三十四話『班長の言葉』
ようやく山から出ると、自然環境火伯地区病院の救急車が数台、止まっていた。僕が無線で連絡し、呼んでおいたものだ。
救急隊員は僕たち四人を見ると、すぐさま、八幡さんと班長を地面に寝かせ、ストレッチャーへと乗せた。そして、八幡さんの傍にいる久千管理官が、救急隊員に詳しく状況を説明する。
八幡さんは、三分ほど前からぐったりとしてしまい、そして小さい声で、「死にたない」と何度も呟いていた。その都度、久千管理官が励ましの言葉をかけ、何とか意識を保ったまま、ここまで辿り着いた。
一方、班長は八幡さんに比べるとまだ意識は明瞭としていたが、それでも呼吸はかなり荒く、異常なほどの汗を掻いていた。さらに、ほとんど足は自分で動かすことは出来ず、僕が引き摺るような形で、ここまで来た。
「オレ、死ぬんかな。お母ちゃん、お母ちゃんっ」
「大丈夫だから。助かるからっ」
「嫌や、死にたくない。オレはまだ、死にたくない……」
「キミは死なないっ。だから、気を強く持つんだっ」
八幡さんと久千管理官の声が聞こえてくる中、班長が「瀬織」と弱々しい声で、僕の名前を呼んだ。みると、班長がこっちへ来い、と震える指を僅かに上げたので、僕は急いで班長の傍へと駆け寄る。
班長が「口元に近付け」と指示を出し、僕は耳を班長の顔の前へと持っていく。
「……お前はこのまま、本部に向かって、留置所にいる加藤を助けろ」
「か、加藤さんをですかっ?」
驚く僕を「声が大きいっ」と班長は叱責する。
「そうだ。もう、説明している暇はない。お前のポケットに、俺の部屋の鍵を入れておいた。リビングの茶色いタンス、上から二番目の引き出しにあるものを二つとも持っていけ。そして絶対に誰にも言わず、どんな手段を使ってでも、加藤を留置施設から奪還しろ。その後の行動は、加藤が知っている。あとは頼んだぞ」
班長が息継ぎをする間もなく滔々とそう伝えると、救急隊員が「すみません」と僕の身体を押し出し、班長の乗ったストレッチャーを、救急車へと押し込んだ。
僕は「班長っ」と救急車の中へと乗り込む。しかし、班長にかける言葉が見つからず、僕はただじっと、弱り切った班長の顔を見つめた。
すると班長は怒ったように、鼻の根元に皺を寄せる。
「……洒落た最後の言葉なんてないぞ」
僕は「いえ」と大きく首を振り、真っ直ぐ班長を見つめる。
「そんなの要りません。絶対に、班長は生き延びますから」
班長はふっと小さな笑みを零すと、「また会おうぜ」と答え、まるで重い肩の荷を下ろしたかのような、そんな晴れた表情を浮かべた。
救急隊員が、僕の肩に手を置く。
「班員の方ですよね? 当時の状況を詳しくお聞きしたいので、付き添いをお願いして宜しいでしょうか?」
視界の端で、班長の人差し指が、『行け』と言うように、ぴくりと動いた。それを見て、僕は決心した。
「すみませんっ」
僕は救急車から飛び出すと、自分たちがここまで乗ってきた車両に向かって走った。背中に当たる喧噪の中から、「心肺停止っ」という言葉が聞こえ、僕はぐっと拳を握り締める。
それでも僕は、振り返らず、全力で走った。
車両をマンションの駐車場へと止めると、僕は班長の住む宿舎の二階へと向かった。肩を貸した時に入れたのだろう、班長が言っていた通り、服のポケットに鍵が入っていた。
その鍵を使い、班長の部屋へと入ると、僕は一直線にリビングへと向かい、茶色いタンスを探した。すると、綺麗に片付けられた部屋に、女性のものと思われる服や、ヘアアイロンなどが置かれているのを見つけた。
班長は結婚していないはずだから、あれは彼女のものだろうか。班長はそういう話をすると、照れてすぐに話題を逸らしてしまうのでわからなかったが、この様子だと、どうやら彼女がいるようだ。
あとで八幡さんに教えよう、と頬が緩んだあと、押し寄せるような青い感情が、僕の頬にある綻びを、容赦なく浚っていった。
僕はかぶりを振り、茶色いタンスを視界に探す。すると、今時珍しい和風のタンスが、隠れるように部屋の隅でかしこまっていた。
僕はそのタンスの前に立つと、上から二番目の引き出しをそっと開けた。
するとそこに入っていたのは、一丁の拳銃とその弾が入った箱、そして日付と時間、場所が殴り書きされた、一枚のメモ用紙だった。
僕はそっと、拳銃へと手を伸ばす。
ずしりと重く冷たい感触が、滲んだ汗を通じて、掌に伝わってきた。
しかし、班長はどうしてこんなものを。僕たちが持つことを許されているのは、散弾銃とライフル銃だけだ。しかも、それらも支部で厳重に保管されているため、外に持ち出すことは出来ない。
だから、拳銃の保持は当然、犯罪となる。
僕は一瞬迷ったものの、拳銃をポケットに、弾をポーチへと押し込んだ。きっと班長のことなので、何か理由があるのだろう。
次に僕は、メモ用紙を手に取った。日付は三日後、時間は二十三時二十分。場所は東海地区にある繁華街。しかし、メモ用紙にはそれだけしか書かれていないので、一体、この日時にこの場所で、何があるかのまではわからない。
ただ、班長は、『引き出しにあるものを二つとも持っていけ』と言っていたので、これもその内の一つなのだろう。僕はメモ用紙を胸ポケットへと押し込むと、そそくさと部屋をあとにした。
ここから僕は、本部まで向かわなければいけない。通常で考えるなら、バスと電車を乗り継ぎ、新幹線か飛行機を使用することになるが、生憎、火伯地区は田舎であるためにバスや電車の本数も多くなく、今からだと、どれくらいの時間がかかるかわからない。
それに、あとのことを考えると、足があった方が便利なのは間違いない。
運転が苦手な僕は少し不安ではあるが、バイクで行くことに決めた。バイクなら、高速を使えば、五、六時間で着くだろうし、小回りも利く。
僕は駐車場へと向かい、普段ほとんど使っていない、バイクを引っ張り出した。




