十二話『射撃訓練』
昼食を終えると、僕は加藤さんと共に、射撃所で射撃の訓練をすることになっていた。
僕が待機室から駐車場へと向かおうとすると、「瀬織ちゃん」と煎餅を齧っていた八幡さんが、僕を呼び止めた。
「はい、何ですか?」
「いや、今から加藤さんと二人なんやなーと思って」
「どうしてそんなに、嬉しそうなんですか?」
僕が口を尖らせると、八幡さんは悪戯な笑みを浮かべて、肩を竦める。
「別に、嬉しそうになんてしてへんよ。でもほら、緊張してるみたいやから、加藤さんと二人でおる時のコツ、教えといたろうかなと思って」
「コツ、ですか?」
「そう、コツ。それはな、諦めることや」
「諦めること」
僕が復唱すると、八幡さんは「せやで」とお茶を啜る。
「加藤さんって、いつも無表情やし、無駄な会話もほとんどせえへん。それに、一切笑わんから、機嫌悪いんかって心配になる。せやから、最初の頃は加藤さんとおるだけで、めちゃめちゃ疲れるんや。けど、大丈夫やで。加藤さん、誰とおる時でもそうやから」
「八幡さんといる時もですか?」
「せやで。もう五年、一緒の班で活動してるけど、オレ、未だに加藤さんが笑ったとこ見たことないからな。まあ、多少くだらん会話をしてくれるようにはなったけど」
「五年も一緒にいて一度も笑っているところを見たことがないって……。どうして、加藤さんは笑わないんですか?」
八幡さんは「いや」と苦笑する。
「それはわからんよ。何なら、瀬織ちゃん、本人に直接訊いてみてや。『なんで笑わへんのですか?』って」
「む、無理ですよそんなの。……でも、もしかしてそれは、昔の経験が原因なのでは?」
「昔の経験って?」
「その、河童を家族に殺された、とお聞きしたので」
八幡さんは「ああ」と椅子に沈んでいた身体を起こす。
「まあ、それもあるんかもな。特に、加藤さんのは酷かったらしいから」
「酷かった?」
「あー、これ、オレの口から言ってもええんかな」
八幡さんは側頭部を掻きながら、「ま、えっか」と宙に視線を浮かべる。
「……何でも、加藤さんの目の前で、両親が殺されたらしいで。山から民家に下りてきた河童が、加藤さんの住んでた家に入ってきて、家におった両親を殺したんやって。しかも、敢えて長い時間をかけて、いたぶるように」
河童は完全に勝てると見込んだ相手だと、遊んで殺す傾向がある。故に、そういった惨酷な話は、珍しいものではない。
「でも、だったらどうして、加藤さんは生きているのですか?」
「それが、わからんらしい。河童は、加藤さんの両親を殺したあと、腰が抜けて動けんようになった加藤さんに向かって笑みを向けて、そのまま何もせんと帰ったんやって。ほら、河童って時折、そういうことを気まぐれでやるやろ。もしかしたら、そこで加藤さんを殺すよりも、生かしておいた方が苦しむってわかってんのかもな」
殺すよりも、生かしておいた方が苦しむ。
僕はふと、午前のあの出来事を思い出す。
もしかしたら。
いや、駄目だ。僕は小さく息を吸い込み、その考えを頭から消し去った。勝手な僕の憶測で、加藤さんの心中を穿ったような気になるのはよくない。
僕は時計を一瞥し、身体を出入り口に向ける。
「助言、ありがとうございました。加藤さんが無愛想でも、気にしないようにします」
八幡さんは「あ」と小さく手を上げる。
「あれやで。勘違いせんといてや。あの人、不器用なだけで、心根は優しい人やから」
僕は「はい」と頷きながら、部屋から出た。
それは、僕もわかっている。
探索活動から帰る際、ふと、加藤さんがねずみを埋めた木の根元を見ると、そこには真っ白な野花が、供えられていた。
あれを見た時、僕は加藤さんから言われた、『上澄みだけの優しさ』という言葉が、痛く心に染み込んでいった。
本当の優しさは痛いものなのだと、僕はあの時、初めて知った。
射撃訓練所は、支部から車で五分ほど走った場所にある。
駐車場で待っていた加藤さんを乗せ、僕の運転で向かうと、他の支部や施設にあるものと変わらない、訓練所の建物が見えた。射撃訓練所は、高い塀に囲まれた屋外となっていて、二百メートルほどの奥行きがある。
