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二十六話『管理官たち』

火伯支部、会議室には、息の詰まるような濁った空気が流れていた。


「怖いわ。どうして、あたしが選ばれてしまったのよ」

「仕方ないでしょう。推薦なのだから。ボクだって、河童なんぞ気味の悪い生き物とは会いたくありませんよ」

「でも、それにしては嬉しそうだけど」

「失敬な。元々、こういう顔なんですよ」


 笑い顔の坂本管理官が口を尖らせると、不安に顔が強張っていた古賀管理官は、ふくよかな頬を緩めた。その二人の会話を聞いていた左管理官と柳川管理官は、不快な表情を露わにする。


「二人とも、これから歴史に名の残る極めて重要な会談に向かうのだから、もっと気を引き締めるべきだ」


 左管理官の言葉に、柳川管理官は深く頷く。

「そうでございますよ。この星である種、孤立していたわたくしたち人類に、新たな友人が生まれるかもしれないのですから」

「友人だなんてっ」


 古賀管理官はわざとらしいほど大きく目を開いた。その大きな身体から出た声量のある声に、八幡さんが顔を歪めている。


「河童が友人だなんて、とんでもない。あくまで、妥協点を探すための交渉よ。あたしは幹部会議の際も言ったけど、河童みたいな殺人害獣は、最終的には全て駆逐するべきだと思っていますからね」

「ボクも同意見です。そもそも河童と和平なんてしたら、これまで河童に家族を殺された遺族たちから、面倒な攻撃を受けることになりますよ。そういった面倒事に巻き込まれるのだけは、勘弁だなあ」


 先ほど古賀管理官が言った通り、坂本管理官はその笑い顔のせいで、声は怒っているのに今一つ、その感情が伝わってこない。


 そんな二人を、左管理官が睥睨する。


「……個人の内々に秘める分には構わんが、会談の中では会議で決めた通り、和平交渉に歓迎の態度で臨んで貰わないと困るぞ」


 左管理官の言葉に、柳川管理官が「そうですわ」と頷く。


「特に、河童さんたちに和の乱れを悟られてしまうと、その後の交渉に影響を及ぼしてしまうおそれもあります。お二方は、人類を代表するという強い自覚の上、その立場に相応しい品位を以て、会談に臨んでいただきたく思います」


 予想外の険悪な雰囲気に僕が驚いていると、「まあまあ」と、久千管理官が間に入る。


「和平交渉に行く前に、諍いを起こしてどうするんですか。仲良くしましょうとは言いませんが、少し落ち着いてください。それに、会談は私が責任を持って上手く進めますから、みなさんは鷹揚に構えていて貰って大丈夫です」


 すると、笑い顔の坂本管理官が、嘲笑するようにふっと噴き出す。


「相変わらず、キミは熱いねー。熱心なのはいいが、その熱をボクたちにまで届けるのはやめてくれたまえよ」


 その言葉に、他の三人が顔を見合わせて笑い、久千管理官は「気をつけます」と苦笑を浮かべる。この光景を見るだけで、久千管理官の気骨が折れる音が聞こえてきそうだ。


「……それより、早くその説明とやらをしてくれ」


 左管理官は腕を組み、急かすように靴で地面をとんとんと叩く。久千管理官が班長へと視線を向けると、班長は小さく頷き、地図を広げて説明を始めた。


「会談に指定された場所は、この辺りになります。A地点から山へと入り、おそらく到着まで、三十分以上はかかるのではないかと思います」

「三十分? それだけの時間、険しい山道を歩けって言うの? どこか近くに、ヘリを下ろせる場所はないわけ?」


 その太った身体だと確かに辛いかもしれないな、と僕は古賀管理官の全身を眺める。班長は「申し訳ありません」と小さく頭を下げる。


「山中深くですので。……そして、隊形なのですが、前方に瀬織と八幡、そして殿に私がつきます。皆様には、我々の間に入っていて貰います。その際、決して離れず、出来る限り固まっていてください」

