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三十六話『真実』

 駐輪場で赤いヘルメットを借りていると、遠くから職員が二人、こちらに向かって近付いてくるのが見えた。一人は携帯電話を耳にあて、何やら話をしている。ただ、その二人の訝しい表情から、いい話をしに来たのではないことだけはわかった。


 僕は「逃げましょう」と加藤さんと共に走り出す。すると予想通り、職員は「あっ」と慌てて追いかけてきた。


 しかし、普段から鍛えている僕たちに追いつけるはずもなく、二人を完全に撒き、バイクを止めていた路地へと着いた。そしてヘルメットを被り、シートに跨ろうとすると、加藤さんが「待って」と僕の袖を引っ張る。


「えっと、どうしました?」

「わたしが運転するわ」


 僕は数秒間固まったあと、「お願いします」と加藤さんに運転を譲った。


 僕は加藤さんの後ろに乗ると、恐縮しながら加藤さんの腰とグラブバーに手を置いた。すると、「ちょっと」と加藤さんが振り返る。


「膝でしっかりと腰を挟み込んで、固定しなさい」


 僕は「は、はい」と言われた通り、膝で加藤さんの腰を挟んだ。それを確認すると、加藤さんは慣れた様子でエンジンをかけ、颯爽とバイクを発進させた。




 三十分ほどバイクを走らせると、加藤さんはとある公園の駐車場へとバイクを入れた。広々とした公園の駐車場には、他に車の姿はなく、静謐が漂っている。


 バイクを止めると、二人はヘルメットを脱ぎ、公園内のベンチへと向かった。ベンチに腰を下ろした加藤さんは目を閉じ、長い息を吐く。その表情からは、僅かな安堵が見て取れた。


 加藤さんは星の見えない空を見上げると、「それで」と白い眼鏡の位置を正す。


「……何があったのか、説明してちょうだい」

「え? 僕がですか?」


 訊きたいことがあるのはこっちの方なのに、という意味を込めてそう訊ねるも、加藤さんは「ええ」と頷く。


 僕は一旦、浮かんでいる疑問を飲み込み、あの日、僕が加藤さんとドクダミの密会を目撃してからの出来事を、詳らかに話した。


 話を聞き終えた加藤さんは、「そう」と目元に苦さを滲ませる。


「じゃあ、やはり……」

「やはりとは?」


 しかし、加藤さんはその問いには答えず、何かを考えるように、じっと一点を見つめた。そしてしばらくすると、僕に向かって手を伸ばす。


「えっと、何ですか?」


「拳銃と、班長の家にあったというメモ用紙を渡して。あなたが持っているより、わたしが持っていた方がいいでしょう」


 僕は一瞬、逡巡した。もし加藤さんが『裏切り者』だったとしたら、これを渡すことによって、僕の身が危なくなるかもしれない。


 すると加藤さんは、眼鏡の奥の目を細める。


「もしかして、わたしを疑っているの?」


 僕が少しの間を空け、「はい」と正直に頷くと、加藤さんは小さく息を吐く。


「わたしを疑うのは構わない。だけど、それはわたしの元にあなたを向かわせた、班長のことも疑うということになるんじゃないの?」


 確かにそうだ。僕も僕は班長を信じ、拳銃、弾、そしてメモ用紙を渡した。加藤さんは感触を確かめるように、丸い照明に向かって銃口を向ける。


「S・S社の自動拳銃、日本の警察で採用されているものね」


 ライフル銃もそうであるが、どうしてか、加藤さんが銃を構えると、武器が綺麗に、そして艶めかしく見える。それだけ、所作が美しいということなのだろうか。


 加藤さんは拳銃を懐へと仕舞うと、メモ用紙を一読し、胸ポケットへと押し込んだ。そしてそこから黙り込み、二人の間に沈黙が降りる。


 やがて僕は、「あの」と溢れる疑問を、抑えきれなくなった。


「……とりあえず、一つ訊いてもいいですか?」


 加藤さんはこちらを見ることも、反応もしない。僕はその態度に僅かな苛立ちを覚えながらも、口調は冷静に訊ねる。


「加藤さんは、味方なのですか? 敵なのですか?」


 すると、加藤さんはゆっくりと僕へと視線を移す。


「それは、誰にとっての?」

「人間にとって、です」


 敢えて、『僕』ではなく、『人間』と言った。加藤さんは一瞬、目尻を僅かに動かしたものの、真っ直ぐな瞳で僕を見返す。


「味方、という表現が正しいのかどうかはともかくとして、わたしにとっての敵は、今も昔もずっと、河童だけ」


 河童は敵。


 僕は乾いた口内から唾を掻き集め、飲み込んだ。


「じゃあ、どうしてドクダミと?」


 仄かに秋の香る風が吹きつけ、加藤さんは前髪を耳へとかける。


「……それはわたしが、河童たちの情報を得るために、彼らの懐に潜り込んでいたから」

「スパイ、ということですか?」


 加藤さんは小さく頷く。


「ということは、班長たちもそれを知ってたということですか?」

「勿論、二人とも知ってた。潜入していたのはわたしだけだったけど」


 じゃあ、僕だけが知らなかったということか。その事実に、僕は悲しみとも怒りとも言えない複雑な感情を抱いたものの、今はそこに意識を向けている時ではない。


「でも、ちょっと待ってください。久千管理官の話では、加藤さんは河童の味方をしているとのことでしたが、あれは?」

「それは、わたしが管理官に嘘を伝えたから」

「嘘? じゃあ、施設で虐められたとか、山で河童に話しかけられ、謝られたとかいう話は、全部嘘だったということですか?」

「ええ、全てわたしの作り話よ。確かにわたしは施設で育てられたけれど、みんなとても親切だったわ」


 そうだったのか。それを聞いて、胸の痛みが少し和らいだ。河童に両親を殺され、その上、人間にまで酷い目に遭わされたなんて、あまりに惨酷過ぎる。


「じゃあ、真実は一体……?」


 顎を引いて訊ねると、加藤さんは少しの間を空け、ゆっくりと口を開いた。


「……事の発端は、探索活動中に、河童の子供を見つけたことにある」


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