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二十二話『逃走』

 ドクダミの指先と鋭い眼光が、僕に突き刺さった。


 ばれていたのか。


 そして次の瞬間、僕は振り返った加藤さんと目が合った。加藤さんは吃驚した様子で、瞠目している。


 まずい。


 僕は咄嗟に、踵を返して走り出した。


「待ちなさいっ」


 加藤さんの叫ぶ声と、僕を追いかけてくる足音が背中に当たる。


 僕は立ち止まることなく、急いで来た道を戻る。ほとんど前が見えない中、手探りと感覚で進んでいく。


 状況はよくわかっていない。


 どうして、話す河童がいるのか。そして、どうしてその河童と加藤さんが懇意にしているのか。加藤さんが河童に食べ物を渡しているのはなぜなのか。最後に言っていた、石で確認するとは何なのか。


 ただ、間違いないのは、加藤さんが僕たちに黙って河童と会っていたことと、加藤さんはその河童の側に立っていることだ。


 つまり、加藤さんは裏切り者。


 一刻も早く、久千管理官に伝えなければ。


 やがて、薄らと外の光が見えてきた。外にさえ出てしまえば、銃を持っていない加藤さん相手なら、逃げ切れるはず。


 そう思った時、洞窟の入り口に、二つの人影が見えた。


 いや、人影ではない。それはどちらも河童だった。そのうちの一匹は、手に血のついた鹿の角を持っている。どうやら、こいつがあの鹿の角を折ったらしい。


 僕の口から、舌打ちが漏れる。


 しかし、立ち止まっている暇はない。僕は足元に落ちていた掌サイズの石を拾うと、それを持ったまま、二匹に向かって走っていく。二匹はその場に佇み、僕が来るのを構えている。向かってくる相手に、わざわざ飛び込む必要はないということだろう。


 短時間、そしてこの狭い空間で二匹を倒すのは、おそらく不可能だ。しかし、通り抜けるだけなら何とかなるかもしれない。


 僕は、河童の三メートルほど手前で、石を持った手を振りかぶった。すると二匹は反射的に、顔の前に腕を構える。皿を守ろうとするのは、彼らの本能だ。しかし、それが河童の最大の隙となる。


 僕は石を投げるふりをしただけで、実際には投げず、二匹のうちの一匹に思い切り身体をぶつけた。しかし、予想以上に身体が重く、倒す予定だったのに、よろけるだけで倒れてくれない。


 それを見て、もう一匹の河童が腕を伸ばしてきた。この速度なら何とか躱すことも可能だが、そんな悠長なことをしていると、後ろから加藤さんが来てしまう。


 僕はその一撃を、胸に受けた。


 激しい痛みが全身に走ったものの、僕はそのまま、石を持った手を河童の皿をめがけて振り抜いた。すると、重心を完全に前方へと傾け、さらに腕を振り抜いてしまっていた河童は防御することが出来ず、石は皿の端へと当たり、綺麗に齧ったかのように割れてくれた。


 叫び声を上げる河童。僕はすぐさま地面を蹴り、トンネルから出た。すると、後ろからもう一匹の河童が追いかけてくる足音が聞こえてくる。僕は走り去る素振りから一転、一歩で身体を捻り、その河童に向かって、持っていた石を思い切り投げつけた。


 すると、まさか僕が反転するとは思っていなかったのか、河童は驚いた表情のまま、避けることもなく、石は河童の皿に直撃し、皿が砕けた。


 これはラッキーだ。


 一瞬でも怯ませられれば御の字だと思って投げたのに、皿に当たってくれるなんて。

 ゆっくりと膨らんでいく河童の後ろで、最初に皿が割れた河童が爆発した。そして、それを追うかのように、二匹目の河童も弾けた。


 その二匹の爆発の後ろに、じっと僕を見つめる加藤さんの姿があった。狭い洞窟の入り口で二匹が爆発したことにより、加藤さんの足を止めることも出来た。加藤さんは僕の身体能力を熟知しているので、ここから追いかけても無駄だと諦めたのだろう。


 僕はポケットから携帯電話を取り出す。職場で支給されている、山の中でも電波が入りやすい携帯電話ではあるものの、さすがにこの深さでは圏外になっている。とりあえず山から出て、そこで久千管理官に電話をしよう。


 それよりも問題は、毒の方だった。


 視線を下げると、紺色のジャージの胸の辺りの色が、楕円状に濃くなっている。爪の攻撃を受けたので、間違いなく身体に毒は回っている。


 個人差こそあるものの、河童の毒が体内に入ってから、約三十分以内に血清を打たなければ命を落とすと言われている。すぐさまバイクを置いた場所まで帰って、そこから支部へと自分で向かうのが最も早いか。ただ、それでも三十分以内に打てるかどうかはわからない。


 ふと、僕は背中に圧を感じて振り返る。


 一瞬、加藤さんがスコープから僕を覗き込んでいる姿を想像をしてしまい、僕の皮膚を細かな粒が駆け抜けた。


 ただ、もし加藤さんがライフル銃を持っていたら、既に僕の身体には穴が穿たれているだろうから、きっと持っていないのだろう。それか、さすがの加藤さんでも、人を撃つことは出来ないのか。


 僕は悲鳴を上げる肺を鼓舞しながら、全力で走った。



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