二十話『衝撃』
こんな場所があるんだな、と僕は岩陰に隠れながら驚いた。
険阻に犇めく岩塊の間隙に、洞窟があった。周囲には、まるで入口を隠すように木が密集していて、予めここに洞窟があると知っていなければ、辿り着くことは困難だろう。
ただ、それほど遠くない距離から川の流れる音が聞こえくるので、後で地図を確認すれば、ここまでの道のりなどから、大体の位置は掴めそうだ。
数分前、加藤さんは逡巡することなく、洞窟の中へと入っていった。僕もあとを追いかけたいものの、中がどうなっているかがわからない以上、なかなか一歩が踏み出せないでいた。
ここで僕が取れる選択肢は、二つ。
加藤さんのあとを追いかけるか、もしくは加藤さんが出てくるのを待ち、この場所を去ったあとに、洞窟の中を調べること。
ただ、加藤さんが去ってから洞窟の中を調べても、加藤さんが中で何をしていたのかわからない可能性もある。ということはやはり、あとを追いかけるのが一番か。
今のところ、周囲に河童がいるような気配はない。
ここで迷っている時間がもったいない。
僕はぐっと腹に力を入れ、覚悟を決めた。
とりあえず、ばれないように注意しながら、行ける場所まで行ってみよう。僕は岩陰から出ると、靴を脱ぎ、静かに洞窟の中へと足を踏み入れていった。
壁には大きなムカデが這い、見たこともない柄の蛾が止まっている。洞窟に吸い込まれる風が、まとわりつくように足元を抜けていき、不気味な音を響かせる。
ほとんど真っ暗で何も見えない中、手探りで進んで行くと、人の声のようなものが聞こえてきた。
ただ、それは加藤さんのものではなかった。嗄れた老婆のような、そんな声。話の内容までは聞こえてこない。
その声へと向かって進んでいくと、やがて、薄らと視界が明るくなった。外に抜けたのかと思ったものの、そうではなく、どうやら天井部分が吹き抜けになっているらしく、細長い空が見えた。
そして、声まで三十メートルほどの距離まで近付いた時、僕の耳が、加藤さんの声を捉えた。加藤さんの声が小さくてわからなかったが、どうやら嗄れた声の持ち主と、会話を交わしているようだ。
一体、わざわざこんな場所まで来て、誰と話しているのだろうか。
おそるおそる、目視出来る場所まで近付いていくと、やがて狭かった道幅が広がっていき、広場のような場所に出た。縦に裂けるように開いた天井からは、斜めに日の光が差し込み、柔く広場を照らし出している。そしてどこかに水が溜まっている場所があるのか、水面に水滴を垂らしたような音が静謐な空間を漂い、消えていった。
僕は慌てて身体を引き、身を隠す。
その広場の中央に、加藤さんがいた。
そっと顔を出してもう一度見てみると、広場の中央、石のテーブルのようなものを挟み、こちらに加藤さんが背中を向けて立っている。そして加藤さんの奥に、誰かがいた。
加藤さんはテーブルの上に置いた紙袋から、何やら箱を取り出している。
「これ、いつもの」
「おお、ありがとう。本当、嬉しいよ」
あれは、何だろうか。
僕が目を凝らしていると、加藤さんが空になった紙袋を足元に置こうと屈んだため、奥にいる人物の姿が見えた。
その瞬間、激しい衝撃が僕の全身を貫いた。
そんな、まさか、どうして。
加藤さんが話している相手は、人間ではなく、河童だった。




