表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/61

三十話『裏切り』

 会談の議題が、河童たちの食糧確保の方法へと入ってから、既に一時間近くが経過しただろうか。


 始めは緊張していた管理官たちも、河童が襲ってこないとわかったからか、次第に食糧問題についての話に参加し始めた。それに対し、ドクダミは感心の相槌を打ちながら管理官たちの話を真剣に聞き、予想外に、会談は和やかな雰囲気で進行していた。


 一通りの案が出ると、ドクダミはナズナ、スイセンと顔を見合わせ、頷いた。


「……なるほど。確かに、食糧については何とかなりそうだね。ただ勿論、人間の協力なしではどうしようもないから、そのあたりは申し訳ないけど、頼らせて貰うよ」


 管理官たちは、ドクダミが下手に出たからか、みんなその態度を軟化させ、それなら仕方がないなとでもいうような、優越感と余裕が滲んだ表情を浮かべている。


 久千管理官は「では」と少し丸まっていた背筋を、真っ直ぐに伸ばす。


「今日はこの辺りにして、一旦、具体的な方法などを検討するため、持ち帰らせていただきます。早ければ次回にも、和平条約を結べるのではないかと」

「そうかい。楽しみにしているよ」


 久千管理官は立ち上がると、「では」とじっとドクダミを見つめた。


「握手をしましょう」


 久千管理官が移動し、手を差しだすと、ドクダミも腕をあげた。他の管理人たちも立ち上がり、ナズナ、スイセンと握手をする。


 その時だった。


 僕は殺気を感じ、反射的にその一歩を踏み出していた。


 次の瞬間、突然、スイセンは握手をしていた坂本管理官の喉を、爪で横一文字に切り裂いた。それと同時に、その隣では、ナズナが古賀管理官の首へと鋭利な牙を立てている。


 真っ赤な鮮血が噴き出し、洞窟内に突如として、悲鳴が響き渡る。


「瀬織っ、八幡っ」


 班長がそう叫んだ時には、既に僕はスイセンの横腹に、思い切り蹴りを浴びせていた。ふと見ると、ドクダミからの攻撃を寸前でかわした久千管理官が、柳川管理官を襲おうとしていた河童へと体当たりして、その勢いのまま、地面に倒れている。


「久千管理官っ」


 僕は急いで久千管理官の元へと向かい、その身体を起こす。


「こ、これは一体。ど、どうしてだ?」

「罠だったんですっ。とりあえず、久千管理官は下がっていてください」


 久千管理官は、ふらつく足取りで、僕の背中へと下がる。


 他の管理官も、助けなければ。


 そうして全体を見渡すも、僕の視界に飛び込んできたのは、想像もしたくない最悪の光景だった。


 地面に倒れ、既に目を見開いている柳川管理官と左管理官。「助けなさいよっ」と泣き叫びながら、介抱しようとする八幡さんに向かって、真っ赤な手を差しだす古賀管理官。そして、鮮血の噴き出す首を手で押さえながら、「わ、わ」とふらつく、坂本管理官。


 ただ、僕の視線はそこではなく、自然とその奥に集まった。


 洞窟奥にあった池から、五匹の河童が上がってきたのだ。


「ずっと潜んでいたのか……」


 後方から聞こえてくる、久千管理官の声。


 そんな、まさか。


 僕は久しぶりに、恐怖から、足が震えて動けなくなった。


 その時、「お前らっ」と班長の怒鳴り声が、鼓膜を叩いた。


「何、ぼけっと立ってるんだっ。やられるぞっっ」


 その言葉で僕は我に返り、地面についていた足を何とか離した。


 古賀管理官の泣き叫ぶ声は聞こえなくなり、そしてふらふらと歩いていた坂本管理官は「話が違うじゃないか……」と呟くと、崩れ落ち、動かなくなった。


 ほんの僅かな時間で、四人の人間が死んだ。


 僕たちは任務に失敗した。


 しかし、僕は自分でも驚くほど落ち着き始めていた。経験則上、今は悲観に暮れている状況ではないとわかっているからだろう。


 僕は冷静に状況を判断する。


 現在、こちらで生きているのは、僕たち三人と、久千管理官。


 それに対して相手は、いつの間にやったのか、班長の前で二匹の河童がちょうど爆発したところだった。残っている河童を見ると、死んだのは、ナズナと片腕が千切れた河童だ。


 ドクダミは肉片となった二匹を見て、「へえ」と感心する。


「この一瞬のうちに、素手でナズナともう一匹をやったのか。まあ、あいつは片腕がなかったが、ナズナを殺せるということは、さすが、護衛に選ばれるだけのことはあるね」


 班長はその言葉には反応せず、周囲を見渡して状況を確認している。すると八幡さんが、「後ろや」と僕たちが進んできた道を振り返る。


「足音からするに、二匹やな」

「へえ、あんたはいい耳を持ってるね」


 すると、八幡さんの言った通り、二匹の河童が、逃げ道を塞ぐように、僕たちの入ってきた場所に仁王立ちした。


 前方に八匹、後方に二匹の計十匹。


 それに対し、こちらは素手のハンターが三人と、管理官の中で唯一生き残った、久千管理官ただ一人。


 さて、どうする。


 僕は口を窄め、ゆっくりと青黒い雑念を吐き出す。


 すると、ドクダミが「じゃあ」とスイセンの肩に手を置き、僕たちに背中を向けた。


「あとは頼んだよ。全員、始末してしまいなさい」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


 久千管理官が呼び止めると、ドクダミはゆっくりと振り返った。


「ど、どうして、こんなことを?」

「どうして? そんなの、人間なんて信用出来ないからに決まっているじゃないか」

「じゃあ、最初から……」


 ドクダミは嘲笑するかのように、肩を震わせる。


「ああ。最初から全員、殺すつもりだったよ。だから、お前たちが真剣に未来のことを話しているのが、おかしくってね。こいつら、もう少ししたら、この世からいなくなるのにって」


 ドクダミはそう言うと、高笑いを響かせながら、奥へと消えていった。


 やはり、河童は所詮、河童だということか。


 僕の中に、こんな奴らに絶対に殺されたくないという思いが、ふつふつと湧き上がってくる。


 僕は「班長、八幡さん」と二人に呼びかける。


「……お二人は、久千管理官をお願いします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