中に入ると、受付の職員から弾薬を受け取り、書類にサインをして、早速、訓練を始めることになった。今は他に誰も訓練しておらず、五つある射撃台は全て空いている。
「まずは、あなたの腕を確認させて貰うわ。施設の頃に何度もやったとは思うけど、二十台ある放出機から、三十枚のクレーがランダムで出る。それを撃ち落としていくだけの単純な作業よ。一枚のクレーに対して、撃てるのは一発まで。放出のタイミングは、あなたの掛け声のあと。そして、銃は最初から構えていること」
僕は「わかりました」と自身の散弾銃を準備すると、身体に対して四十五度の角度で構えた。足を肩幅に広げ、右手でグリップを握り、頬骨の下に銃を入れる。そして、肩へと銃を引きつけ、右目の真下に照星を合わせる。左手には、ほとんど力を入れない。
手に汗が滲み、グリップを握り直す。
僕はゆっくりと深呼吸をし、「はい」と声を出した。
その直後、右の放出機からクレーが飛び出し、僕は照準を合わせて引き金を引いた。衝撃が全身に伝わってくるものの、クレーが割れる音は聞こえてこない。僕は続けてもう一度、「はい」と声を出した。
すると、また、右からクレーが飛び出してくる。僕はすぐさま視線でクレーを捉え、追いかけるようにして照準を合わせ、引き金を引いた。
しかし、またクレーは割れず、楕円のまま、地面へと落ちていく。
その後、集中して狙ったものの、結局三十枚中、二枚しか割ることが出来なかった。
僕は「えっと」と身体を小さくする。
「……ご覧の通りです」
加藤さんは僕が予想以上に下手だったからか、少し驚いた表情を浮かべている。
「……射撃、本当に苦手なのね」
「はい。何度練習しても、上手くいかないんです。狙っているし、照準もちゃんと合わせているつもりなんですけど。僕、昔から、自分の身体じゃないものを扱うのが、何だか気持ち悪くて苦手で」
「気持ち悪い?」
「はい。例えば球技だと、直接手で投げたり蹴ったりするのは得意なんですけど、ラケットやバットを使うのは苦手です。他にも、自分の身体で走ったり跳んだりは思い通りに出来るのですが、自転車や車などの乗り物を使って移動するのは、こう、変な感覚がしてしまって」
「車に関しては、ここにくるまでの運転が下手だったからわかったわ。だから、帰りはわたしが運転する」
「あ、はい、お願いします」
すると加藤さんが、僕に向かって手を差し出した。僕が「はい?」と首を傾げると、加藤さんは「散弾銃」と僕の手の銃に視線を向ける。
「一度だけ、手本を見せるわ」
僕は「お願いします」と散弾銃を手渡す。加藤さんは銃を受け取ると、しなやかな動作で、銃を構えた。そのたおやかで自然な構えは、まるで銃が加藤さんの身体の一部になっているかのように見えてくる。
そして加藤さんは、特に僕へと何かを伝えるでもなく、「はい」と合図を出した。
放出機からクレーが宙へと放たれると、乾いた射撃音が響き渡り、クレーが粉々に破砕された。
そしてそれから二十九回、加藤さんは一度もミスをすることなく、全てのクレーを撃ち抜いた。誰にでも簡単に出来るように見えてしまうほど、その加藤さんの一連の動作は、無駄がなく美しいものだった。
「……凄いですね」
感嘆の言葉を漏らす僕に対し、加藤さんはあくまで表情を変えない。
「じゃあ、今度は散弾を使ってやってみて。スラッグよりは、当たるでしょう」
「わかりました」
散弾銃はその名の通り、一般的には、撃った際に多数の弾が散らばる散弾を用いる。しかし、散弾は体表が硬い河童相手だと効果が期待出来ないため、ハンターは散弾ではなくスラッグ弾と呼ばれる威力の高い一発弾を使用する。
ただ、スラッグ弾は威力こそ高いものの、一発しか弾が出ないため、しっかりと対象物を狙う必要がある。一方、散弾は銃口から放射状に発射されるので、対象物に当てやすい。
さすがに、散弾を使えば、いくら射撃が苦手な僕でも当たるだろう。
僕は散弾を受け取ると、装填して構えの姿勢を取り、「はい」と合図の声を出した。




