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十五話『三ヶ月』


 火伯支部での探索活動は、実にシンプルだった。


 八幡さんが先に河童の位置を補足し、遠くから加藤さんがライフル銃を使い一撃で仕留める。配属されてから三ヶ月が経ち、これまでに十数匹の河童を退治したものの、全てその形だった。


 だからつい、河童を相手にするのは、実はとても簡単なことなのではないかと錯覚してしまいそうになる。しかし、この三ヶ月の間にも、ハンターが一人河童に襲われて殉職しているため、この班がある意味、特別なのだろう。


 夏の山は、緑が活気づいていて、視界が悪くなる。さらに、虫や、河童以外の獣の動きも活発になるため、春に比べると慎重に動かなければならない。河童がいなくとも、山に入るというのは、危険が伴う。


 僕は周囲に警戒を張り巡らせながら、班長の背中に続いていく。


 八幡さんは二百から三百メートル先の音を拾えるが、だからといって、僕たちが油断していいわけではない。八幡さんも聞き逃すことがあるし、何より、八幡さんが拾うのはあくまで音なので、予めそこに潜伏している河童の存在を検知することは出来ない。


 僕は目でしっかりと見渡しながら、傾斜を下りていく。時折、茶化すように僕の顔の周りを虫が飛び、それを手で払いのける。元々、僕は虫が触れないほど嫌いだったが、今ではそれも、平気になった。


 僕はふと、振り返って加藤さんを見る。みんな汗を掻いている中、加藤さんは汗を掻きにくい体質らしく、一人、涼しい顔をしている。


 すると、「何?」と加藤さんが眉をひそめたので、僕は「そこ」と地面を指差した。


「少し段差になっていますので、気をつけてください」


 加藤さんは「わかってる」とそげなく頷き、慎重に段差を下りた。


 あれから三ヶ月間、加藤さんの様子を窺っているものの、特に気になるようなことはない。さらに、加藤さんが住んでいるのは隣のマンションで、僕の部屋からそのマンションの入り口が見えるのだが、何度か一晩、張ってみたものの、加藤さんが出かけた様子などはなかった。


 遠回しに訊ねてみようかとも思うものの、加藤さんには勘付かれそうな気がして、訊けていない。僕は、本当に加藤さんがそんな不審な行動を取ったのだろうかと、久千管理官が得たという情報の方を、疑い始めていた。


 その時、「静かに」と八幡さんが立ち止まり、目を閉じた。


 全員、その場に静止し、息を潜める。


 数秒後、八幡さんはゆっくりと目を開くと、「近い」と南西の方角に身体を向けた。


「ここから南西に、百メートルほどです。ただ、今は動きがなくなった。もしかしたら、向こうも気付いたかもしれません」

「目視出来る場所がないかを探す。そして、対象物が河童と確認出来たら、片付ける」


 班長に続き、僕たちはゆっくりと迂回し、遠方を見渡せる場所へと移動する。その間、その対象物に動きはなく、粘ついた汗が僕の頬を伝っていく。


 しかし、五十メートルほど移動した時、「いや」と八幡さんが眉間に皺を寄せた。


「移動し始めた。オレらから逃げてる。これは、気付いたな」

「なら、作戦変更だ。追いかけるぞっ」


 見つかってしまったら、もう隠れる必要はない。河童は移動速度こそ速いものの、体力はあまりないので、しつこく追いかければ仕留められる可能性は充分にある。


 僕たちは最短ルートで河童を追いかけながら、時折、立ち止まって八幡さんがその位置を確認する。


 五分ほど追いかけていると「お」と八幡さんが口元に笑みを浮かべた。


「……バテたな。ここから、南に百メートルほど進んだ場所で止まったで」

「よし。では、慎重にその姿を確認出来る場所を探す。加藤、準備をしておけ」


 加藤さんは「はい」と頷くと、目で八幡さんに合図をした。八幡さんは、肩に背負っていたライフル銃を加藤さんのものと交換する。どちらも同じライフル銃ではあるが、八幡さんのものは、スコープが搭載されていない。スコープは取り外しが可能ではあるものの微調整が必要なため、すぐさま対応出来るよう、こういった形を取っているらしい。


 やがて、静かに移動していると、「あそこや」と八幡さんが指を差した。


「あの木の辺り。加藤さん、いけますか?」


 加藤さんは「ちょっと待って」と太い木の枝にライフル銃の銃身を乗せると、立った状態のままライフル銃を構えた。


 やがて、加藤さんが深呼吸をし、僕が銃撃音に備えて身体を硬直させたその時、突然、後方から何かが動くような音が聞こえた。


「まずいっ、後ろだっ」


 班長の叫び声とともに振り返ると、すぐ目の前に一匹の河童がいた。河童は僕たちが振り向くや否や、一番近くにいた八幡さんに対し、腕を振った。


 八幡さんは咄嗟に避けようとしたものの間に合わず、八幡さんの頬が斜めに裂け、そこから血が溢れ出る。


 班長は散弾銃を構えはするものの、八幡さんと河童が重なっているため、引き金を引くことが出来ない。


 班長はすぐに引き金から指を離すと、そのまま八幡さんごと、河童に身体をぶつけた。既に体色を紫へと変化させている河童は、尻尾を出し、向かってきた班長ではなく執拗に八幡さんを攻撃する。


「くそっ、上位体に嵌められたな。ここまで誘導されたんだ」


 するとその時、河童に乗られて地面に伏せていた八幡さんが、「まずいっ」と叫んだ。


「加藤さん、すぐ前まで来てるっ」


 すると、加藤さんの目の前に、もう一匹の河童が姿を現した。先ほど、百メートル先の木の根元に見えていた河童の姿がない。ということは、あの河童がここまでやってきたということか。


 加藤さんは咄嗟に発砲したものの、河童はそれを予想していたらしく、弾を避けた。


「その距離で撃つなっ。跳弾するっ」


 班長は何とか八幡さんから河童を引き剥がすと、河童の頭の皿を目がけて、思い切り踵を落とした。しかし、河童は腕でそれを受け止めると、そのまま班長の足を掴んで、左方向へと振り飛ばした。班長は地面に倒れ込んだものの、すぐさま体勢を立て直し、河童からの追撃に備える。


 僕と加藤さん、班長と八幡さんの二組に分かれ、それぞれが一匹ずつ河童と向き合う。


 相手に手負いはなし。こちらは、八幡さんが顔に傷と、肩も裂けて血が噴き出ている。出来るだけ早く血清を打った方がいいが、この状態ではそんな余裕はない。


 班長が「瀬織っ」と僕の名前を呼ぶと、僕は「わかっています」と頷き、持っていた散弾銃を加藤さんへと投げた。


「加藤さん、離れていてください」

「……でも、あなた一人で、」

「邪魔ですから。それに、お願いします」


 すると、加藤さんは察したようで、「わかったわ」とゆっくり後ろへと下がっていく。

近接担当の僕と班長は、こういったケースを想定し、シュミレーションを重ねている。負傷者が出た場合、河童はその負傷者を徹底的に狙ってくる。そのため、出来るだけ河童を負傷者から遠ざける必要がある。


 加藤さんが八幡さんについたのを確認したと同時に、僕と班長は、河童に向かって地面を蹴った。


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