三十七話『見つからなかった理由』
「か、河童の子供ですか?」
僕は驚き、つい腰が浮いた。これまでに、河童の子供は一度も発見されたことがなかったのに。いや、しかし、人の言葉を話す河童に比べるとそう驚くものでもないか、と僕は冷静になり、腰を下ろした。
加藤さんは続ける。
「あとでわかったことだけど、河童は、ある一定の大きさになるまでは、人目につかないような場所で暮らすの。その理由は訊き出せなかったけど、おそらく河童の子供には、隠死の機能が備わっていないから」
「情報を取られないように、ということですか」
「確証はないけどね。わたしたちがその河童の子供を発見した際、その河童は足に大きな怪我をして、動けない状態だった。どうやら、隠れて暮らしていた場所から抜け出して、高低差のある崖から落ちた様子らしい。そして、通常の河童だと、そんな状態でわたしたちに見つかった時点で隠死してしまうけど、その河童の子供は隠死しなかった。だからわたしたちは、その河童を手当てして、連れて帰ることにした」
「連れて帰るって、河童をですかっ?」
僕の声が自然と大きくなり、加藤さんは冷たい視線を僕に向ける。僕が「すみません」と謝ると、加藤さんは小さな溜息を吐く。
「……そして連れて帰った河童の子供は、怪我が回復するまで、班長の家で世話をすることになった。勿論、それは河童の情報を入手するため。だけど、河童の怪我が治ったあと、わたしたちは迷った。そのまま河童を研究施設へと送るか、それとも、より有益な情報を狙いにいくか」
「……有益な情報」
加藤さんは、真っ直ぐ遠くを見つめる。
「研究施設へと送ったとしても、手に入るのは精々、彼らの生態情報くらい。だけど、彼らの生態情報に関しては、近年の科学技術の発達によって、ハンターたちが回収した彼らの身体から、かなり詳しい分析が可能になっている。だから、河童の殲滅に関わるような重大な情報が、その河童の子供一匹の身体から出てくることは期待出来ない。それだったら、わたしたちに気を許していたその河童を利用し、河童最大の秘密を探った方が、きっと返ってくるものは大きいのではないかと考えたの」
「彼らがどうやって生まれ育っているのか、ですよね」
加藤さんは小さく頷く。
「そう。その河童の子供には、とても山中、一匹で生きていけるような力はなかった。すなわち、彼を育てている『親』となる存在がいるということ。その存在に、彼を通じて接触出来れば、河童殲滅に繋がる情報が手に入る可能性があった」
「……しかし、それはかなりの危険を伴いますよね。これまで一切情報がなかった親となる存在に、こちらから飛び込んでいくのですから」
「だから迷ったの。だけど、リスクを恐れていては、おそらく今のこの膠着状態からは脱することが出来ない。そこで、当時の四人で話し合った結果、わたしが強く志願して、河童の子供を連れ、調査をすることになった」
僕はここでふと、疑問を抱いた。
「ちょっと待ってください。四人で話し合いって……、そのことについて、上には報告しなかったのですか?」
「ええ。それを知っていたのは、当時の班員の四人だけ」
「どうして言わなかったのですか? そんな重要なことなら、上へと報告し、それこそ環境省全体、いや、国で対応する必要があるように思うのでは?」
加藤さんは苦い表情を浮かべ、小さく首を横に振る。
「それが出来ない理由があったの。ただ、それに関しては、今はまだあなたに言うタイミングではない。だから、一旦、飲み込みなさい。心配しなくても、否応にもあとで知ることになるでしょうから」
僕は気になったものの、「わかりました」と素直に引き下がった。そして、「それで」と話を戻す。
「加藤さんは、ドクダミたちの元へと辿り着いたわけですか」
「ええ。『王の一族』の住処にね」
「王の一族、ですか?」
そういえば、和平交渉が始まる際、ドクダミがそんな言葉を口にしていたな、と思い出しながら、僕は首を傾げた。
加藤さんは「そう」と小さく頷く。
「生殖機能を有し、そして人間の言葉を話せる河童を、彼らは『王の一族』と自称していた。しかし、さすがに最初は驚いたわ。まさか、人の言葉を話せる河童がいたなんて。だけど、言葉を話せてくれたおかげで、何とか彼らの懐に潜り込むことが出来た」
「よく、信頼して貰えましたね」
加藤さんは「いえ」と否定する。
「信頼はされていなかったと思うわ。表面上は互いに、相手に調子のいい言葉を並べていたけれど、裏ではずっと張りつめた空気が漂っていたから。おそらく彼らも、河童の味方だというわたしの主張を、信じていなかったはず」
「でも、だとしたら彼らはどうして、加藤さんを受け入れたのですか?」
「単純に、メリットがあるからよ。わたしは毎回、彼らに食糧だったり、彼らの好きな煌びやかな装飾品だったりを、土産として持参していた。浅ましいほど貪欲な彼らは、わかりやすいほど目の色が変わっていたから、きっと警戒はしながらも、それを目当てにわたしを受け入れていたのでしょう。……ただ、そこである一つの疑念が生じた」
「疑念、ですか?」
「そう。彼らは確かに欲深いけれど、それ以上に、強い警戒心を持っている。それなのに、彼らは毎回、同じ場所、あの洞窟でわたしを待っていた」
僕はそこで気がついた。
「なるほど。それは確かにおかしいですね。加藤さんからその場所が漏れ、人間側が攻めてくる可能性が充分にあるわけですから」
「そう。彼らは、準備した人間に攻めてこられると勝てないということは、理解出来ている。それなのに、特に策を打つでもなく、馬鹿正直にいつも同じ場所でわたしを歓迎した。わたしはそこに、彼らがこれまでの長い年月の間、一度も人間に見つからなかった秘密があるのではないかと考えた。そしてある日、思い切って、『あなたたちはどうして、これまで一度も人間に見つからなかったの』とドクダミに訊ねてみたの」
加藤さんは一呼吸置き、太ももに置いた拳を柔く握りしめる。
「それに対する彼女の答えはこうだった。……『あたしはある石から、災厄を予知することが出来る。だから、悪意を携えた存在が来る前に、身を隠すことが可能だ』と」