「もし、河童が襲ってきたらどうすればいい? 儂らも、武器を持つのか?」


 班長は「いえ」と左管理官へと視線を向ける。


「武器を持つのは、我々三人だけです。武器の扱いに慣れていない方が武器を持ったところで、無用の長物となるだけですので」

「しかし、それで儂らのことを守れるのかね?」

「絶対に守れるかどうかと言われると、頷くことは出来ません」


 その班長の答えに、久千管理官を除く、四人の管理官たちはざわめく。


「ど、どういうことだっ? キミたちはプロなんだろう? だったら、儂らの命を守って貰わなければ困る」

「そ、そうよ。守れないのなら、何のための護衛なのよっ」


 班長は管理官たちからの厳しい言葉にも動じることなく、落ち着いた様子で、管理官たちの顔をじっと見渡していく。


「例えば、河童が突然、十匹同時に出てきたとしたら、その場合、全員を守ることは物理的に不可能になります。この先、何が起こるかわからない以上、無責任に守れるなどと言うことは、私には出来ません。……ただ、勿論、我々は命を懸けて皆様をお守りします。手前味噌ではありますが、八幡は動いている対象物を確実に捉えますし、瀬織は近接戦闘においてハンター一の実力を有しています。そして私には、十年以上、河童ハンターを務めて生存しているという、大きな経験があります。加藤がいないのは痛いですが、火伯支部は全国全ての班の中で、最も優秀な班であると自負していますので、その辺りは安心して、命を我々に預けていただけたらと思います」


 班長が滔々と述べると、管理官たちは釈然としない様子ではあったものの、さすがにそれ以上は何も言わなかった。加藤さんの名前が出た瞬間、肩が僅かに動いた人もいたので、もしかしたら、そこに触れないようにしているのかもしれない。


 その後、緊急時の行動指南や、移動中の注意事項などを具に説明すると、班長は「では」と僅かに顎を上げた。


「私からの説明は以上になります。他に何か、質問などはございますか?」


 管理官たちが顔を見合わせると、一人、真っ直ぐと伸びた姿勢で話を聞いていた柳川管理官が、淑やかな所作で小さく手を上げた。


 班長が柳川管理官に視線を向けると、柳川管理官は立ち上がり、班長だけではなく、会議室にいる全員に問いかけるよう、顔を左右に動かす。


「……あの、果たしてそこまで警戒する必要があるのでしょうか? 彼らは、今日一日、決して人間を襲わないと約束しているのですよ。それなのに、わたくしたちがあからさまに警戒して指定の場所へと赴くと、まるで、わたくしたちが彼らのことを信用していないと言っているようではありませんか。そんなことで、本当に彼らとの信頼関係を築き上げることが可能なのでしょうか?」


 まるで選挙演説の如く、訴えかけるような抑揚のある話し方。僕が圧倒される中、坂本管理官は分厚い眼鏡を外し、胸ポケットから出したハンカチで拭いながら、下衆な笑みを浮かべる。


「では、柳川管理官は、全員裸になって行こうとでも言うのですか?」

「そうではありません。わたくしが言いたいのは、気持ちの問題です。わたくしたちが彼らを信頼、信用することで、初めて河童さんたちも、わたくしたち人間のことを信用してくださるのではないでしょうか?」


 すると今度は、「いやいや」と古賀管理官が、机に頬杖をつき、白い視線を柳川管理官へと向ける。


「河童を信頼? 信頼ってのは、積み重ねるものでしょ。毎年、千人近い人間を殺している生き物を信用、信頼だなんて、出来るはずがないわ」

「ですから、それを赦してこそ、信頼が生まれるのではないでしょうか」


 古賀管理官は苦い表情を浮かべ、肩をすくめた。これ以上、相手をするのも面倒だといった様子だろうか。


 二人の間に尖った空気が流れると、左管理官が「まあ」と腰を上げる。


「どちらにせよ、この交渉はとりあえず、表面上は友好的な態度で臨むべきだろう。そこでの相手の出方次第で、その後の展開を考えればいい。種としての力関係は、圧倒的にこちらが上なんだからな。儂らが臆することはない。河童と言えども、所詮、獣よ」


 左管理官がそう言うと、古賀、坂本管理官の二人は声を出して笑った。一方、不満気な柳川管理官に対し、班長が小さく頭を下げる。


「山中には、熊なども出ます。皆様の命を守るためには、河童だけではなく、自然に対して注意を払っていただかなくてはいけませんので、ご協力お願いします」


 柳川管理官は、班長の柔和な態度に溜飲が薄まったのか、硬かった表情を軟化させた。


「では、向かいましょうか」


 久千管理官のその言葉で、緊張感が背筋を撫でていった。


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