目を凝らした。
画面の下に、『河童ハンターが横領、留置施設から逃走』というテロップが流れていた。
すると、画面が切り替わり、加藤さんと僕の写真が大きく映し出された。僕はそれを見て思わず、「えっ」と声が漏れた。
『昨夜十時頃、横領の疑いで関東第一支部に留置されていた、火伯支部特定動物捕獲管理班所属の加藤萌華容疑者が、加藤容疑者の同僚であり、同じく火伯支部特定動物捕獲管理班に所属する瀬織流容疑者の協力によって脱走し、現在も二人で逃走を続けている模様です。昨夜十時頃、瀬織容疑者が拳銃を持って…………』
僕は画面を見つめたまま、開いた口が塞がらなかった。まさか、僕が『容疑者』となり、顔と名前が全国に流れるなんて。
すると加藤さんは、「何」と白い視線を投げてくる。
「当然でしょう。表面上は、何ら間違っていないのだから」
「いや、まあ確かにそうですけど……」
確かに、僕のやったことは間違いなく犯罪であり、こうなる覚悟は出来ていた。ただ、実際にこうして報道されているのを見ると、何てことをしてしまったのだろうか、と僕は自責の念に駆られる。
僕だけなら、まだいい。ただ何よりも、これによって家族や親せきに迷惑をかけていると思うと、居た堪れない気持ちになる。しかし、僕の携帯電話は、既に九州ナンバーをつけたトラックの荷台へと乗せてしまったし、当然、直接謝りに行くことも出来ない。
説明することも不可能で、きっと今、両親は息子が大変な過ちを犯したと、深く慨嘆していることだろう。
僕が落ち込み項垂れる一方、加藤さんは「そんなことより」と顎に手を当てて何かを考えている。
「問題は、思ったよりも早くニュースになってしまったこと。世間の人たちがわたしたちの顔を覚える前にホテルを出て、出来れば雰囲気を変えたい」
「……ああ、だから眼鏡を外して、髪も下ろしているんですね」
「そう。服も、このままじゃ明らかに目立ってしまう。特にあなたはね」
確かに、加藤さんはトレーニング用のジャージだが、僕は河童ハンターの服のままだ。このまま街を歩いていたら、見つけてくれと言っているようなものだろう。
「とりあえず、すぐに街で服を着替えて適当に変装し、東海地区へと向かいましょう」
僕は「わかりました」と頷き、深い溜息を吐いた。
幸い、ホテルの従業員に気付かれることなく、ホテルを出ることは出来た。しかし、いざ外に出てみると、街行く人全員が僕たちのことを監視しているような感覚になり、僕はぞっとした。
加藤さんがバイクでまず向かったのは、服屋だった。僕は無難で動き易そうな服を選んで試着し、加藤さんに確認して貰う。
「えっと、これで大丈夫ですか?」
「あの服じゃなかったら、何でも大丈夫でしょう」
「……えっと、加藤さんはその服にするんですか?」
僕は、加藤さんが手に持っている、デニムと無地の黒いシャツに視線を向けた。すると加藤さんは、「何?」と眉をひそめる。
「まるで、文句があるかのような口ぶりだけど」
「い、いえ。ただ、その服だと、今とそこまで変わらないのではないかと思いまして」
加藤さんは自分が来ている服と手に持っている服を見比べ、小さく鼻息を吐いた。そして、手に持っていた服をそっと棚へと戻す。
「……自分を完全に客観視することは出来ないから。だったらあなたが、わたしらしくない服を選んでちょうだい」
「えー、僕がですか?」
「そう。その間に、わたしは向こうで必要なものを買ってくる。お金、貸しなさい」
僕が財布を取り出すと、加藤さんは素早く僕の財布から二万円を抜き取り、別の店へと入っていった。加藤さんは財布もない着の身着のままの状態なので、逃走費用はとりあえず、僕が昨日ATМで限界まで下ろした二十万円で賄うことになっている。
しかし、そこまで女性経験が豊富でない僕が、女性の服を選ぶなんて大丈夫だろうかと心配しながらも、とりあえず、僕は加藤さんが絶対に選ばないだろうなという服を、吟味し始めた。




